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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第三章「ビサワ:荒野に揺らぐ光と影」
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第百十六話「侵略者の河」

「でっか!……河、でっか!?」


 思わず声が出た。俺の目の前に広がるのは、まるで海のように果てしない水の帯――ラプトワ大河。

 そのスケールに圧倒される。これが『大河』と呼ばれる理由か。


「ラプトワ大河、別名侵略者の河。氾濫しては人の住処を奪ってきたから、そう呼ばれてるんだってさ」


 隣で風に揺れる栗色の髪。クェルが目を細めて言った。日焼けした頬に小さな傷跡があるけれど、そんなのをまるで気にしていない様子の彼女は、今日も元気そうだ。


 対岸は霞んで見えない。一番広いところでは、なんと二キロもあるらしい。


「日本の川なんて小川みたいなもんだったな……」


 思わず呟く。

 すると後ろから笑い声が聞こえた。


「そうだな、この景色を見ると、ビサワまで来たんだと実感する」


 行商人のリームさんだ。この旅のスポンサーであり、依頼人で、俺の恩人でもある人だ。


「それにしても、ここも随分賑わってますね」

「そうだな。ビサワとの貿易の要の場所のひとつだからな」


 広大な桟橋には人の波。宿屋、食べ物屋、出店、運搬の荷車。何でも揃っていて、まるで一つの町のようだ。

 リームさんによれば、この辺には大きな町は建てられない。氾濫のリスクがあるからだ。でも、人は便利さには抗えないらしく、こうして集まってくるらしい。

 氾濫のリスクなど、利便性や商売のためならと無視する人もいる。危険だからと、安全策を取る人もいる。それが人間というものだろう。


「ハァーッ! ハァーッ! お、お前らも少しは手伝えよーっ!」


 背後から聞こえてきた声に振り返ると、三人組が汗まみれで大八車を押していた。ダッジ、バンゴ、ズートの三人だ。

 ダッジは小柄な小人族。調子のいい軽口を叩くが、斥候としての腕は確か。バンゴは見るからに巨漢で、斧を振るえば木ごと薙ぎ倒すようなパワーの持ち主。ズートは長身で無口、いつもぼんやりしてるように見えるけど、槍の扱いは一流だ。


