第百二十五話「精霊たちと黒魔鉄の剣」
もう少し皆と話がしたくて、俺は剣を振りながら会話を続けていた。
思えばこうやって一人で剣を振るのも、最近はなかったように思う。
いや、精霊たちがいるから、一人じゃないか。
腰を入れて剣を一閃させると、頭の中でカエリの軽快な声が響く。
『あるじあるじ、その剣だけどさ、僕とかが魔力込めたら、どんなふうになるんだ?』
「ん? 精霊の魔力を剣に込める、か。そういえば……」
確かに、俺が魔力を込めると、黒魔鉄の剣はうっすらと光を帯びる。だが、それ以上の変化はなかった。派手に斬れるようになるわけでもないし、魔法の刃が生まれるでもない。ただ、ちょっと光るだけ。
やりかたが間違っているだけかもしれないが、今のところこのクェルにもらった黒魔鉄の剣は”魔力を籠めることができる”という特徴を俺は生かすことはできていない。
――だが、精霊たちの力を込めれば?
『そうですねー。私たちが力を籠めれば、色々できそうですー』
『主、是非試してみませんか?』
アイレとシュネが続けて乗ってくる。無駄口は叩かないポッコも黙ってうなずいている。
「なるほどな……。じゃあ、ちょっと試してみるか」
俺がそう応じると、カエリが手を挙げて前に出た。
『じゃ、まずは僕からだな! いくぞ! むむむむむ……!』
俺の手の中にある黒魔鉄の剣に、彼が掌をかざすと、すぐに赤い光が剣に宿りはじめた。ジリジリとした気配が剣から立ち昇り――やがて、刃が紅蓮の炎に包まれる。
「おおぉ! すごい、炎の剣だ!?」
思わず声を上げた。まさに、かつて見た宇宙戦争映画に登場する、騎士の光る剣のような……いや、それ以上にファンタジーだ。刃先は業火に包まれ、揺れる炎の残像が、目に鮮やかに焼きつく。
だが――。
「熱っ!? あっつ!? あっちいあっちいあっちいい!!」
急に、手が焼けるような熱さに襲われた。刃の炎そのものは不思議と熱を感じないが、柄の部分、つまり俺が握っている部分がとんでもなく熱い。思わず手を放して剣を地面に放り投げた。
『大丈夫ですかー?』
即座にシュネが駆け寄り、水の精霊らしい手際で、俺の手に冷たい水球をあててくれる。ひんやりとした感触が、火照った皮膚に沁みる。
同時に、黒魔鉄の剣にもたっぷりの水が浴びせられる。ジュワー! という音と共に、炎が掻き消え、剣の色が元の漆黒に戻っていった。
「びっくりしたなあ……」
『炎の剣は、ちょっと扱いづらそうですわね』
アイレがしゃがんで剣をつつきながら言う。確かに、見た目はカッコよかったが、実用性はどうかというと、微妙だったかもしれない。
「ん、まあ考えてみたら、そういうものかとも思うな……。気を取り直して次に行ってみるか」
『じゃあ、次は私がー』
手を挙げたのはシュネだった。柔らかな口調とは裏腹に、意外と積極的だ。
「お、じゃあ頼む。剣は俺が持ってたほうがいいか?」
『そうですねー。主に影響がないようにはしようと思いますー』
さっきの炎ほどのリスクはなさそうだが、念のために剣をしっかりと構える。すでに冷めた黒魔鉄の剣は、再び静けさを取り戻していた。
『えーい』
……なんとも気の抜ける掛け声だが、その瞬間、剣が青く輝きはじめた。水の精霊の力が、静かに、しかし確かに剣に宿っていく。
「おー! すごいな、水の剣、か?」
刃の周囲には薄く水の膜が張られ、時折しずくが滴り落ちていた。剣の腹にそっと指を添えると、ひんやりとしていて、確かに“水”だと分かる。
「この刃に、特徴はあるのか?」
『そうですねー、刃の水はすごーく流れを強くしているので、切れ味はいいかもですー』
「水圧カッターみたいなもんか? 氷の剣とかはできないのか?」
『できますけどー。主の手が凍っちゃいますよー』
「あー、なるほど……。理解したよ」
さっきは熱で火傷しかけたが、氷なら凍傷か。それはそれで困る。好奇心が先走ると、痛い目を見る。……学習、学習。
試しに近くの石に剣を振り下ろしてみた。
――ザンッ。
刃が触れた瞬間、まるで水が通り抜けるような感触があり、石が見事に真っ二つになった。断面はまるで鏡のように滑らかだ。
「これは、すごいな」
『エッヘン、ですー』
得意げなシュネ。いや、でもこれは確かに実用性が高い。熱くも冷たくもなく、しかも斬れる。
「よし、次は……アイレ、頼む」
俺がそう言うと、アイレがふわりと浮かび上がった。淡く輝く彼女の輪郭が、一層鮮やかに見える。
『いきますわ』
どことなく上品な口調でそう告げると、アイレは俺の手にある黒魔鉄の剣にそっと手を翳した。風の精霊の力が、剣へと染み込んでいく感覚がある。空気が震え、肌に柔らかく当たる風が変質していくのがわかった。
パッと、剣が黄色く光った。
『できましたわ』
その声に、俺は剣へと視線を向ける。表面が淡く揺らいでいた。よく見れば、剣には常に風がまとわりついている。細く、透明な気流の筋が、刃の周囲を包んでいた。
「……風の剣、か」
見た目は地味だ。燃えるような炎も、煌めく水滴もない。ただ、空気がまとわりついているだけに見える。だが、アイレは静かに言った。
『剣を振ると、突風が吹きますわ』
「ほほう……ちょっと試してみるか」
俺は軽く剣を振る。すると――。
ごぉぉぉっ!
