第百二十七話「魔物討伐依頼」
「見た目は、普通だ……な?」
ヴァイファブールの冒険者ギルドを目の前にして、俺は思わずそう口にしていた。
「あははは! ハンシュークみたいなあんな変な見た目のギルドは、そうそうないよ!」
隣を歩くクェルが、いつものように大げさに笑う。その笑い声が、この街に混じって、どこか馴染んで聞こえる。
「そうだよな。普通、そうだよな……」
ヴァイファブールの冒険者ギルドは、確かに周囲の建物よりは一回り大きい。でもそれだけで、別に奇抜な装飾があるわけでも、塔が生えてるわけでもない。石造りの外壁に、分厚く頑丈そうな木の扉が正面に構えている。むしろ、俺が今まで見てきた中では、最も“冒険者ギルドらしい”冒険者ギルドだった。
扉の前には、朝からすでに何人もの冒険者たちがたむろしていた。いや、“人”とは言い切れない。ここヴァイファブールは獣人が多く暮らす街だと聞いていたが、その通り――いや、それ以上だった。
犬のような顔をした男が、猫耳の女と肩を並べて談笑している。二足歩行の巨大な鼠のような種族が、背中に槍を背負って歩いているかと思えば、赤く鱗に覆われたトカゲ男がのしのしと通り過ぎていく。
「すげぇな……」
思わずつぶやいてしまった。いや、声に出ていたかはわからないが、目を合わせないように努めるのが精いっぱいだった。こんなに多種多様な“人”たちが一堂に会しているなんて、俺の常識じゃ到底処理しきれない。
それでも、クェルは気にする様子もなく、まっすぐにギルドの扉を開ける。
中に入っても、その多様性は変わらない。受付前に並ぶ獣人たち、階段を上っていく爬虫類型の男、壁にもたれて談笑する鳥のような顔をした一団……いったい何種類いるんだ?
「おっ、今空いてるね」
クェルが向かったのは、三人並んだ受付のうち、一番右端。たまたま順番待ちがいなかったらしく、迷うことなくそこへ向かう。
「おはようございます」
「おはよう! 何かいい討伐の依頼とかある?」
元気よく声をかけるクェルが冒険者証を取り出すと、受付嬢が微笑を浮かべて応じた。
その受付嬢もまた、当然のように獣人だった。淡い黄色の髪に、尖った耳。狐か、あるいは犬だろうか。よく見ると、耳の内側には白い毛がふわりと生えていた。
「銀級冒険者のクェル様ですね。少々お待ちください」
棚から書類の束を取り出し、ぱらぱらと手際よくめくる。やがて、三枚の依頼書を選び出して、カウンターの上に並べた。
「こちらなど、いかがでしょう?」
俺も隣から身を乗り出して覗き込む。三件の依頼書――どれも報酬は金貨五枚。内訳は、魔獣討伐が二件、魔物討伐が一件。
受付嬢がちらりとこちらを見る。俺を見て、何か思ったのかもしれない。人間の俺が珍しいのだろう。
「今はこのケイスケと組んでるの」
クェルがさらっとそう言うと、受付嬢はすっと納得したように小さく頷いた。
「いかがでしょう? 魔獣討伐は、近隣での家畜被害が多発しておりまして、緊急性が高い依頼です。一方、こちらの魔物討伐は……」
受付嬢の言葉の途中で、クェルが声を上げた。
「この魔物討伐依頼を受けるよ」
「えっ、早っ」
思わず声に出してしまった。内容も読まず、他の依頼書には一瞥すらしなかった。受付嬢も一瞬驚いたように瞬きをしたが、すぐに慣れた様子で処理を続ける。
「かしこまりました。では、こちらの依頼の詳細をご説明いたしますね」
依頼内容は、ヴァイファブール東の渓谷地帯に現れた“瘴気をまとう魔物”の討伐。場所は切り立った荒野の渓谷。被害はいまのことろ確認されていないが、発見された以上放置はできないとのこと。
「未知の魔物が相手ですので危険度が高い依頼になります。金貨五枚という報酬も、そういった背景からの設定です」
「ふーん、そうなんだ。なるほどね」
クェルは顎に手を当てて、しばらく考え込むような素振りを見せたが――いや、これは考えているように見せてるだけかもしれない。
「ケイスケ、この依頼、受けるよ」
「……なんで?」
魔獣じゃなくて魔物。瘴気をまとう得体の知れない存在。普通なら敬遠されそうなものだ。
「それはあとで話すよ」
「……わかったよ」
俺がそう答えると彼女は笑った。いつもみたいに明るく、そして――なぜだか、少しだけ寂しそうに。
そうして受付嬢に向き直る俺達。
「ありがとうございます。目撃箇所はこのヴァイファブールから東に二日ほどの距離にある、渓谷あたりになります」
受付嬢の丁寧な口調にも、俺はすでに出立を見据えた気持ちで答える。
「どんな魔物か、わかる?」
「はい。腕が複数ある、灰色の個体とのことです。遠方からの確認しか行っていませんので、詳細は分かりかねますが……」
「そっか。わかった。じゃあ、すぐに向かうね」
「はい。ちなみに渓谷には飛竜の巣穴も多くあり、刺激すると襲われる可能性がありますので、ご注意ください」
「了解」
ギルドで依頼を受けて、俺とクェルはさっそく準備を始めていた。
「じゃ、さっさと準備して、出発しようか!」