「おーい、それを捨てるって選択肢はまだあるよー」


 クェルが手を振って叫ぶ。


「ここまできて捨てられるわけねえだろっ!」


 ダッジが叫び返す。バンゴは「勿体ねぇ!」と怒鳴り、ズートは黙って頷いていた。


 大八車の上には、山のように積み上げられた魔獣の素材。大トカゲの革、魔牛の角、猿の毛皮、大蛇の鱗……中でも目を引くのは、鉄のような輝きを放つ巨大な甲羅だ。


「……リクガメ、だっけ?」

「いや、それは普通種だよ。こいつは魔獣の亀だよ。金属を体に取り込んで、甲羅にしてるんだって」


 クェルが近づいてきて、甲羅を指でコンコンと叩く。まるで金属の板を叩いたような音が返ってくる。


「これなぁ、当たり金属が入ってりゃ、魔法武具の素材にもなる。中には魔導銀やミスリルも混じってるとか。夢があるだろ」


 バンゴが得意げに語る。たしかにロマンはある。でも……。


「狩るのも運ぶのも、無茶苦茶大変だったじゃん……」


 俺はあの戦いを思い出す。あの魔獣の亀、見た目に反して動きは意外と素早く、石を砲弾のように飛ばしてきたり、金属甲羅で突進してきたり。

かなりの強敵だった。

 しかも、クェルが「みんなの修行になるから」と言って手を出さず、俺たちだけで挑んだのだ。

 ダッジが囮になり、ズートが足を止め、俺が魔法で視界を潰し、バンゴが一撃で首を落とした。うまく連携が決まった時の、あの快感は今でも覚えている。


「……でも、あれだけ苦労して狩ったんだから。捨てられないってのも、わかる気がする」


 俺がそう言うと、ダッジが顔を赤らめて笑った。


「はっはっは、わかってんじゃん、ケイスケ。お前もそのうち、素材の味に目覚めるって!」

「食材じゃないだろ、それ……」

「ところで、その魔石どうするの?」


 クェルが荷台の奥を指差す。茶色く、拳ほどもある魔石が転がっていた。


「ああ、あれか。砕けば使えるだろ。売るか、鍛冶屋にでも渡すか」

「俺が魔法で使うには……ちょっとデカすぎるな」

「安心しろ、砕く用の道具もある。ズートが用意した」

「……(頷く)」


 ズートは今日も無言。でも、しっかりと準備はしてくれている。信頼できる仲間だ。

 こうして俺たちは、ビサワ入り目前の桟橋で、わいわいと喋りながら、荷物を整理していた。

 そこには戦いも緊張感もなく、ただ、仲間との旅路の一コマが流れていた。


「さ、とりあえずは今日の宿だよ。行くよ!」

「俺たちはこの素材を買い取ってもらいに行くぞ!」

「高く売れても、お前らにゃやらねえぞ!」


 クェルが声を上げると、ダッジたちは別の方向に荷車を押し始めた。


「売りに行くはいいが、今夜の宿は『河の月影』という名前だ。夕飯には合流してくれ」

「おう、旦那、わかってるぜ!」


 そう言って元気よく荷車を押す三人。


 遠く対岸には、まだ見ぬ世界――ビサワが広がっている。

 エルフを筆頭に、多種多様な種族が暮らす地域。俺たちの旅の、次の舞台。


 領都ハンシュークを出てから、もう何日経っただろうか。出発直後から、まぁ、色々あった。

 事件というほどじゃないが、かといって小競り合いというにはちょっと重たい。要するに、ダッジたちの不満がジワジワと噴き出してきたのだ。


 リームさんは御者席に座り、馬車を操っていた。もちろん、彼はこの依頼の依頼主。馬車にはビサワで売るための商品がぎっしりと積まれていて、人が乗るスペースは実質ひとつ。ギリギリで俺かクェルが滑り込める程度だが、あのバンゴが乗ると、もうそれだけで定員オーバー。


 だから、俺たち護衛組は基本的に徒歩、あるいは小走り。……というか、ほぼ走りっぱなしだった。

 普通なら、護衛も乗れるように予備の馬車を一台追加するらしい。でも、クェルがそれを却下した。理由は――「必要ないから」。


 俺はまぁ、クェルと何度も依頼をこなしてるし、夜通し走るのも、無茶な日程も慣れていた。そういうものだと思っていた。でも、ダッジたちは違った。めっちゃ不満言ってた。


「もっと楽な依頼だと思ってたのに……!」


 そんな泣き言を漏らすダッジに、クェルがニッコリ笑って言い放つ。


「大丈夫! 甘やかさないほうがいいから。私が鞭で叩いてでも歩かせるからね!」


 ぶんぶんと、予備馬用の鞭を素振りするクェル。それにドン引きしながら歩く三人の冒険者たち。あの巨漢のバンゴでさえ、無言で足を引きずるように進んでいた。

 三日後、ようやく宿場町にたどり着いたときには、三人とも魂が抜けた顔をしていた。それを見て、クェルは彼らに食事と酒をたらふく奢った。

 満腹になった彼らは、少しだけ機嫌を取り戻した。そしてまた翌日から、不満を垂れ流しながら歩く……そんな日々を繰り返した。


「ほらね? こういう時にご褒美をあげるのが大事なのよ」


 俺は思った。

 三人とも、図体だけデカい子供だな……と。


 もっとも、歩きっぱなしの長期依頼なんて、普通はまず無いらしい。俺がクェルに染まりすぎてるだけなのかもしれない。

 クェルはというと、三人が本気でバテたときには、担ぎ上げて運んでいた。俺も交代で手伝ったが、さすがにバンゴは重かった。

 でもまあ、クェルとの怒涛の依頼を思えば、正直大したことじゃない。


「……俺も大概、毒されてるってことかあ」


 大河を前にして、俺は少しだけ遠い目をしていた。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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