第十二話「ドラゴンの暴威」
周囲は暗闇のはずなのに、黒いドラゴンの威容がはっきりと見て取ることができた。
ドラゴンは視線をゆっくりと俺たちに注ぐ。
視線に射すくめられ、目が合った瞬間には、心臓が止まるかと思った。
永い時間に思える、ドラゴンの選定ともいえる時間。
しかしそれはやはり、それを作り出した当事者によって破られることになった。
『グガアアアアアアアア!!』
再度の咆哮。
咆哮の次に訪れたのは、突風だった。
まるで暴風の中心に放り込まれたかのような衝撃。吹き飛ばされる感覚に、思わず悲鳴を上げる暇さえなかった。
俺の体はまるで木の葉のように宙を舞い、地面がどんどん離れていく。
――ドンッ!
激しく何かに叩きつけられる感覚。全身に鋭い痛みが走った。だが、それでも意識を手放すことはなかった。
「ぐっ……」
呻きながら目を開ける。視界に広がるのは闇夜に浮かぶ森の木々。どうやら木の枝に引っかかったらしい。
俺の体は10メートルほども吹き飛ばされたようだった。
「リュウ!」「ナンデ!」
眼下ではゴブリンたちの狂乱する声が聞こえる。
彼らは恐慌状態に陥り、悲鳴を上げながら四方八方に逃げ出していた。
その中には恐怖を忘れたかのように、無謀にもドラゴンに立ち向かおうとする者もいた。
――だが、それはすべて無意味だった。
ドラゴンは圧倒的だった。
逃げ惑うゴブリンたちを見下ろしながら、一息で地面を吹き飛ばす。木々は根こそぎ引き抜かれ、地面はえぐり取られる。まるで嵐そのものが生きているかのような光景だった。
立っていることすらも難しいだろう。
現にゴブリンのうちの一匹は、木の幹にしがみついたまま、それを離すことができないでいる。手を離したら、すぐに飛ばされることがわかっているからだ。
「……リュウ!」
そんな中、果敢にもゴブリンの一匹がドラゴンの巨体にしがみついた。
だが、しがみついたところで、そのゴブリンにできることはなかった。
手には何も持っていない、ただ素手の状態で、あの鱗に覆われた巨体に傷を負わせることは敵わないだろう。
事実努力も虚しく、ドラゴンが身を震わせただけで振り落とされ、地面に叩きつけられる。
絶望の叫びが響き、次の瞬間には踏みつぶされ、その姿は地面の一部と化していた。
「くそっ……ゴンタ……」
俺は朦朧としながらも、ゴンタを探した。
痛みをこらえながら視線を巡らせると、下の方に彼の姿を見つけた。
だが木の根元に転がり、動きはない。
「ゴンタ!」
急いで木から降りようとする。しかし、体がうまく動かなかった。
全身が痛む。それでも、歯を食いしばって枝を伝いながら下へと降りていく。
途中で何度もバランスを崩してそのまま落ちそうになるが、それどころではない。ゴンタの安否を確認することが何よりも優先だった。
ようやく地面に降り立つと、またゴブリンたちの断末魔が耳に入る。ドラゴンの尻尾がうなりを上げ、逃げようとしたゴブリンを弾き飛ばしていた。ゴブリンは何も言えないまま、ただの肉塊と化した。
そして、すべてが終わった。
ドラゴンの猛威の前に、ゴブリンの狂騒は静まり返った。呻き声ひとつ聞こえない。森の中にただ、死の静寂が広がっていた。
「ゴンタ、大丈夫か!?」
急いで彼の体を揺さぶる。しかし、彼の反応はない。だが、胸の上下から微かな呼吸が確認できる。生きている。そのことにひとまず安堵する。
――しかし、その時。
俺は強烈な視線を感じ、ゆっくりと顔を上げる。
顔を上げた先にあったのは、ドラゴンの姿。
暴威を奮って、命を奪っていた存在。
そんなドラゴンが、俺を見ていた。
その赤い瞳に捉えられ、全身が硬直する。逃げようにも体が動かない。目の前の存在が持つ圧倒的な威圧感が、俺の体を縛りつけていた。
「くそ……!」
俺は咄嗟にゴンタの上に覆いかぶさった。
――彼を守らなければ!
無意味かもしれないが、今の俺にできるのはこれしかなかった。
このままどこかに行ってくれ! 見逃してくれ!
しかし。
ズシン……ズシン……。
俺の願いとは裏腹に巨大な足音がゆっくりと近づいてくる。息遣いまでもが聞こえるほどの至近距離。熱気を孕んだ息が肌をなでるたびに、背筋が凍る。
耳元で聞こえる低いうなり声。
生きた心地がしなかった。体は震えを止めることをできない。
重い、死の空気。
やがて、ふと空気が軽くなる感覚があった。
次に訪れたのは再び吹き荒れる突風だった。
俺は反射的に身を縮こまらせた。
猛烈な風圧に目を開けていられない。だが、わずかに見えたのは、巨大な影が夜空へと舞い上がっていく姿だった。
耳鳴りが残る中、やがて風が止み、静寂が森を支配する。
「……助かった、のか?」
呆然としながら、ドラゴンが飛び去った木々の間から夜空を見上げる。
そこには、異世界の象徴とも言える三つの月が青白く輝いていた。
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