第百二十三話「四属性の精霊たち」
ともあれ、次だ。できることはわかった。
俺は続いて詠唱で精霊に呼びかける。
「水の精霊よ、我が呼びかけに応じ、その姿を現し給え」
俺の声が荒野に響く。冷たい風が吹く中で、ふと、カエリの小さな声が漏れた。
『え?』
声に振り返る間もなく、目の前に霧の塊が現れた。
こぶし大ほどのそれは、静かに揺らめきながら形を変え始めた。まるで生きているかのように、ウネウネと蠢くその霧は、やがて人の形に変わっていく。水の粒が空気に溶けるように、だが確かにそこに存在していた。
風上に立つのを忘れない。カエリに怒られたことだ。この水の精霊も風に弱いのかもしれない。
『こーんばんわー』
間延びした声が響いた。のんびりした調子だが、どこか楽しそうでもある。
「おう、こんばんは。君は……水の精霊ってことでいいのか?」
『そーですよー』
まったりとした声。カエリとは真逆だな。どこか幼い感じの少女の声。声の印象からしても、姿も小さくあどけない感じなんだろうと予想がつく。
『えーとー。わたしと契約してくれるってことでー、いいですかー?』
「お、おう。なんか、話が早いな?」
戸惑っていると、彼女――いや、水の精霊はうんうんと頷いた。
『そこの火のとの会話はー、聞こえてたからー』
「ああ、なるほど……」
カエリとのやりとりを聞いてたってことか。
『ということでー、名前くださいー』
「わかった。君の名前は『シュネ』でどうだ?」
意外にも、水の精霊――シュネは、間延びした口調とは裏腹に、少しせっかちなようだった。
『シュネ、了解ですー』
そう言ってふわふわと笑った。こうして、水の精霊とも契約が成立した。
あとは、土と風かな?
次の精霊を呼び出そうと口を開きかけた瞬間、カエリが唐突に叫んだ。
『おいおいおい!? なんで水のなんか呼んでるんだよ!? それにあっさり契約までして!?』
やたらと慌てた様子に、思わず首をかしげた。
「え? なにかまずかったか?」
精霊を連続で呼んじゃいけないとか、そういう決まりでもあったんだろうか? それとも、契約にクーリングオフ的なものが存在するのか? 一瞬、そんな現実的なことまで頭をよぎる。
しかし、カエリの怒りの矛先はそこじゃなかった。
『いけないことはねーよ!? いけなくはないけどさあ! なんで普通に契約できてるんだよ!?』
「……普通は契約、できないのか?」
『そりゃそうだろ!? お前……っていうか主、ほんとなんなんだよ!?』
「異世界人でチートです」
堂々と言ってみたが、カエリは頭を抱えてぐぬぬと唸るばかりだった。
そんな彼の横で、シュネがぼんやりとした調子で口を挟む。
『んー? でも主が特別なのはー、わかってたことでしょー?』
『いや、まあそうだけどさ! でも、非常識だろ!?』
『私たちが常識とか言ってもー、ねー?』
精霊同士の会話に、なんとも言えない空気が漂う。俺は溜息をついて、少し肩をすくめた。
というか今の会話からすると、俺がチートを持っていることは、精霊たちは知っているということか?
ともあれ、俺が非常識だという話。甚だ遺憾ではあるが、チートを持っているということで納得してほしいものだ。
「すまんけど、こればっかりは慣れてもらうしかないな」
『ですよねー』
あっさりと肯定するシュネ。水っぽいだけに、なんというかサラッとしてる。
カエリも渋々納得したようで、ようやく静かになった。ふぅ……。
『あるじー、ちなみにー、土と風も呼ぶ感じですかー?』
「あ、うん。そのつもりだけど」
『ならー、別々じゃなくて、まとめて呼んじゃったほうがいいと思いますよー』
「へえ、そんなこともできるんだな」
『はいー。あとー、主ならー、大精霊も呼べると思いますよー』
「……大精霊? それはお前たちと違うのか?」
この言葉に、カエリが反応した。
『全然違うぞ! 普通の精霊とは位が違う!』
『そうですねー。もっと上の存在ですー。この場所なら、多分問題なくどちらも呼べると思いますー。あとはー、呼びかけももっと簡単に、楽で大丈夫ですよー』
簡単で楽な呼びかけ、か。
火と水の大精霊は、この場所ではそれぞれの魔素が薄くて呼んでも来なかったらしい。でも風と土なら大丈夫、とのこと。ならば、試してみる価値はある。
俺は一度深呼吸し、いつも通りの言葉で、いや、もっと自然な口調で呼びかけた。
「土の大精霊と、風の大精霊。俺の呼びかけに応じて、この場に姿を現してくれ」
次の瞬間、突風が吹き抜けた。
だが風は俺を避けるようにして、目の前で渦を巻き、つむじ風となる。そしてそれは形を変え、やがて人のような姿を取った。
透き通った淡い緑のドレスを纏った女性。背丈は俺と同じくらい。目鼻立ちもはっきりしていて、どこか幻想的な雰囲気を纏っている。
綺麗なゴースト……そんな印象だ。
次いで、地面が大きく盛り上がる。ゴゴゴ、と音を立てながら地面が割れ、石や土が集まり、巨大な影を形作っていく。
岩の鎧を着たような……いや、まるでゴリラのような風貌だ。俺の倍以上の身長。圧倒的な存在感。
これが、大精霊か。
思わず息を呑んだ。
風の大精霊はしなやかで優雅、土の大精霊は力強く堂々としている。まさに対極。
でも不思議と、どちらからも威圧感は感じなかった。
それどころか、どこか懐かしいような、心地よさすらあった。
俺は、自然と口元を緩めた。
「君たちが大精霊か?」
風が、やさしく頬を撫でた。
土が、静かに地面を鳴らした。
これで、四属性がそろった――火、水、風、土。
カエリはもう何も言わなかった。ただ、ぽかんと俺を見ていた。
我ながら思う。
壮観だな、と。
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