第百十二話「爆足と瞬隙」
響いたのは、甲高い金属音だった。
クェルとマーカー。ふたりの剣が交わるたび、鋭く空気が裂けた。斬撃の応酬。踏み込みと離脱を繰り返しながら、両者はまるで舞うように戦場を駆ける。
速い……!
見ているだけでも息が詰まる。クェルの踏み込みに合わせ、地面が爆ぜて土煙が舞う。マーカーもまた速度を緩めることなく、静かに、けれど確実に対応していた。
二人の戦いの余波で、俺たちが盗賊達を焼いていた炎はアジトにまで飛び火し、大きな炎となって黒煙を上げている。
「なかなかやる。貴様、冒険者だろうが、名前は?」
「名前? 銀級のクェルだよ」
「銀級のクェル……。なるほど、『爆足』か」
「正解。知ってるんだ?」
「我も冒険者であるからな。我も銀級。『瞬隙』のマーカーといえば、伝わるか?」
「瞬隙……? あまり聞いたことないけど?」
マーカーが肩をすくめた。
「ふむ……。我が冒険者活動をしていたのは、もう五年ほど前までだが、そうか、知らぬか」
「私、他人のことに興味ないから、疎いんだよね。あと冒険者になったのもそのくらいのときだから、それでかも」
「なるほどな。それにしても『爆足』よ。貴様、もしや金の『天瞬』の技を真似ておるのか?」
「そういうあんたもでしょ」
クェルの肩が笑った。軽口を叩き合いながら、互いの剣が閃きを刻む。
それでも、互いの手の内は探り合っているようだった。小さな傷が二人の体に刻まれていく。クェルの頬が、マーカーの肩が、赤く染まっている。
「……未熟だな」
マーカーが呟き、姿がぶれた。
その瞬間、再び金属音が空気を震わせた。
「何が?」
「貴様の技よ。あの天瞬ならば、踏み込みにあのように地が弾けることはない」
「そういうあんただって、天瞬に比べたら遅すぎるよ」
――あれで、遅いのか。
俺には、目で追うことすらやっとだった。もっと修行すれば、もっと経験を積めば、あの二人のように動ける日が来るのか。
「貴様は早いが、騒がしすぎる」
「あんたは静かだけど、遅いね」
たしかに。クェルが動くたび、地面が爆ぜて、風が生まれ、音が轟く。対するマーカーは静かだ。草を踏む程度の音しか出さず、速さだけで斬り込んでくる。
二人の戦いに、明確な優劣はまだ見えない。剣と剣をぶつけ合いながら、均衡を保ち続けていた。
「決定打に欠ける、か」
「そうかな?」
「ふん。いい加減そのうるさい踏み込みをやめろ、鬱陶しい」
「じゃあ、あんたが私に斬られたら、やめてあげるよ」
睨み合い、火花が散る。剣戟と舌戦。その間隙を縫って、俺はリラに話しかけた。
「リラ、念のため不可視の魔法を俺に」
『わかったー!』
見ている限り、マーカーの苛立ちは隠せなくなってきていた。ならば、俺を標的にする可能性もある。ここで本格的に隠れておくに越したことはない。
そのとき、クェルがこちらに声を張り上げた。
「ケイスケ―! 無事だよねー!? 無事なら、あの魔法をかけてもらえるー? 返事はいらないから、合図したらお願いー!」
クェルの配慮だった。俺の位置をマーカーに悟らせないように、返答不要というわけだ。
「リラ」
『わかったー! あの子の合図で不可視の魔法だねー』
マーカーが怪訝な目をクェルに向けている。
「あの小僧は魔法使いだったか。早めに始末しなければ厄介そうだな」
「まあね。とっても優秀な子だよ」
「それだけ信頼しているということか……。何の魔法をかけるのか知らないが、あの小僧が我の速さに対応できるとは思わんな」
クェルは答えず、代わりににやりと笑った。
「じゃあ見せてあげるよ。ケイスケの魔法を。天瞬とは違う、私の爆足を、ね」
「戯言を」
「戯言かどうかは、見てのお楽しみ、だよ!」
瞬間、地面が轟音を上げて爆ぜた。
土と石が飛び、視界が一気に遮られる。
「バカの一つ覚えのように、芸がないな!」
マーカーが吠え、剣を構える。しかし、次の瞬間――マーカーの右手下の地面が爆ぜた。
「なんだ?」
今度は左、前、後ろ――連続する爆裂音が空間を埋め尽くす。
「攪乱のつもりか? 浅ましい戦略だ」
マーカーは目を凝らし、クェルの位置を探している。だが、その視線は完全には定まっていない。
そして、クェルが叫んだ。
「ケイスケ!」
『いくよー!』
リラが魔法を発動。不可視の魔法が、クェル覆った。
俺は追うことができないが、精霊のリラならいくら速くても、クェルに魔法をかけることができる。
これでマーカーの目にクェルの姿は映らない。
爆発の中、土と石が舞う。視界はそれだけでも遮られている。その上で、更に不可視のクェル。考えたくもない組み合わせだ。
やがて爆発が止み、ただ辺りは巻き上げられた土煙と黒煙で覆いつくされていた。
俺の目にも、マーカーの姿もクェルの姿も見えはしない。
「小賢しい……。いくら視界が塞がれようと、あの踏み込みであれば迎え撃てるというのに」
煽るようなマーカーの声が聞こえ、そのとき――。
「がっ!? なんだと!? ……貴様あ!?」
突然マーカーの悲鳴が響いた。
その後何度も斬撃と小さな金属音が聞こえ、そのたびに聞こえてくるのはマーカーのくぐもった声だけ。
やがて何かが地面に倒れる音がすると、あたりは静寂に包まれる。火の粉が舞い、土煙がようやく晴れ始めた。
その中に、膝をついたマーカーがいた。
右腕と片脚を失い、血に染まりながらも、彼の目には怒りがなかった。
「……勝負あり、ということか」
クェルの姿が現れる。その表情は笑っていた。
彼女は剣をマーカーの首に突き付けている。
「……貴様、あの爆発がなくとも、使えたのか」
「そりゃ使えるよ。当たり前でしょ」
「……なるほどな。あのように地を弾け飛ばすような技を使い、それしか使えないと誤認させていたというわけ、か」
俺はそこでようやく気づいた。爆足を“使うしかない”のではなく、“使ってるだけ”なのだと。
けれど、クェルはあっさりと言った。
「そんなこと考えてないよ? ただ私には爆足が楽で気に入ってるってだけ。天瞬の真似はできるけど、疲れるから使わないだけだよ」
「……くくっ。なるほどな」
マーカーは、まるで何かから解放されたような笑みを浮かべた。
「じゃあ、もういい?」
「いい。さっさとやるがよい」
「了解」
クェルが剣を振り上げた。
「……ああ、言い忘れていた。我の首にも懸賞金がかかっている故、首を持っていくことを勧める」
「そうなんだ。わかったよ」
刃が振り下ろされ、マーカーの命はそこで終わった。
俺はゆっくりと、クェルのもとへと歩み寄る。
彼女は、いつものように俺を見て、にっこりと笑った。
「終わったよ!」
その笑みは、変わらない。
血の匂いが漂っていても、敵の首を取ったばかりでも。
クェルは、やっぱりクェルだった。
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