表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第二章「領都ハンシューク:命を背負う歩み」
112/181

第百十二話「爆足と瞬隙」

 響いたのは、甲高い金属音だった。


 クェルとマーカー。ふたりの剣が交わるたび、鋭く空気が裂けた。斬撃の応酬。踏み込みと離脱を繰り返しながら、両者はまるで舞うように戦場を駆ける。


 速い……!


 見ているだけでも息が詰まる。クェルの踏み込みに合わせ、地面が爆ぜて土煙が舞う。マーカーもまた速度を緩めることなく、静かに、けれど確実に対応していた。

 二人の戦いの余波で、俺たちが盗賊達を焼いていた炎はアジトにまで飛び火し、大きな炎となって黒煙を上げている。


「なかなかやる。貴様、冒険者だろうが、名前は?」

「名前? 銀級のクェルだよ」

「銀級のクェル……。なるほど、『爆足』か」

「正解。知ってるんだ?」

「我も冒険者であるからな。我も銀級。『瞬隙』のマーカーといえば、伝わるか?」

「瞬隙……? あまり聞いたことないけど?」


 マーカーが肩をすくめた。


「ふむ……。我が冒険者活動をしていたのは、もう五年ほど前までだが、そうか、知らぬか」

「私、他人のことに興味ないから、疎いんだよね。あと冒険者になったのもそのくらいのときだから、それでかも」

「なるほどな。それにしても『爆足』よ。貴様、もしや金の『天瞬』の技を真似ておるのか?」

「そういうあんたもでしょ」


 クェルの肩が笑った。軽口を叩き合いながら、互いの剣が閃きを刻む。

 それでも、互いの手の内は探り合っているようだった。小さな傷が二人の体に刻まれていく。クェルの頬が、マーカーの肩が、赤く染まっている。


「……未熟だな」


 マーカーが呟き、姿がぶれた。

 その瞬間、再び金属音が空気を震わせた。


「何が?」

「貴様の技よ。あの天瞬ならば、踏み込みにあのように地が弾けることはない」

「そういうあんただって、天瞬に比べたら遅すぎるよ」


 ――あれで、遅いのか。

 俺には、目で追うことすらやっとだった。もっと修行すれば、もっと経験を積めば、あの二人のように動ける日が来るのか。


「貴様は早いが、騒がしすぎる」

「あんたは静かだけど、遅いね」


 たしかに。クェルが動くたび、地面が爆ぜて、風が生まれ、音が轟く。対するマーカーは静かだ。草を踏む程度の音しか出さず、速さだけで斬り込んでくる。

 二人の戦いに、明確な優劣はまだ見えない。剣と剣をぶつけ合いながら、均衡を保ち続けていた。


「決定打に欠ける、か」

「そうかな?」

「ふん。いい加減そのうるさい踏み込みをやめろ、鬱陶しい」

「じゃあ、あんたが私に斬られたら、やめてあげるよ」


 睨み合い、火花が散る。剣戟と舌戦。その間隙を縫って、俺はリラに話しかけた。


「リラ、念のため不可視の魔法を俺に」

『わかったー!』


 見ている限り、マーカーの苛立ちは隠せなくなってきていた。ならば、俺を標的にする可能性もある。ここで本格的に隠れておくに越したことはない。

 そのとき、クェルがこちらに声を張り上げた。


「ケイスケ―! 無事だよねー!? 無事なら、あの魔法をかけてもらえるー? 返事はいらないから、合図したらお願いー!」


 クェルの配慮だった。俺の位置をマーカーに悟らせないように、返答不要というわけだ。


「リラ」

『わかったー! あの子の合図で不可視の魔法だねー』


 マーカーが怪訝な目をクェルに向けている。


「あの小僧は魔法使いだったか。早めに始末しなければ厄介そうだな」

「まあね。とっても優秀な子だよ」

「それだけ信頼しているということか……。何の魔法をかけるのか知らないが、あの小僧が我の速さに対応できるとは思わんな」


 クェルは答えず、代わりににやりと笑った。


「じゃあ見せてあげるよ。ケイスケの魔法を。天瞬とは違う、私の爆足を、ね」

「戯言を」

「戯言かどうかは、見てのお楽しみ、だよ!」


 瞬間、地面が轟音を上げて爆ぜた。

 土と石が飛び、視界が一気に遮られる。


「バカの一つ覚えのように、芸がないな!」


 マーカーが吠え、剣を構える。しかし、次の瞬間――マーカーの右手下の地面が爆ぜた。


「なんだ?」


 今度は左、前、後ろ――連続する爆裂音が空間を埋め尽くす。


「攪乱のつもりか? 浅ましい戦略だ」


 マーカーは目を凝らし、クェルの位置を探している。だが、その視線は完全には定まっていない。

 そして、クェルが叫んだ。


「ケイスケ!」

『いくよー!』


 リラが魔法を発動。不可視の魔法が、クェル覆った。

 俺は追うことができないが、精霊のリラならいくら速くても、クェルに魔法をかけることができる。

 これでマーカーの目にクェルの姿は映らない。


 爆発の中、土と石が舞う。視界はそれだけでも遮られている。その上で、更に不可視のクェル。考えたくもない組み合わせだ。


 やがて爆発が止み、ただ辺りは巻き上げられた土煙と黒煙で覆いつくされていた。

 俺の目にも、マーカーの姿もクェルの姿も見えはしない。


「小賢しい……。いくら視界が塞がれようと、あの踏み込みであれば迎え撃てるというのに」


 煽るようなマーカーの声が聞こえ、そのとき――。


「がっ!? なんだと!? ……貴様あ!?」


 突然マーカーの悲鳴が響いた。

 その後何度も斬撃と小さな金属音が聞こえ、そのたびに聞こえてくるのはマーカーのくぐもった声だけ。

 やがて何かが地面に倒れる音がすると、あたりは静寂に包まれる。火の粉が舞い、土煙がようやく晴れ始めた。


 その中に、膝をついたマーカーがいた。


 右腕と片脚を失い、血に染まりながらも、彼の目には怒りがなかった。


「……勝負あり、ということか」


 クェルの姿が現れる。その表情は笑っていた。

 彼女は剣をマーカーの首に突き付けている。


「……貴様、あの爆発がなくとも、使えたのか」

「そりゃ使えるよ。当たり前でしょ」

「……なるほどな。あのように地を弾け飛ばすような技を使い、それしか使えないと誤認させていたというわけ、か」


 俺はそこでようやく気づいた。爆足を“使うしかない”のではなく、“使ってるだけ”なのだと。

 けれど、クェルはあっさりと言った。


「そんなこと考えてないよ? ただ私には爆足が楽で気に入ってるってだけ。天瞬の真似はできるけど、疲れるから使わないだけだよ」

「……くくっ。なるほどな」


 マーカーは、まるで何かから解放されたような笑みを浮かべた。


「じゃあ、もういい?」

「いい。さっさとやるがよい」

「了解」


 クェルが剣を振り上げた。


「……ああ、言い忘れていた。我の首にも懸賞金がかかっている故、首を持っていくことを勧める」

「そうなんだ。わかったよ」


 刃が振り下ろされ、マーカーの命はそこで終わった。

 俺はゆっくりと、クェルのもとへと歩み寄る。


 彼女は、いつものように俺を見て、にっこりと笑った。


「終わったよ!」


 その笑みは、変わらない。


 血の匂いが漂っていても、敵の首を取ったばかりでも。


 クェルは、やっぱりクェルだった。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