第百三話「怒涛の一週間」
それからの一週間は、まさに怒涛だった。
振り返ってみても、俺たちはただひたすら働いていた。
朝から晩まで、いや、ほとんど朝も晩もなく、目を覚ませば討伐、寝るまで討伐。合間に採取と調査の依頼も挟まったりはしたが、大筋はとにかく――討伐だった。
魔獣、獣、虫、虫、虫。
熊に猪に狼に鹿。蜂のでっかいやつ。ときどき大きなイモムシみたいな気持ち悪いやつもいた。
しかも、依頼を受けすぎて、ほとんど休みもなかった。俺たちの勢いはブラック企業も真っ青だ。
依頼の紙は片っ端から剝がしていった。クェルが。
文句を言ってくる冒険者は黙らせた。クェルが。
ギルド職員に呼びかけられても無視した。クェルが。
そんな俺たちの一週間。その終わりは唐突だった。
報告にギルドに立ち寄った俺たちは、ギルド職員総出で包囲されたのだ。
俺は「ついにこの時が来たか……」と諦めの境地だった。同時に「やっと解放される」という安堵。
鬼のような形相のステラさんに連行され、俺たちはギルドの説教部屋にいる。
「て、鉄と銅、なんでも受けられるって、最高だね!」
そんなことを言って、クェルは少し引きつった笑みを浮かべていた。
その向かいで、ステラさんが青筋を立てている。
「いーえ、受けすぎですから!」
ギルドのいつもの小部屋。
俺たちは、ステラさんに説教されていた。軽くじゃない。がっつり怒られていた。
片っ端から依頼をさらっていく俺たちに、他の冒険者からのクレームが来ていたのだ。
まあ、そりゃそうだ。ここ一週間で、俺たちは三十件以上の依頼をこなしていた。
俺もクェルも、もはやまともな見た目をしていない。
視線を自分の体に向ける。
服はくたびれてぼろぼろ。靴はそろそろ穴が開きそうだ。
クェルだって、ステラさんを前に気まずそうにしているが、基本はいつも通りの陽気な態度。しかし防具の金具がところどころ外れているし、剣の鞘には血と泥がこびりついている。
それでも、彼女のテンションは落ちない。
「ま、まあまあ、ステラ。依頼が減ってるってことは、みんなが安全になったってことじゃん? 問題ないでしょ?」
「そういう問題ではありません!」
そんな感じで、ステラさんとのやり取りをよそに、俺は思い返していた。
この一週間、本当に休みがなかった。
移動の合間に、どちらかが寝る。
クェルが寝たら、俺が背負って運ぶ。俺が眠くなれば、今度はクェルが担いでくれた。……いや、語弊がある。担がれた、が正しい。
相手が女性だとか、そんな感情はもはやどうでもよかった。
クェルは普通に重い。武具もあるし、剣だってある。
討伐帰りには、血と土の匂いが染みついていて、ロマンの欠片もなかった。
……まあ、肉体強化魔法を使えば余裕だったけど。
肉体強化魔法――ドーピー。
それを使えば、一日の距離も数時間で踏破できる。
特訓の成果もあって、今では俺たちは時速四十キロ以上で移動している。
少なくともクェルはそれを少し息を上げながら維持しているし、それについていけている俺も、それなりにヤバいのかもしれない。
魔力でごり押ししているだけとはいえ、強化状態での長時間活動も苦ではなくなってきた。
実際、索敵もかなり効率がいい。
リラの存在は、本当に助けになっている。
「あんな山の向こう、肉眼で見えるわけないじゃん。あ、でも獣の足跡、右にあるよ」
俺の影に潜む光の精霊、リラ。
見た目は完全に闇の精霊だけど、その索敵能力は本物だ。
クェルの目でも見えない痕跡を、彼女は難なく見つけてくれる。
クェルに教わりながら、俺は爆足――あの爆発的な加速も、少しずつ使えるようになってきた。
まだ彼女のように自在とはいかないが、攻撃や奇襲の瞬間に取り入れるだけでも、戦いはぐっと楽になる。
グッと踏み込んで、相手を斬る。
まるで漫画の中でよくある表現の動きが、まだまだ中途半端とはいえ、自分の体で再現できるのだ。俺のテンションは上がりっぱなしだった。
そうして、依頼達成の一件一件のスピードが上がっていくのが、純粋に楽しくなっていた。
どこかで俺も、調子に乗っていたんだろう。
「というわけで、しばらくの間、二人には銅級以下の依頼は禁止です!」
「えーっ!?」
ステラさんの言葉に、クェルが思いきり不満を叫んだ。
「依頼が他の人に回らないと困ります! 二人が頑張るのはありがたいんですけど、もうちょっと自重してください!」
「うーん、じゃあ……何も受けられないの?」
「ですから、異例ではありますが――ケイスケ君を銅級に昇格させることになりました」
「……えっ?」
突然の言葉に、俺は目を丸くした。
「これは、あくまでクェルさんと組んでいるときだけの暫定的な昇格です。でも、これでクェルさんも本来の等級に見合った依頼を受けることができます」
「よかったじゃん、ケイスケ! おめでとう!」
「……まじか……」
思わずつぶやいた。
でも内心では、胸を撫で下ろしていた。
――これで、リームさんの護衛依頼が受けられる。
護衛依頼には明確な等級規定がある。
領都内や片道一日の旅程ならば、鉄級でも対応可能。
でも、リームさんと向かう先はビサワ。片道一か月以上。
それは、どうしても銅級以上でなければならない条件だった。
条件は整った。
クェルと走り続けた、一週間分の疲労が、今ようやく意味を持った気がした。
「あれ? でも級が上がるには、何か試験が必要なんじゃないでしたっけ?」
ハンスさんに以前、規約について教えてもらったときに、たしかそんな話を聞いた覚えがある。ギルドで正式に階級が上がるには、書類審査とか……いや、違う、試験があるって。
「ええ。ですから、ケイスケ君には昇級試験を受けていただきますね。試験内容は担当官の面接と、実技試験となります」
ステラさんは微笑んで、そう答えた。
「面接と、実技試験ですか?」
「はい」
試験と聞いて、真っ先に思い浮かんだのは筆記試験だった。だが――そうか、この世界では日本ほど識字率が高くない。筆記試験なんて実施しようにも、そもそも問題を読める人間のほうが少ないのかもしれない。
「面接は本ギルド支部のハンスが担当します」
「わかりました」
ハンスさんか……規約の説明も資料館の案内もしてもらったし、悪い印象はない。ダッジたちは何かと嫌っていたが、俺にはむしろ実直で誠実な人物に見えた。
「そして、実技についてですが……」
ステラさんが少し言いよどんだ。俺の顔を見て、何かを測るように目を細めたあと、静かに言葉を継ぐ。
「実技は、受けていただきたい依頼がありまして。その依頼の達成をもって、昇格条件とさせていただきます。もちろん、クェルさんと一緒に遂行していただきますが……必ず、一人は討伐していただく必要があります」
「……討伐、ですか」
ステラさんが差し出した依頼書を、俺は受け取った。
「ん? なになに?」
俺の背後から、クェルが興味津々に覗き込んでくる。
その依頼書に書かれていたのは――。
「盗賊団『狂犬の牙』の討伐……?」
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