第十一話「違い」
意識が戻る。ぼんやりとした視界の中、まず感じたのは、手足をきつく縛られた不快感だった。
試しに動かそうとするが、麻のような粗い縄が肉に食い込み、自由はなかった。
頭がずきずきと痛む。
殴られた衝撃がまだ残っているのだろう。全身のあちこちも痛い。引きずられたのか、それとも殴られたのかはわからないが、擦り傷ができているのを感じる。
耳元でギャアギャアとうるさい声がする。ゴブリンたちの話し声だ。
目を開けると、周囲は暗闇に包まれていた。どうやらもうすでに夜のようだ。
俺の近くには二匹のゴブリンが立っている。
どちらも見覚えのない顔だ。こいつらが俺を捕らえた連中だろう。俺の目が開いたことに気づくと、一匹がこちらを指差して叫んだ。
「ニンゲン!」
次の瞬間、鈍い衝撃が走った。手に持った棒で殴られたのだ。激しい痛みに反射的に体を丸める。だが、それが気に入らなかったのか、今度は足蹴にされる。
「ぐっ……!」
呻き声が漏れるが、それがかえってゴブリンたちの笑いを誘ったようだ。
しばらく暴行は続き、ようやく満足したのか、ゴブリンたちはお互いに満足そうに笑い合った。
こいつらは違う。メイコたちとはまったく違う。
こんなゴブリンたちもいるのか――。
朦朧とした意識の中、どれほどの時間が経ったのかわからない。だが、隣にドサッと何かが転がる音がした。
視線を向けると、そこには俺と同じように縛られたゴンタがいた。
「ゴンタ!?」
それを見て、一瞬で覚醒する。
ゴンタの頭からは血が流れ、表情は苦痛に歪んでいた。だが、それでも彼は俺を転がしたゴブリンたちを睨みつけている。
「ゴメン、ケイスケ……! コイツラ、ダメナゴブリン」
ダメなゴブリンとは、どういうことだ。
確かに、笑いながら俺を暴行したコイツが、いいゴブリンとは思えないが。
そんな疑問は、目の前のゴブリンたちが教えてくれた。
ニヤニヤとした笑みを浮かべるゴブリンたちは言った。
「ココ、メス、イナイ」
俺を棒で殴ったゴブリンが笑いながら言う。
「シンダ」
俺を蹴ったゴブリンが笑いながら言う。
「……死んだ?」
俺は頭が混乱した。メスが死んだということを、笑いながら話すゴブリンたちに。
おそらく彼らも、この間までの大雨で集落を流され、多くの仲間を失ったのだろう。
多くの仲間を失い、メスもいないということは、このゴブリンたちは危機的状況のはずだ。
メスがいなければ、彼らは滅びるしかないのだから。
それなのに、何故笑っている?
尚も笑いながら、ゴンタを転がしたゴブリンは言う。
「オマエタチノ、モラウ」
貰う……? メスを?
その言葉の意味をふと考え、この嫌な笑みの意味を悟る。
それは、俺を受け入れてくれたあのゴブリンたちの――。
メイコのことを……!?
「ホカ、イラナイ」
「コロス、コロス」
こいつらは、メイコを自分たちのものにしようというのか。
なんとか生き残った、ゴンスケやゴンザブロウたちを殺して。
「ふざけるな!お前らにメイコは渡さない!」
怒りから、俺は思わず怒鳴った。だが、それがさらに奴らを刺激してしまったようだ。
「ウルサイ! ニンゲン!」
「ドッチカ、アンナイサセル!」
笑いながら、また暴力が降りかかる。今度はゴンタも殴られた。
俺たち二人に何度も棒が振り下ろされ、蹴りが入り、意識がまた遠のきそうになる。
ふと、暴力が止む。
終わったのか? そう思い、薄く目を開けるが、俺が見たものは石のナイフを取り出す一匹のゴブリンだった。
やはり顔には笑みが浮かんでいる。
「ドッチ、コロス?」
奴らは楽しげに相談しながら、俺とゴンタの間で石のナイフを弄んでいる。俺たちの命を、ゲームのように弄んでいるのだ。
どうする……? 何かできることは……?
しかし、手足を縛られたままでは何もできない。この無力感。歯を食いしばるしかない。
「コッチニスル?」
「イヤ、コッチガイイ」
笑いながら相談するゴブリンたちは、一つの結論を出した。
「ニヒキトモサシテ、イキノコッタホウニ、アンナイサセル」
最悪の結論だった。
ほかのゴブリンは名案だとばかりに喜んでいる。
そして、ナイフを持ったゴブリンが、まずは俺にということで、手に持ったそれを振り上げた瞬間のことだった。
『グガアアアアアアアア!!』
夜の静寂を引き裂くような咆哮が響き渡った。
ゴブリンたちの動きが止まる。
それは、遠くからではなく、すぐ近くから聞こえたものだ。
ゴブリンたちの顔からは、笑みが消えていた。
その咆哮の正体を確かめようと、一様にその方向に顔が向いている。
そして、それは姿を現した。
咆哮の主。
巨大な影が、月明かりの中でゆっくりと姿を現す。
黒い鱗、鋭い爪、そして、燃え盛るような瞳。
「ドラゴン……」
夜の闇の中で、俺たちを捕らえていたゴブリンたちが恐怖に震え始めた。
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