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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第二章「領都ハンシューク:命を背負う歩み」
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第百五話「クェルの辿ってきた道」

クェル視点での話です。

 ビサワ。

 それが、私の故郷の名前。


 このサンフラン王国じゃ、獣人の国なんて呼ばれたりするけど、実際のところ国ってわけじゃないんだよね。

 ビサワっていうのは、あくまで“地域”を指す名前。領土線が引かれてるわけでもないし、決まった首領がいるわけでもない。

 あの一帯に根を張ってる獣人たちをはじめ、混血も純血もごちゃ混ぜの連合体みたいなもんでさ。

 そういう意味じゃ、村の集合体って言った方がしっくりくるのかも。


 今の代表はエルフだって聞いたけど、私は一度しか見たことがない。

 エルフってのは、基本、森の奥から出てこない。滅多に姿を現さないってことで、私みたいな下っ端が顔を拝めただけでも、けっこうなレア体験ってやつ。


 ま、私が生まれたのは、そんな深い森の中じゃない。

 クミルヒースって呼ばれてる、ビサワの端っこの地域。

 ここはサンフラン王国に近いせいで、人間も普通に暮らしてた。だから私の母さんも人間だったんだ。私はそこで生まれて、育った。

 クミルヒースは大きな都市だったみたいで、いろんな人がいっぱい暮らしてた。

 確か、人口は1万人くらいはいたのかな? ダンジョンが近かったから、冒険者も商人も多くて、いつも活気があった。

 私はいつも街を走り回って、悪戯をしていたっけ。


 ……あ、さっきも言ったけど、私も獣人だよ?

 ほら、この耳、ちょっと大きくて毛がふさふさしてるでしょ。

 まあ、混血だから見た目にあんまり出てないけどさ。父さんのほうに鼠形の獣人の血が混じってたんだって。確か曾祖父さんがそうだったとか。もう確かめようもないけど、そんな感じ。


 だからなのかな。私は属性魔法が使えない。

 知らない? 獣人って、基本的に火とか水とか、そういう属性魔法は不得意なんだよ。

 でもその代わり、肉体強化魔法だけは天性みたいなもんで、誰でもある程度は使える。

 魔素が体に馴染みやすいって言うのかな? そのへん、詳しい理屈はよくわかんないけど。


 私は特に小柄だから、たぶん鼠形の血が濃いのかもね。小回りは利くし、足は速い。だから「爆足のクェル」なんて二つ名もついてたりする。かっこいいでしょ? ふふん。


 ……でもさ、なんで過去形で話してるか、気になった?