そう言って、クェルは俺の腕を引っ張った。その細い腕にしては、驚くほどの力だった。
ギルドを出てそのままの足で俺たちは市場へと向かった。保存食、水袋、予備の包帯、それから――。
「なんでそんなカンテラとか買ったの? ケイスケは光の魔法使えるし、必要なくない?」
隣で、栗色のミディアムショートが風にそよぐ。クェルが腰に提げたカンテラを見て、怪訝そうに眉を上げた。
「あとで話すけど、ちょっと必要になったんだ」
本当は今すぐにでも説明してやりたいが、できれば人気の少ないところで話したい。
俺の腰には、カンテラのほかにも水筒と革袋が新たに加わっていた。
昨日――リラ以外の四精霊と新たに契約を交わした。火のカエリ、水のシュネ、土のポッコ、風のアイレ。彼らのために、それぞれ宿となる器を用意したというわけだ。
カエリのためのカンテラ。
シュネのための水筒。
ポッコのための革袋。
そしてアイレは姿を同化させ、今も空気の中に溶け込んで俺の周囲を漂っている。
「ふーん?」
クェルはそれ以上問い詰めることもなく、俺に合わせて歩き出す。
「とりあえずだけど、門を出たらまた走るよ」
「了解〜」
……そして、マラソンが始まった。
ビサワ地方はサンフラン王国と違い、岩場や砂地が多く、土は乾ききって赤茶けている。森や湿地での足運びとはまるで勝手が違う。足裏の衝撃も大きく、少し走るだけでも消耗は倍になる。
それでも、クェルはいつもと変わらない調子で駆ける。低い身長を補うかのような力強いストライド。背中の長剣がリズムよく揺れている。
――速い。
それなりについていけるようになったと思ったけど、地形への慣れの差が如実に出る。まだまだだな、俺。
クェルの走り方を参考に、観察しながら自分の動きを修正しながら走る。
「でさ」
「ん?」
クェルが軽口を叩く。走りながら話すなんて、余裕すぎだろ。
「そのカンテラ、なんなの?」
さっきの話、気になってたのか。周囲は人もいない。ここならいいか。
「ああ、カンテラなんだけど……。カエリ、この中に出てこれるか?」
俺が呼びかけると、カンテラの中にふっと小さな灯がともる。赤い光が揺らめき、徐々に人型を象っていく。
『あるじー、来たぞー!』
ぱちぱちと燃える火の精霊――カエリが、元気よく顔を出した。
「おわ!? え? え、え、精霊!?」
クェルが珍しく、まともに驚いた。目をまん丸にして、カンテラの中に浮かぶカエリを凝視している。
「え? 火の精霊? あのリラちゃんっていう光の精霊と契約してるのに、さらに火の精霊とも?」
「まぁ、そういうことになるかな。昨日、契約できたんだ」
「……うわー……。流石に二体も精霊と契約してる人なんて、初めて見たし聞いたこともないよ」
「……え?」
クェルの言葉に、俺は少し焦る。まさかそこまで珍しいことなのか?
「え、そんなにすごいこと? 他の人にばれたら、騒ぎになる、かな?」
クェルはため息をついた。軽く頭をかきながら、俺の方を真顔で見つめる。
「フー……。なるに決まってるでしょ。大騒ぎになるわよ」
「……そんなに?」
「そんなによ」
「マジで?」
「マジよ」
「本気で?」
「本気よ。……って、これ、いつまで続けるのよ」
ツッコミが入って、ようやく会話を打ち切る。……ふざけすぎたか。
とはいえ、クェルの言葉は冗談抜きに重かった。
リラと契約したときも、十分に珍しいと言われたけれど、合計五体――しかも属性がばらばらの精霊と契約したとなると、確かに前代未聞かもしれない。
「ねぇ……ケイスケ」
「うん?」
「精霊、他にもいたりする?」
ギクッとする。
「……いないよ」
「……ふーん」
クェルは俺の顔をジト目で見る。
「……まあいいわ。あんた、ホントとんでもないわね」
その声には、呆れと、わずかな期待が混ざっていた。……ような気がした。
風が吹く。乾いた岩場の間を縫うように、風がさわさわと通り抜けた。
『主、やはりあまり私たちと契約したことは明かさないほうが賢明かと……』
空気の中で、アイレの声が届く。
無言で頷く。俺の秘密は、まだ全部じゃない。
けど、いずれ話さなきゃいけない日が来るだろう。
カエリはカンテラの中でぴょこぴょこと跳ねながら、クェルに向かって言った。
『僕は火のカエリ! あるじが火の契約したから、ここにいるんだ! よろしくなー!』
「うわ、なんか元気いいねぇ……。精霊って、こんなキャラ濃いの?」
「カエリはちょっと……特殊なんだ。たぶん」
『なんだよ! 特殊って! 僕は、普通だぞ!』
やかましい精霊に、クェルはぷっと吹き出す。
「うん、いいじゃん。面白い精霊。……でも、ほんと、あんまり人前では出さない方がいいよ」
「……わかってる。気をつけるよ」
走る足を止めないまま、俺たちは荒野を突っ切っていく。
五人の精霊と契約してしまった事実を、どう扱っていけばいいかを考えながら。
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