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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第二章「領都ハンシューク:命を背負う歩み」
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第百十一話「用心棒」

 それは、不意にだった。

 立ち上がる炎を眺めていた俺の耳に、クェルの硬い声が届いた。


「ケイスケ」


 クェルが、こんな声を出すのは珍しい。

 慌てて顔を上げると、クェルは立ち上がり、剣を抜いていた。俺も反射的に腰の剣を抜いて身構える。


「……?」


 視線の先、闇に揺れる炎の向こう側。そこに、ひとつの影があった。

 ゆっくりと、まるで何かを確かめるように近づいてくる。

 そして、焚き火の明かりがその姿を照らしたとき、そいつは立ち止まった。

 距離にして十メートルほど。声が飛ぶには近すぎる。戦うには、絶妙に遠い。


「お前たちがやったのか?」


 発せられた男の声は軽い。どこか、愉快そうですらあった。

 けれど、そいつの目――見えはしないのに、その視線だけは肌を這うように感じ取れた。


「そうだよ。盗賊団の殲滅依頼があったからね」


 クェルが応じる声は、いつもの調子だ。でも剣を構えてる時点で、こいつもただの通りすがりじゃないと理解してる。


「そうか。それなりの数だったが……お前たち二人だけでか?」

「うん。私たちだけだよ」

「我が少し野暮用で離れている間に、酷いものだ」

「離れているほうが悪いんだよ」

「クク……。確かにな」


 周囲を見渡す様子の男。何気ない所作なのに、俺の警戒心が警報を発していた。


「ふむ……。見たところ、そっちの少年は初めて経験をしたというところで、教導者がお前、か」

「そうだよ」

「ということは、それなりの実力者というわけか?」

「まあ、それなりにね」


 そのまま、しばらく言葉のキャッチボールが続く。だが、緊張感は高まる一方だった。


「ここ最近、無抵抗な獲物ばかりを斬っていたのでな。楽しみだ」

「ふうん? それは良かったね?」


 そして次の瞬間、視界が弾け飛んだ。


 ギィン! と甲高い金属音。

 目の前で火花が散った。気づいたときには、男の剣がクェルの剣とぶつかり合っていた。


「ほお、防ぐか」

「物騒な挨拶だね」


 クェルが剣を振り抜き、男を押し返す。まるで風のように、男は一瞬で距離を取った。

 その動き――見えなかった。冗談抜きで、俺の目が追えなかった。


「ケイスケはちょっと離れてて。こいつ、強いから」

「……わかった」


 クェルの声には、いつもの軽さと同時に、鋼のような芯があった。

 男は俺にはまったく関心を向けていない。ただ、クェルだけを見ている。なら、俺の役目は邪魔をしないことだ。


 畑の中へと足を運び、草陰に身を隠す。視界の端に二人の姿を収めながら、息を潜める。


「それで? あんたは、あの燃えてる連中の仲間ってことでいいの?」

「うむ。仲間というか、依頼主であるな。我はマーカー。こいつらの用心棒をしていた」


 クェルの問いに、男――マーカーと名乗った男は、あっさりと答えた。

 そこには何の重みも感じない。


「へえ? 依頼主はこの通り死んだけど、復讐ってこと?」

「ん? いやいや、そんなことは考えておらんよ。ただ、我の楽しみを奪ったお前たちに、それを補填してもらおうかと思ってな」

「楽しみを……奪った?」


 クェルの声が低くなる。普段は何を言われても動じないあいつの顔に、明確な嫌悪が浮かんだ。


「何、こいつらが攫ってきた者たちの処分の際に、好きに切り刻んでいいという約束事だったのだ。人を斬る。それが我の楽しみだったのだよ」

「なるほど。だから代わりに私たちを斬ろうってこと?」

「その通り。依頼主もまた探さねばならんし、その補償も兼ねてというわけだ」


 無茶苦茶な理論だ。そして、マーカーというこの男、罪悪感の欠片すら抱いていない。

 マーカーはクェルから視線を外し、俺に向ける。その目は、人に向けるような目ではなかった。

 言うなれば、物。ただ少し興味を引いたおもちゃがそこにあったというような、そんな目だった。


「それはできないと思うけど?」

「それはどうか。やってみればわかるというものだ」

「……それは、そうかもね」


 お互い、微笑を交わしたようにも見えた。だが、次の瞬間――地面が爆ぜた。


 クェルが踏み込んだ瞬間、爆音とともに土煙が舞う。対するマーカーは、草を舞わせて滑るように動く。


 金属がぶつかり合う音が、二度。

 それが戦闘だったと気づいたのは、俺の脳がそれを処理しきったあとだった。


「やるな」

「そっちこそ」


 彼らは再び距離をとり、まるで最初からそこにいたような位置に戻っていた。

 マーカーの外套が地面に落ちる。中から現れたのは、赤いペイントを顔に施した、精悍な男だった。

 細身だが、しなやかな筋肉が動きのひとつひとつを支えている。


 そして――また、動き出す。


 クェルの脚が一閃し、爆発する。

 マーカーはその爆風をかわし、逆に間合いを詰める。

 見えない。けれど、音と、風と、衝撃だけが、確かにそこにある。


『すごいねーあの子。あれでまだ、手を抜いてるっぽいよー?』


 リラが俺の影からひょっこり声を出す。こいつの軽い口調に、現実感のない光景に逆に現実味を俺に与える。


「ああ、知ってる……。クェルは、そういう奴だ」


 爆足のクェル。お調子者でウザ絡みの常習犯。

 でも、こうして誰よりも前に立って、誰にも被害が出ないように、全部受け止めて戦ってる。


 俺には――到底、できないことだ。


 だから、せめて見届ける。


 クェルが、誰のために戦っているのか。それを、忘れないように。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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