地面が唸った。剣の軌跡に沿って突風が走り、草をなぎ倒し、近くにあった石や砂を巻き上げていく。人の頭ほどの岩までがふわりと持ち上がり、そのまま転がりながら遠くへ飛んでいった。
「こりゃ……すげぇな」
風速は想像以上だ。普通の人間なら、あの一撃だけで吹き飛ばされるだろう。防御を怠った敵なら、一撃で戦闘不能にできそうだ。
だが、ふとした疑問が湧いた。
「よくある風の刃、みたいなのは出ないのか?」
ゲームやアニメの世界ではお馴染みの、風の魔法といえば『ウインドカッター』とか『ソニックブーム』とか、そういう切り裂く系のイメージが強い。
だが、アイレはあっさり言った。
『風だけで物を切るのは無理ですわ。風に乗せて何かを飛ばして切ることなら、簡単にできますけれど』
「ああ……そういえば、現実では聞いたことないかもな」
確かに、風圧だけで切断するってのは物理的には難しそうだ。俺たちの世界でも実用例はなかった気がする。ファンタジーでは定番だけど、現実には存在しなかったんだな。
「でも、これはこれで強いな。応用の幅も広そうだし……竜巻とか、作れるか?」
『できなくはないですわ。威力は少し落ちますけれど、拘束にもなりますし』
なるほど、風で敵の動きを封じる、か。それも十分に戦術として使えそうだ。使いこなすには、コツが必要になりそうだが……それはこれからの課題ってことだな。
「ありがとな、アイレ」
『ふふ、当然ですわ』
そう言って、アイレは満足そうに微笑んだ。風の衣をまとう彼女は、いつも以上に誇らしげに見えた。
「さて……次は、ポッコだな」
『ん』
俺が声をかけると、ポッコはもそもそと草の上から現れた。小さな体に茶色い粒子がまとわりついている。彼はどうにも無口で、反応が控えめだ。
『すごく硬くするか、大きくするかしか、できないよ』
「なるほどな。じゃあ、硬さは見た目じゃわからんから、試しに大きくしてみてくれないか?」
『ん……』
ポッコが小さな手を剣へ翳す。途端に、大地が震えた。石と砂がせりあがり、まるで生き物のように剣に絡みついていく。剣はどんどん重くなり、俺は慌てて肉体強化魔法を使って両手で構えた。
「うおっ……これは……!」
剣は元の10倍ほどの大きさになった。全長は5メートル近く、柄の先までびっしりと石と砂で覆われている。まるで山の一部を削ってきたような、異様な存在感だ。
「……普通に威力やばそうだな」
斬るというより、潰す武器だ。これを振り下ろせば、その質量だけで相手はぺしゃんこになる。肉体強化魔法がなければ、持ち上げることすらできない。
「これは、刃は作れないのか? あと、形や大きさも変えられるか?」
『ん。刃も作れる。形も簡単なのなら、大丈夫』
ポッコが静かに言うと、剣の先端にギラリと光る刃が生まれた。まるで鍛え上げられた金属のように、シャープな輝きを放っている。
「うわ……これはこれで怖いな……。じゃあ次は、先端をハンマーみたいにできるか?」
『……ん』
再びポッコの力が剣に伝わる。すると、刃が消え、代わりに巨大な岩塊が現れた。まるで岩石そのもののような見た目。剣というより、もうそれは戦鎚だった。
「……これ、扱い慣れたら絶対強いな」
ただでさえ重い上に、大きさも尋常じゃない。武器というより兵器だ。命中すれば、魔物であろうとただでは済まない。問題は、振り回す俺の技量だけど。
「ありがとな、ポッコ」
『ん……』
ポッコは、相変わらず淡々としていた。
こうして、全員の精霊の力を試すことができた。どれも強力で、工夫次第で戦闘の幅がぐっと広がるだろう。
次は、どう組み合わせるか、だな。戦い方も、戦術も、俺自身の体の使い方も、これからまだまだ進化できるはずだ。
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