第百二十六話「精霊剣」
一通りのパターンを試し終え、俺は満足げに小さく伸びをした。
夜気は心地よく肌を撫で、ひんやりとした空気の中に、どこか甘い木々の香りと焚き火の残り香が混じっていた。周囲では精霊たちのざわめく声が、風鈴のように耳をくすぐる。熱中していた作業の余韻に、ゆるやかに身を委ねる――そんなひとときだった。
そろそろ切り上げようかと、皆に声をかけようとしたその時だった。
『主! もう一度、やらせてくれよ!』
いきなり飛び込んできた声は、どこか悲鳴に近い、必死な響きを帯びていた。
「……カエリか?」
振り返ると、そこには青白い炎がふわりと浮かんでいた。
まるで息を潜めながら泣いているような、そんな揺らぎ方だった。カエリの声は震えていて、あの強気そうな態度がまったくなかった。
『僕だけ……うまくいかなかった……っ』
その言葉に、周囲の空気がほんのわずかに重たくなるのを感じた。
他の精霊たちは、それぞれ自分の属性の魔素を黒魔鉄の剣にうまく注ぎ込んでいた。けれど、カエリだけは違った。彼の炎の剣は非常に強く、熱で柄まで高温になってしまい、俺が持っていられなくなってしまった。
悔しさと自責が、炎の色をかすかにくすませている。
『とは、言ってもですわ』
アイレが肩をすくめるような調子で口を開いた。
『ですねー。燃えすぎちゃってましたからー』
『ん。熱は出る』
シュネとポッコも、まるで淡々とした科学者のように次々と指摘を投げる。
どれも的を射ていて反論の余地はない。言われたカエリはぐっと口を閉ざし、炎の光を小さく揺らしながら沈黙した。
『ぐ……うう……』
その様子は、まるで涙をこらえてうつむく子どものようで、見ていられなかった。
俺はそっと息を吐き、静かに考える。
……確かに、炎の剣って、浪漫があるよな。火をまとった一撃なんて、少年漫画の主人公感すらある。
でも、実用性を考えると「熱」の問題は深刻だ。熱が持ち手にまで伝われば、使い物にならない――。
ふと、以前ロビンが言っていた言葉が脳裏によみがえる。
「火の魔素を纏えば、使用者への熱はある程度軽減されるのよ!」
なるほどな。そういえば、さっきもカエリの炎は激しかったはずなのに、俺にはそれほど熱を感じなかった。
この剣の構造は、刀身も柄も融合しているような形だから、それも構造的な問題としてあるのかもしれない。
「例えばだけどさ――」
思いついたアイデアを、口にしてみる。
すると、目の前にいた精霊たちが一斉にこちらを向いた。その表情には期待と、わずかな緊張が入り混じっていた。
「まず、柄をポッコの力で少し長く形成する。内部を空洞にして、そこにシュネの冷たい水を満たす。外側からアイレの風で炎の流れを制御するようにして、刀身をカエリの炎で包み込むんだ」
自分で言いながら、その構造が頭の中でどんどん明確になっていく。これは、いけるかもしれない――!
『おおおおおおお!?』
カエリが目を見開き、歓声を上げる。
『それなら、熱も問題にならなさそうですわね』
『なるほどー。風で押さえるのがミソですねー』
『ん。やってみる』
即席の共同作業が始まる。
ポッコが黒魔鉄を操作し、柄が少しずつ延長されていく。内部には細い空洞が走り、そこにシュネの冷たい水が流れ込んだ。まるで血管のように水脈が走る。アイレが空気を操り、風の流れを作っていく。風は刀身に沿って走り、熱を一点に集中させず、尾のように流すよう設計されていった。
そして――。
『いっくぜー! 僕の炎、全開だッ!!』
カエリの叫びとともに、青白い炎が刀身全体を包み込んだ。
炎は見事に制御され、剣はバーナーのような姿になったが、俺の手にはほんのりと温もりを感じる程度しか熱が伝わってこない。
試しに、すぐ足元の大地に向かって一閃。
「おおおおお!?」
熱風が巻き起こり、剣の軌道に沿って空気が震えた。
目の前の低木が一瞬で断ち切られ、切断面はジュウゥ……と焦げ、やがて赤く燃え上がる。
『ど、どうだ!? これなら、僕の剣も使えるよな!?』
誇らしげに浮かび上がったカエリの顔が、まるで満面の笑みで「やったぞ」と言っていた。
いや、お前一人の剣じゃないけどな。
俺は苦笑しながらも、その剣を見つめる。
炎に包まれながらも形を保つその刀身――これはもう、ただの武器じゃない。
「……名前は精霊剣――エレメントソード、とか?」
軽い気持ちで言ったその言葉は、空気の中にぽんと浮かんだ直後、凄まじい勢いで回収された。
『いいですわね、その名前!』
『それ、いいじゃん!』
『エレメントー……うん、いいと思いますー』
『ん。気に入った』
お、おい、待て。冗談のつもりだったんだが!?
でも――精霊たちが心から笑っているのを見て、俺はもう何も言えなくなった。
こうして、精霊たちと俺が作り上げた一本の剣に、『精霊剣』という名が与えられた。
それは、俺たちの力の結晶であり、仲間との絆の象徴でもある。
ふと、頭の中に光の精霊・リラの顔が浮かぶ。
この剣に彼女の光が加わったらどうなるんだろう? 見た目を整えたり、敵の目をくらませたり……。逆に光を抑えて、ステルス性を上げるなんて発想もあるかもしれない。あの子、意外と控えめな性格だからな……。
まあ、それはまた今度の課題だ。
夜はすっかり更けていた。俺は精霊たちに礼を言い、心地よい疲れとともに宿へと戻った。
そして、翌朝――。
「ふわあああ……」
思いっきりあくびをした瞬間、すかさず隣から声が飛んできた。
「おっ! 大きなあくび!」
クェルだった。
朝日を背にして、笑顔全開でこっちを見ている。元気が有り余っている様子に、こっちまで目が覚めそうだ。
「どしたの? 昨日は夜更かしでもした?」
「あー……ちょっと、色々と試しててさ。楽しくなっちゃって、な」
「なになに? 面白いことしてたの?」
「そうだな……またあとで話すよ」
クェルになら、話してもいいかもしれない。変な顔をされるかもしれないけど、彼女なら笑って受け入れてくれる気がする。
それに、こういう秘密を共有できるっていうのも、悪くない。
俺は伸びをしながら、朝のヴァイファブールの街並みを見上げた。
太陽がすでに高く昇り始めていて、石畳に光が反射していた。
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