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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第二章「領都ハンシューク:命を背負う歩み」
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第百七話「決まらない覚悟」

「情報通りなら、この先の山の麓あたりだね」


 森を駆けながら、クェルが言う。

 この森を抜けた先に、奴らの根城があるらしい。

 クェルの声は、いつも通りの軽やかさを保っている。けれど俺の胸は、きつく締め付けられるような緊張に覆われていた。


 盗賊団。

 魔獣と同じようなものだとクェルは言っていた。人々の暮らしを脅かす、有害な存在だと。

 確かに、理屈ではわかっている。

 けれど俺の中で、別の声が囁く。


 ――本当に、そうなのか?


 たしかに彼らは人を襲ったかもしれない。略奪をしたのかもしれない。

 でも、それでも。

 彼らにも生まれた場所があったはずだ。誰かに愛された記憶があるはずだ。

 一人ひとりに、人生という物語がある。たとえそれがどんなに歪んでいようと。


 ……これは日本人の甘さだろうか。


 日本は平和だった。犯罪者でさえも、人間として扱われていた。

 どんな凶悪な犯罪を犯した人でさえも人権があり、それをした理由があり、人格を否定してはならない。命を奪ってはならない。

 それは当たり前の価値観だった。誰も疑問に思わないし、俺自身だってそう思っていた。もし「殺してもいいんだ」なんて言う人がいれば、社会からバッシングをうけるような世界だった。

 そんな価値観が、俺の中から消えてくれない。


「ケイスケ、一旦止まるよ」


 クェルがぴたりと足を止めた。


「ここから先は、ちょっと慎重に行ったほうが良さそうだからね」


 俺も立ち止まる。走ってきた距離は大したことないはずなのに、息が上がっていた。

 下を向いたまま深呼吸をしても、胸の奥のざわつきは収まらない。


『大丈夫ー?』


 影の中から、リラの声が響く。


「……ああ」


「リラちゃん、大丈夫じゃなさそうだよ、これは」


 クェルの声も、どこか心配げに聞こえた。


「……ああ」


 俺はもう、自分の内側に引きこもっていた。思考が空転している。


「私はちょっと偵察がてらアジトに近づいてみるから、ここにいてね」


 クェルの言葉も、まともに届いていなかった。


『わかったー!』


 そのままの状態で、ただ息を整うまで繰り返すだけをして、しばらくして俺は顔を上げる。

 気づけば、クェルの姿がなかった。


「……あれ? そういえば、クェルは?」

『偵察に行ったよー? ここで待っててって言ってたー』

「え? マジか、気づかなかった……」


 どれだけ緊張しているんだ、俺は。


『ケイスケ、緊張してるもんねー。本当に大丈夫ー?』

「……大丈夫って言えたら良かったんだけどな」


 情けない。でも、これが俺だ。

 人を殺す。

 その現実を前にして、こんなにも足がすくんでしまう。

 その場にしゃがみこんで、目を閉じる。


 それからどれほどの時間が経っただろう。クェルが戻ってきた。

 足音に、顔を上げる。


「お? さっきよりはましになった?」


 相変わらず、表情は明るい。


「さっきよりは、多分……?」

「んー、まだまだっぽいね! じゃあ、ちょっと一緒に偵察に行こっか?」

「えっ?」

「ほら、あいつらがどんな酷いやつらか、その目で見ればわかると思ってさ。リラちゃんの、例の“見えなくする魔法”あれを使ってもらって、アジトに潜入しちゃおう!」

『なるほどー! 私が二人に魔法をかければいいんだねー?』

「うん。リラちゃん、よろしく!」


 クェルが俺をじっと見つめた。いつもより真剣な目だ。


「ケイスケ、まずは偵察だよ。いけるよね?」


 ……偵察だけなら。


「……大丈夫だ」


 心の中で、わずかに凪いだ湖のような感覚が生まれる。猶予がある。それだけで救われる気がした。


「リラ、頼む。魔法をかけてくれ」

『了解ー!』


 リラの魔力が広がる。

 視界の端で、自分の腕が淡く透けていく。


「おおー! すごっ!? 私の体が透けてるーっ!」


 クェルがはしゃぐ声が、妙にリアルだ。


「あ、でもケイスケの姿はうっすら見えるね? これって完全には見えなくなってないの?」

『お互いの姿はある程度見えるようにしてるんだー! 他からは絶対に見えてないよー!』


 胸を張るリラの声に、クェルがにっこり笑った。


「なるほど! 確かに互いの姿は見えてないと困るもんね! そんなことが出来るなんて、流石リラちゃん! 天才精霊!」

『えへへー! もっと言ってー!』


 クェルとリラのやりとりを聞きながら、俺は心の奥で感謝していた。

 この二人がいてくれてよかった。

 というか、相性良さそうだな、この二人。


「俺も、頑張らないとな……」


 そう呟いて、両頬を軽く叩く。

 パチン、と音が鳴って、少しだけ顔が熱くなる。

 でも、それでいい。


「気合は入った? じゃあ、行こう!」

『行こー!』


 月のない森の中を、俺たちは静かに進み出した。


「注意事項!」


 クェルの声が低く響く。


「リラちゃんの魔法で姿は見えないけど、匂いはするし、音はするからね! そこんとこ気を付けながら進むように!」

「了解」


 それはこの間、クェルに身をもって知らされた。


「じゃあ、行こう」


 言葉にすることで、気持ちが固まっていくのを感じた。

 ……そう、これは偵察だ。見るだけ。確認するだけ。

 その先の判断は、見てからでも遅くはない。


 俺は、静かに呼吸を整えて、歩を進めた。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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