第百二十一話「お偉方の視線」
「終わったか?」
「あ、お待たせしました」
占いのテントを出た瞬間、聞き慣れた声が耳に届いた。声の主はリームさん。テントの横で、穏やかな笑みを浮かべながら俺を待っていた。
「どうだった?」
「……道しるべを教えてもらいました」
情報は曖昧だった。なんとなくそれっぽいことを言っていたようにも思える。銀貨一枚払っただけの価値があったかというと……微妙だ。まあ、信ぴょう性があるというから、参考にはするが。
「良かったな。占いでもらえる情報は、あやふやな場合が多いが、当たりだったようだ」
「やっぱり、そうなんですね」
俺はふと思い、リームさんに聞いてみることに。
「ちなみに深い穴って言われて、何を連想します?」
「深い穴……? ダンジョンか?」
「やっぱり、そうですよね」
深い穴と言われて、俺も連想したのは、やはりダンジョンだった。
このビサワには、いくつかダンジョンがあるらしい。
クェルの故郷はダンジョンの魔物に飲み込まれたというが、そういった大きくて深いものから、浅いものまで色々とあるそうだ。
「ダンジョンに行けと言われたのか?」
「いえ、深い穴って言われただけですけど、それがダンジョンなのかなって」
「なるほどな……。まあこのヴァイファブールからでも行けるダンジョンはあるはずだ。こちらにいる間に一度行ってみたらいい」
「そうしてみます」
リームさんと話しながらなんとなく周囲を見渡すと、占いに入った時と比べて妙に人が多いことに気がついた。
数もそうだが、何か……雰囲気が違う。全体的に、そわそわと落ち着きがなく、どこか浮ついている。
「何かあったんですかね?」
「いや……」
俺がそう尋ねると、リームさんは周囲を見回し、視線を遠くへ向けた。
「ああ……どうやらお偉方が到着したようだな」
人々の流れに沿って視線を移すと、100メートルほど離れた先に、色鮮やかな旗がいくつもはためいているのが見えた。笛やラッパ、太鼓の音が重なって耳に届く。どうやら行進が始まっているらしい。
武装した兵士たちが人々を押しのけることなく、しかししっかりと道を確保している。獣人の兵士たちだ。額には金属の額当て、胴や手足には、急所を覆うような部分鎧。全身をがっちり覆っているわけではなく、動きやすさを重視した装いだ。色も赤、青、黄色と賑やかで、どこか祭礼を思わせる装備だった。
気づけば、周囲の人波はさらに密集し、押し合いへし合いの混雑になっていた。さすがに動けず、リームさんと俺はその場で足を止めるしかなかった。
その時、豪華な馬車が視界に入った。オープンタイプの馬車に、整列した楽隊と兵士の列。まさに要人の行進だ。
そして——目の前を通り過ぎた馬車の中、そこに座っていた二人の姿が視界を支配した。
一人は、鹿のような枝角を持つ女性。美しい金髪がまるで光を反射しているかのように輝いていた。毛先は見えないが、あの流れ方を見る限り、腰より長いはずだ。その角には宝石がちりばめられ、花で飾られていた。まるで神話から抜け出してきたような神々しさがある。顔は伏せていて表情は読めないが、背筋は一直線に伸びていて、目を奪われた。
その向かいに座るのは、同じように枝角を持つ男性。髪質は女性と同じ金糸のような滑らかさだが、彼の髪は耳の高さでぴたりと揃えられていた。長さこそ違えど、その整えられた姿勢から、ただならぬ威厳がにじみ出ていた。
二人は無表情で、感情を読み取ることはできない。
だが、突然二人の視線がふと上がり、周囲を見回した。
そしてそのまま、俺の方に視線が固定された。
目が合った。
いや、偶然かもしれない。俺の隣に立っている誰かを見ていた可能性もある。けれど、通り過ぎるまでの間、彼らの視線はずっとこちらを向いていた。
怒っているわけでも、驚いているわけでもない。ただ、無表情に、まっすぐ俺を見ていた。
……何なんだ、一体。
あまりの存在感に息を飲むことしかできなかった。体がすくむような感覚だったが、不思議と怖くはなかった。ただ、体の奥のほうがざわつく。
やがて彼らを乗せた馬車は通り過ぎ、周囲の人の波もばらけていった。
「リームさん……今の、何だったんですかね……」
隣にいたリームさんに、ようやく声をかける。
「……あれは多分、玄鹿族の首長だね」
「玄鹿族……?」
「ああ。ビサワの森深くに暮らしている種族だ。非常に長寿で、姿も美しいことで知られている。枝角を持つのが特徴で、あの角の飾り方から見て、間違いなく高位の者だろう」
「……こっち、見てましたよね?」
俺の問いに、リームさんは軽くうなずいた。
「うむ……。偶然、とは言い切れないほど、しっかりと見ていたな。何か、気になるものでもあったのか……。もしくは……」
「もしくは?」
「……いや、なんでもない」
はぐらかされたが、たぶんリームさんなりに思うところがあるのだろう。だけど確証がないから、口には出さなかった。俺もそれ以上は詮索しない。
ただ……あの時の視線だけは、頭から離れない。
あの無表情の奥に、何かを読み取ろうとしたけれど、何一つ分からなかった。ただ、あの場にいる誰よりも存在感が強かったことだけは確かだ。
「ま、別に悪いことしたわけでもないですしね」
と、無理に笑ってみる。
リームさんも、うん、と頷いた。
「そうだな。気にしても仕方ない」
そう頷きあって、俺たちは街を歩くのだった。
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