表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第二章「領都ハンシューク:命を背負う歩み」
113/181

第百十三話「帰路」

 マーカーの死体は、他の盗賊と同じように火にくべた。


 死してなお、奴の威圧感は消えなかった。燃えゆくその姿はまるで戦場の供物のようで、俺の胸の奥に何か重いものを残した。

 ただ、彼が言ったとおり、首だけは持ち帰ることにした。領都のギルドに報告するためだ。

 だが正直なところ、目には見えないとはいえ、人の首が入った籠を持ち歩いているという現実は、なかなかに精神的な圧迫を与えてくる。


「うーん、やっぱり臭いとかはしないけど……気分はよくないねぇ」


 隣でクェルが籠を覗き込みながら、鼻をひくつかせて言った。


「そりゃそうだろ……」


 思わず溜息が漏れる。

 そんな気持ちもあってか、帰り道の俺たちは、来た時よりもかなり早いペースで領都を目指していた。できるだけ早くこの籠を手放したい。そんな思いが、脚を前へ前へと動かしていた。


 もちろん、手ぶらで帰るわけではない。あのアジトにあった、かさばらない金目のもの──金貨、銀貨、宝飾品──そういったものはしっかりと回収してきた。

 盗賊討伐の際、盗賊の持ち物は基本的に討伐した冒険者のものとなる。

 武器や衣類も多少はあったが、持ち帰るには嵩張るし、価値も不明瞭だ。

 ただ、マーカーが使っていた剣だけは別だった。

 あのクェルとの攻防で何度も剣と剣で打ち合って折れもしない剣。業物なのは間違いない。


「でもこれでケイスケも銅級だね!」


 クェルが笑って言った。

 その言葉を聞いて、はっと思い出す。……ああ、そういえば、そんな話だったな。

 盗賊を自分の手で下せれば、暫定的な銅級に上がれるんだった。


 しかし人を斬ったこと。殺したこと。その事実に、俺の頭はまだ追いついていないのかもしれない。


 それでも──。


 あの親子のことが、一番に頭に浮かぶ。


 ベッドに繋がれ、目の前で子供を殺され、盗賊達に嬲られ……。どれだけの恐怖と、どれだけの絶望を味わったんだろう。

 考えるたびに、胸が締め付けられる。


 不思議なことに、俺が剣を振るった相手の顔は、もうあまり思い出せない。

 あの瞬間、確かに俺の手で命を奪ったはずなのに。


 ……もし、クェルがいなかったら?

 今回のように、被害者がいて、俺に「殺してほしい」と頼んできたとしたら──?


 俺は、剣を振るうことができただろうか?

 それとも、立ち尽くしたまま、誰かの命が消えるのを黙って見ていただけなんだろうか?

 そんな疑問が、ぐるぐると頭の中を回り続けていた。


 夜明けとともに、俺たちは領都へたどり着いた。

 朝焼けが空を淡く染め、壁に囲まれた街並みが薄ぼんやりと浮かび上がる。

 風は肌寒く、草の匂いと土の湿り気を含んでいた。疲れ切った体には、どこか心地よくもあった。


「おはようございます」


 門の前で、俺は門番の兵士に声をかけた。


「おう、おはよう。任務帰りか? ご苦労さん」


 冒険者のタグを見せれば、こうした時間帯なら通行はスムーズだ。

 それに、俺ももう領都の兵たちに顔を覚えられてきているらしい。


 クェルなんかはもっと有名だ。『爆足のクェル』なんて二つ名まであるんだから、そりゃそうか。


 街に入ると、人影はまだまばらだった。

 屋台の準備を始める音や、パン屋の煙突から立ち上る白い煙。

 何気ない人々が生活を営んでいる音。何気ない会話と声。

 何気ない朝の光景。朝の臭い。何気ない日常の始まり。

 普段は気にも留めなかった朝の光景が、妙に鮮明に目に映った。


 冒険者ギルドへと足を運ぶが、まだ開いていなかった。

 周囲には俺達と同じような朝帰りの冒険者が数名、石畳の上に直接腰を下ろしている。

 仕方なく、俺もそれに倣ってギルドの扉の横に腰を下ろす。

 冷えた石の感触が、疲れた身体にはむしろありがたかった。

 隣では、クェルも同じように腰を下ろしている。


 火照った体を、そよ風が撫でていく。

 風の中に混じるのは、土と草の匂い。……それから、少しだけ焦げたような匂い。


 ふと、瞼が重くなっていく。


 眠気は、足音を立てずにやってきて、そっと意識を奪っていこうとする。


 気づけば、俺の肩にはクェルの頭が預けられていた。

 彼女の柔らかな髪が風に揺れ、鼻先に栗色の匂いが漂う。

 その体温と、規則正しい寝息が、妙に安心感を与えてくる。


 クェル……。


 きっと彼女は、俺よりずっと多くの血を見てきた。

 なのに、あんなに明るくて、軽やかで、どこか抜けていて──それでいて、誰よりもちゃんと「人の命」を見ている。


 俺も、いつかそうなれるだろうか。

 斬った命よりも、救えた命の重みを抱えて生きていけるような、そんな冒険者に。


 今はまだ、胸の奥で渦巻く感情に名前をつけることもできないけれど──。


 せめて、今日くらいは。


 風に包まれながら、肩に寄りかかる彼女の体温を感じながら、少しだけ、眠らせてもらおう。


 そう思った瞬間、俺の意識は、音もなく眠りへと落ちていく。


 意識が途絶える寸前、リラの声が聞こえた気がした。

 優しくて慈しむような、そんな声だった。


『ケイスケ、お疲れ様……』


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