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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第二章「領都ハンシューク:命を背負う歩み」
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第百九話「命の簒奪」

残酷な描写がありますのでご注意ください。

 姿を消したまま、俺たちは部屋をあとにする。


 まだ心臓が早鐘を打っている。吐き気は、もうとうに通り過ぎた。今残っているのは、冷たい覚悟と、乾いた喉の渇きだけ。


 寝室へと足を踏み入れると、三人の盗賊が布団の上でいびきをかいていた。俺の存在にも、クェルの気配にもまったく気づいていない。あまりに無防備で、あまりに人間らしくて……腹が立つ。


「ここの三人、できる?」


 クェルの問いに、俺は無言で頷いた。もう“何を?”なんて聞かなくてもいい。

 俺は、知っている。どうすれば人は死ぬのか。

 静かに、そっと短剣を抜き、寝ている盗賊の一人に忍び寄る。呼吸を整え、震えそうになる手を強く握る。自分を押さえつけるようにして、刃を首元に――。


「――ッ!」


 振り下ろした。


 刃が肉を裂き、骨に当たって止まる。熱いものが、じわりと俺の指を濡らした。

 ビクンと手足が跳ねる。しかしそれ以上の動きはない。

 死ぬ瞬間、目を見開いた男は、虚空を見ていた。そして言葉にならない水音の混じったような悲鳴を小さく吐き、そのまま事切れた。

 俺は目を離すことはしなかった。

 それがせめてもの誠意だと思って。

 脱力したその体を見届けて短剣を抜く。


 二人目。呼吸を乱さず、同じように殺した。

 反応は似たようなものだった。


 そして三人目。そいつは目を覚ましはじめていた。


「あー? ……んだあ?」


 不意に身を起こした盗賊の首に、慌てて短剣を突き立てる。しかしその勢いのまま、男の身体が大きく床に崩れ落ちた。


「っ……!」


 どしんと鈍い音が部屋に響く。

 ばたばたと手足を動かす盗賊は、すぐにその動作を止める。しかし床に叩きつけられたその騒音は大きく響いてしまった。


「なんだ? うるせーぞ?」


 広間の方から声がした。

 しまった、と俺は心の中で叫んだ。すぐに足音が近づいてくる。扉の向こうから誰かが来る。

 慌てて短剣を抜き、入り口に顔を向ける。


「どいつだよ、寝ぼけてやがんのは……」


 入ってきたのは若い盗賊だった。寝室に顔を覗かせ――。


「ゲっ――!?」


 その言葉が終わる前に、男の首が宙を舞った。斬ったのはクェルだった。半透明の姿のまま、彼女は盗賊の背後から現れたのだ。


「先行して暴れてくるね」


 そう言い残し、クェルは広間へと駆けていった。

 これから彼女は盗賊達を殺すのだろう。それこそ”処分”するように。

 俺は、その場に立ち尽くしていた。自分が手に掛けた三人の一瞬の断末魔。たった一瞬の、恐怖と絶望に満ちた表情。

 それが、頭から離れない。


『ケイスケ、大丈夫ー?』


 リラの声が聞こえる。まるで俺の内側を見透かしたような、軽やかだけど優しい声。


「だい、じょうぶ」


 自分で言って、自分で信じる。大丈夫だ。手は震えていない。視界もはっきりしている。問題があるとすれば、それは俺の心の内だけ。


「大丈夫……だ。広間のほうに行って、クェルの援護をするよ」

『わかったー』

「クェルなら、何も心配ないんだろうけどな……」


 苦笑して、前を向く。

 ぼろきれのような寝具を雑に引っ張り、短剣についた血を拭う。

 その間にも広間のほうから、悲鳴が次々と響いてきていた。


「ぎゃああああ!」

「なんだ!? 何が起こってやがる!? あ、ガッ!?」

「なんなんだ!? なんなんだよッ!」


 広間に行くと姿の見えないクェルが、次々と盗賊たちを斬り倒していっていた。

 ただでさえ魔獣を屠ることのできる実力のクェルの、不可視の斬撃。見えないままに殺されていく恐怖。それはもう、戦いですらなかった。

 俺からはクェルの姿が見えている。悠々と、むしろ楽しそうに剣を振るっている。だが斬撃は、完全に透明だ。何も見えないまま、盗賊たちは崩れていく。


「これは……気の毒なくらいだな……」


 剣を構える者もいるが、何も見えないのでは、戦いようがない。逃げる間もない。

 そして、すでにボスらしき男も床に倒れていた。おそらく、クェルが真っ先にやったのだろう。


『任せておいていいんじゃないー?』

「……そうだな」


 俺は剣を握ったまま、力を抜いた。


「俺は他の部屋を調べてみるよ」


 踵を返す。あの被害者の女性がいる部屋は……もう行かなくていい。

 寝室も確認した。盗賊はいない。


 別の扉を開ける。


「……っ!? ここは……」


 強烈な悪臭に、思わず顔を背けた。中はトイレだった。小さな個室が並ぶ、最悪の環境。すぐに扉を閉じた。

 次は倉庫。食料、酒、衣類、武器、靴、荷物……山のように積まれていた。


「全部、略奪品か?」


 女性用のドレスや子供服まである。誰かの思い出だっただろうものも、こんなふうに無造作に積まれている。


『盗賊はいないねー』

「ああ……。戻ろう」


 広間へと戻ると、もう、そこに悲鳴はなかった。

 盗賊たちの血と死体が散乱し、静寂だけが支配していた。

 クェルの姿はない。

 代わりに、外から物音がした。何かが落ちてきたような、鈍い衝撃音。

 外に出ると、目の前に盗賊の死体が落ちていた。視線を上げれば、櫓がある。そこから落ちたのだろう。

 そのすぐあと、半透明のクェルがふわりと俺の前に降り立つ。


「終わったよ!」


 彼女は満面の笑みを浮かべていた。まるで掃除でも終えたかのような、晴れやかな顔だった。


「そうみたいだな」


 残るのは討伐の証明。それは――首魁の首。籠に入れて持ち帰る必要がある。

 気は進まないが、それが仕事だ。幸い、クェルが綺麗に落としてくれている。あまり見ないようにして、首を籠に放り込んだ。


「リラちゃん、もう魔法はいいよ」

『わかったー』


 リラの魔法が解除され、俺とクェルの姿が明確となる。


「……残る問題は、あの女性のことだけだな」


 クェルが頷く。


 まだ、終わっていない。俺たちが片づけるべき現実が、もう一つだけ残っていた。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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