第百十四話「赦し」
依頼のペースを落としたのは、ビサワ行きの準備のためだった。
それでもまるまる休むというわけにはいかず、空いた時間を見つけては装備や道具の整備、情報の確認に勤しむ日々が続いた。
その合間、俺は教会にも足を運ぶようにしていた。
「おや? ひさしぶりですね、ケイスケ君」
教会の扉をくぐった途端、俺の姿を見つけて声をかけてきたのは声の主は、ヘズンさんだ。以前、クェルの無茶ぶりで倒れたという件について話すと、彼は笑って肩をすくめた。
「ああ、聞きましたか……。倒れたのは事実ですけど、いい経験になったと思ってますよ。無茶はさせられましたが、決して無駄ではなかったですし」
それを聞いて、俺も自然と頷いた。確かに、クェルはめちゃくちゃに見えて、無意味なことはしない。人的被害を出さないよう動いてるのも、間近で見ていればわかる。
……ただ、倒れるまで働かせるのは、どうかと思うけど。
ヘズンさんは、どこまでも前向きな人だ。見習いたいような、そうでもないような。
そんなことを考えていると、今度はティマがひょこりと顔を出してきた。
「ケイスケ……、来てた?」
「ティマ、元気そうでなにより」
光の精霊、エステレルと契約して以来、ティマの表情は目に見えて柔らかくなっていた。口元の笑みも自然で、あの頃の影のようなものはほとんど見えない。
「なんかティマ、すごくいい感じだよな。……ってことは、俺、神学校行かなくてもいいんじゃないか?」
そんな軽口を叩いた俺に、彼女は両手でバツ印を作ってきっぱり言った。
「だーめです……。絶対ダメです」
「即答か……」
「エステレルと契約できたのも、全部……ケイスケのおかげ。ケイスケがいないと……無理」
理屈はわかる。でも、うーん……。
「リラ、お前も何か言ってくれよ」
『諦めようよー。行くって前に言っちゃってたでしょー?』
確かに、前に行くって宣言してしまったからな。
それに、学びたいことがあるのも確かだ。
そのあと、俺はマデレイネ様に会いに行った。
前々から打ち明けようと思っていたこと。人を殺してしまったこと、それを、ようやく口にしたのだ。
「そうですか……」
マデレイネ様は驚きもせず、ただ、俺を静かに抱きしめた。
そのぬくもりに、胸が締めつけられる。
「……いい匂いがした。柔らかかった」
とっさに出た感想がそれだったのは、我ながらどうかと思う。
そしてその様子を見ていたティマの視線が、えらく冷たかったのも追い打ちだった。
でも、男としては、仕方がないと思う。
マデレイネ様が俺の肩に手を置いて言ってくれた言葉が、今でも胸に残っている。
「人を殺すことに、慣れないでくださいね。……それは、決して誇れることではありませんから」
その通りだ。
それと同時に、死者の弔いについても教えてもらった。
死を悼むには気持ちが一番大切だと思うけれど、形が大事になる場面は確かにある。
この世界、この国の常識的なことについて、俺はまだまだ知らないことばかりだ。
でも教会の形式を覚えておけば、少なくとも礼を失することにはならない。
形式に則って、心を込める。それこそが、弔いのあるべき形だとマデレイネ様も言っていた。
旅の準備もいよいよ大詰めとなったある日、俺はかつて逃げ帰った魔道具屋の前に立っていた。
目的は、リームさんのための魔道具購入だ。
入口を前に、俺は中に入るのを少し躊躇う。
あの時の怒られっぷりが、まだ身体に染みてるな……。
けれど今回は違う。買うものは決まってるし、必要なものだけを選んで、さっと済ませる予定だった。
扉を開けると、さっそくあの小柄な老婆が出迎えてきた。
「おや、お前さんは……」
「あ、どうも……その節は」
「……今日はちゃんと何か買っていくんだろうね?」
ギロリと睨まれた。完全に覚えられてる。
ワンチャン、忘れられてないかと期待したんだが……。
「それはもう、買わせていただきます」
「ふん。ならいいわい。で、何が欲しいんだい?」
「……野営用の虫除けと獣除け、それと照明の魔道具。あとは調理用の携帯型魔道具もお願いします」
老婆は鼻を鳴らしながら棚を探し始めた。
「どこか遠征かい?」
「はい、ビサワまで行く予定です。往復で」
「なら替えの魔石も多めに買っておきな。特に調理用のやつは火の魔石を食うからね、往復なら25個は必要だよ。3号のやつだ」
「ありがとうございます。魔石屋には、これから行くつもりでした」
「そうだろうね。……ちなみに、魔石じゃなくて魔力を直接流して使うこともできるって知ってるかい?」
「え、できるんですか?」
「……はあ。お前さん、魔力適性持ちかい?」
「えっと、まあ、はい」
「ったく。じゃあ、魔石と魔力の両対応のやつを選ばなきゃダメだよ。無知にもほどがあるわい」
「す、すいません……」
やっぱり怒られた。
「差額は銀貨5枚」
「まかりませんか?」
「まからないよ」
即答だった。でも魔石でも魔力直接でも動くハイブリッドな魔道具だ。その差額は適正価格なんだろう。
「わかりました。じゃあ、それで」
「……ハア。もう少し粘りな。いいよ、銀貨3枚の差額で。まったく、甘い顔するもんじゃないね」
溜息まじりに値引きしてくれた。口は悪いが、優しい人だ。
「ありがとうございます」
「帰ってくるんだろ? 気をつけて行ってきな」
「はい、行ってきます」
店を出た俺は、照らされた道を見上げた。
魔道具屋の窓からもれる灯りが、やけに暖かく感じられたのは、気のせいじゃなかったと思う。
買い出し。クェルとの訓練。依頼。リームさんとの旅程の打ち合わせ。そうして、日々依頼と準備に追われながらも、時は流れていった。
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