 それはね、もうそのクミルヒースには人が住んでないから。

 住めない。追い出されたというか、うん。侵略されたって感じかな。


 ビサワの大氾濫。


 それが、私の、私たちの人生を変えた。


 あれが起きたのは、私がまだほんとにちっちゃい頃。

 でも、よく覚えてるよ。あの黒い影の群れが、地面を揺らしながら迫ってきた光景を。


 あれは……そう、当時の私は知りもしなかったけど、スタンピードって呼ばれるやつだった。

 クミルヒースの奥地にあるダンジョン、あそこから魔物が溢れ出して、止まらなくなったんだ。

 理由は分かんない。誰にも分かんない。スタンピードってのは、時々起きるもんだけど、あの時のは規模が段違いだった。


 ダンジョンから湧き出す魔物、それに引き寄せられた魔獣の群れ。

 都市ひとつが、あっという間に沈んだ。

 駆除なんて、とてもじゃないけど追いつかない。


 ……そう、だから私は冒険者になったんだ。

 クミルヒースを、故郷を取り戻すために。


 銀級になった今でも、まだ到底足りない。

 浅い場所くらいなら、ちょっと頑張れば足を踏み入れられる。

 でも、奥に行こうとしたら……私ひとりじゃ、絶対に無理だ。


 小さかった私は、何が起きてるのかも分からなかった。突然鳴り響いた非常事態の鐘の音。悲鳴、雄たけび。

 ただ、黒い波のような影が近づいてきて、大人たちが叫んで、走って、倒れて。

 父さんは兵士だったから、避難する私たちを守るために前線に行って……そのまま戻ってこなかった。


 母さんは、逃げる途中で人の波に飲まれて、はぐれた。

 ……きっと、逃げ遅れたんだと思う。あれ以来、一度も会ってない。


 あの時は、ただ怖かった。

 でも、それ以上に……寂しかったな。

 母さんと別れてからのことは、あんまり覚えてないんだ。ただ私はわんわんずっと泣いていたと思う。

 それで、気づいたら私は、避難所で暮らしてた。

 世話してくれてたのは、遠縁のおばさんだったのかな。よくわかんないけど、とにかく私を引き取ってくれて……このサンフラン王国の難民キャンプで生活してた。


 突然の出来事で、住む場所を奪われて逃げて、サンフラン王国も受け入れてはくれたみたい。事が事だからね。

 場所も、水や食料や着るものも、少しは支援してくれた。でも、圧倒的に数が足りなかった。

 その当時の私は、なんでこんなにも食べるものがないんだろう? なんで着るものがないんだろう? なんでこんなに、人間の兵士は冷たいんだろう? って、そう思ってたな。

 でも当然だよね。サンフラン王国からすれば、いきなり何千人もの人が王国に入ってきて、「助けてくれー」って言うんだから。

 追い出されないだけでも感謝しないと。

 でも、そんなこと思えるはずがないよね。これじゃ足りない、足りないって、もっと助けてくれって私たちは言うんだし。相手だって、無償で色々なものをあげたりなんてできないよ。

 ビサワ側の支援はなかったのかって? うーん……。ビサワって、色んな種族の集合体だって言ったでしょ? 色んな場所に、それぞれ色んな種族が暮らしてるのね? だからなのか、あんまり他の集落と関りがなかったりするんだよ。

 クミルヒースってダンジョンがあったりしたから人が集まって大きな都市になっていたみたいだけど、ビサワでは珍しいのね。

 大体は自分の地域から出てこないし、必要がなければ関りも持たない。

 少しは、色んな地域から支援はあったみたいだけどね? でも全然。


 そこでの生活は……うん、あんまり思い出したくない。


 毎日争いがあって、毎日誰かが死んでて。

 水も食料も足りなくて、誰もが誰かを蹴落とそうとしてた。

 ぬくもりのある日々なんて、もう帰ってこなかった。


 それでも、私は生きて、今ここにいる。

 あの地を取り戻すために、剣を握ってる。


 ……銀級でも届かない場所。

 だから、金級になれば——なんて夢を見るけど、実際のところ、無理だと思ってる。

 金級の冒険者って、すごいんだよ?

 もはや人じゃないってレベル。属性魔法もばりばり使えるし、下級の竜ならタイマン張っても勝てちゃうような連中だもの。

 私なんて、足元にも及ばないよ。


 だって私は、ただ速く走れて、ちょっと剣が振れるだけの、ただのクェルだから。


 でも、もし……もし、あの地にもう一度、立つことができたなら。

 母さんが、父さんが過ごしていたあの家をもう一度見られたら。


 それだけで、私は――。


 ……あはは、なんか湿っぽい話になっちゃったね!

 こう見えても、普段は明るいキャラなんだから!

 笑ってなきゃ、やってられないでしょ?

 それにさ、私みたいな思いをする子が、もう出ないように。

 ほんの少しでも、誰かの助けになれたらって思ってるの。


 ……ううん、全然立派なんかじゃないよ。

 自分のためだけにやってるんだから。ふふっ。


 でも、ありがとね。

 ちゃんと話、聞いてくれて。


 ……こんな話したの、ケイスケが初めてかも。


 なんてね!

最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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