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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第二章「領都ハンシューク:命を背負う歩み」
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第百四話「必要とされる覚悟」

 目を通した瞬間、俺の意識は依頼書から離れていった。


 ――盗賊団の討伐。


 それはつまり、人を殺すということだ。

 俺はこれまで、獣は狩ってきた。命を奪うことの重さを、何度も考えてきたつもりだ。でも、それは“人”ではなかった。人間を、意図して殺すことなんて、これまでに一度もなかった。


「緊張してる?」


 ギルドの外に出てから、クェルが笑って俺の横に立った。


「……」


 喉が渇くような感覚に襲われている。まだ現場に行くわけでもないのに、胸の奥がザラついていた。

 件の盗賊団『狂犬の牙』は、この領内で活動しているお尋ね者らしい。強盗、殺人、誘拐、暴行――やりたい放題の連中で、数々の罪を積み重ねてきた。

 この世界では、罪人には法の裁きがある。ただし、それが届かない場所では、冒険者がその代行をする。

 それが“討伐”という名の処刑。


「今回は準備の日だから。明日の朝、ギルド前で集合ね」


 クェルはそう言って、踵を返した。だが去り際、まるで釘を刺すように言った。


「手段は問わないよ? 姿を消して闇討ちしてもいいし、罠にかけてもいい。だけど――必ず、自分の手でとどめを刺すこと。それだけは、絶対に守って」

「……ああ。わかってる」


 暫定的な銅級昇格の条件。その一つが、“人を殺せること”。ステラさんも、それをはっきり言っていた。

 誰かが監査するわけじゃない。クェルという銀級冒険者が、俺の行動を評価する。それだけの話だ。

 けれど、それだけだからこそ、誤魔化しは利かない。


「銀級ともなると、色々とあるんだよね。下を育てないといけない義務っていうのもあってさ。ケイスケがいてくれて助かってるんだ」


 クェルの口調はいつもの軽さだが、その中にほんのわずかな本音が混じっていた。

 銀級には、後進の育成義務があるという。

 だからこそ、俺を“育成中”として扱う必要があった。単に形式的に、義務を果たしているふりでもいい。だが、クェルは本気で俺に手を貸してくれている。


「だからこそ、あの無茶ぶりがあったってことか……」


 思わず呟いた言葉に、すかさず返事が飛んできた。


「正解! ケイスケは頭もいいわよね! ほんと助かったんだよ! それに、鉄級のケイスケと組んだおかげで受けられる依頼の幅も広がったし、いいことずくめ!」


 クェルはケラケラと笑って、俺の背中を軽く叩いた。

 その笑顔を見て、ふと胸に疑問が浮かんだ。


「なあ、クェル。なんでそんなにまでして依頼にこだわるんだ? いや、それ以前に……なんで冒険者に?」


 明らかに依頼を受けるペースが普通じゃない。俺の修行も理由の一つかもしれないが、それだけじゃない――そんな気がした。

 クェルは前を向いたまま、静かに口を開いた。


「ん? 聞いちゃう? 私の過去バナ」


 いつもの軽い口調だった。でも、その奥に、何か沈んだ響きが混じっていた。

 クェルの過去。知りたいような、でもあまり踏み込んでしまってもいけないような気がする。

 彼女ほどの若さで冒険者になって、銀級まで上り詰めたのだ。過去に何かがあると想像してしまうのは当然のことだろう。


 クェルは言った。


「私ってさ、ビサワ出身なんだよね」

「ビサワって、あの?」

「そ。実は私こと爆速のクェルは、獣人の血をひいているのよ!」


 くるりと俺に向き直るクェル。彼女はその髪の毛をかき上げ、自身の耳を露出させた。

 丸みを帯びた耳だった。しかし、人間のものとはどこか違う。若干大きいし、何よりも耳の先にふさふさとした毛が生えていた。

 獣人といってもなんというか、あまりに獣人感が薄い。それが俺の感想だった。

 

 クェルの目は、真っすぐに俺を捉えている。


「知ってる? この国での、獣人の扱いとか」

「……え?」


 不意に投げかけられた問いに、俺は答えることはできなかった。


「そうだよね、知らないよね。ケイスケはなんとなく、知らないと思ってたよ」


 クェルの声色は、別に俺を馬鹿にしているようではなかった。

 純粋に、俺が知らないものと思っていたのだろう。


 でも、このサンフラン王国での、獣人の扱い? 確かに、このサンフラン王国は人間が統治している国で、国民もほぼ人間が占めているだろう。だからといって、獣人や亜人がいないわけじゃない。

 実際、冒険者ギルドでも、何人か獣人を見かけたことがある。というかダッジだって、自身が小人族なのだと言っていた。

 でも、クェルが言うからには何かあるんだろう。


「……もしかして、獣人は奴隷のようなあつかいされてる、とか?」


 恐る恐る答えた俺。クェルはそれを聞いてキョトン……と、ハトが豆鉄砲をくらったかのような表情を浮かべ、「あ……あはははははは!」と腹を抱えて盛大に笑い出した。

 それを見て、俺は少し安堵した。多分、俺の返答が的外れだったから、クェルは笑っているのだ。的外れということは、獣人が奴隷扱いなどされていないということのはず。

 そういえば、ふとミネラ村の赤毛の少女、ロビンのことを思い出す。確かビサワがどの方向にあるかを聞いていた時のことだ。彼女は、確かビサワのことをあまり良く言っていなかった。

 あのときは、ロビンはビサワのことが好きではないんだな、と思っただけだった。


「あははは! うん、発想は、悪くないよ」


 発想は悪くない。となると――。


「となると、単純に嫌われてるとか、そんな感じか?」

「うんうん、正解正解」


 そう言って笑いをおさめるクェル。

 クェルは言った。


「それもこれも、あの大氾濫のせい、なんだけどね」

「大氾濫……」


 その言葉は、教会で聞いた。


「あの大氾濫が起きたせいで、私や、多くの獣人たちが、故郷を奪われたのよ」


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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