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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第二章「領都ハンシューク:命を背負う歩み」
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第百一話「透明人間になってみた」

 ノーギーの武器屋。

 地面に突き刺さった剣の看板が目印のその店に入ると、店主のギリーが顔を上げた。


「よう、坊主。今日はどうした?」

「剣の手入れをお願いしたくて。クェルさんから貰ったやつなんですけど……」


 そう言って俺は、長剣を鞘ごと手渡した。ギリーは分厚い腕でそれを受け取り、しばらく黙って眺める。


「うーむ。これはすごいな……」


 眉をしかめたギリーの声が低く唸った。俺は思わず身を乗り出す。


「すごいって、どういう?」

「こいつは……黒魔鉄だな。ちょっと俺には手に負えねぇ。いや、そもそも手入れが要らねぇ代物だ」

「マジですか」

「マジだ。見てろ」


 そう言うとギリーは棚から厚手の布を取り出し、剣を何度か丁寧に拭いた。それだけで、刃がまるで鏡面のように光を放つ。


「ほらよ。磨くだけでこれだ」

「すげぇ……」

「黒魔鉄はある程度なら自己修復もする。致命的な破損がなけりゃ、何も気にせず使っていい。いいもん貰ったな」

「はは……ありがとうございます」


 ギリーはそれだけでなく、鞘のベルト通しの痛んだ部分も新しく交換してくれていた。


「ほれ、大事にしな」

「はい、それはもう」


 長剣を受け取り、俺は深く頭を下げて店を出た。気温はちょうどよく、空も晴れている。クェルは別行動で買い出しに行っており、ギルド前で落ち合うことになっている。


「しかし困ったな」

『どうしたのー?』


 頭の中で響いたのは、リラの声。


「いや、もっと時間かかると思ってたんだよ。ちょっと休憩したかったのに、予想外に早く終わってしまった」

『じゃあちょっと休んでいけばー?』

「……休むって言ってもな。知ってる店もないし、適当な場所に入って失敗したら余計に疲れるし……」

『じゃあそのへんで寝転んでたらー?』


 まるで気にしないその物言いに、俺は苦笑した。でも、ふと思い出す。先日のまだら熊の魔獣――あれが使っていた光学迷彩のような能力。


「なあ、リラ。俺の姿を、あの魔獣みたいに隠すことってできる?」

『もちろんできるよー! え、やってみるー?』

「マジか。じゃあ……お願いしていいか?」

『いいけど、ここでやっちゃっていいのー?』


 言われてハッとした。周囲を見渡すと、人通りは少ないが、完全に人目を避けられるわけではない。


「……そうだな、あっちの路地裏に入る」


 俺は通りを抜けて狭い裏道へと足を踏み入れた。誰もいないことを確認してから、静かに呟く。


「リラ、頼む」

『はーい!』


 柔らかく、けれど確かに感じる何かが、俺の体を包み込んだ。見えない繭に包まれたような、そんな不思議な感覚。次の瞬間、リラが言った。


『終わったよー!』


 思わず自分の腕を見下ろして驚いた。


「……おぉ!? 透けてる……!」


 完全に透明ではない。薄く透過して、背景が見える。だが十分に「見えない」と言えるレベルだ。


『ケイスケからは少し見えてるようにしたけど、他の人からは見えないようにしてあるよー』

「すげぇ……まじで未来技術って感じだ……!」


 アニメや映画を見て、こういう技術を夢見たことはある。光学迷彩は当時も話題になっていたが、まさか自分の体で体験できる日が来るとは。


『精霊の魔法だからねー。魔獣の魔法とは違って、絶対バレないよー!』

「すげぇ、これ……忍者とかスパイの気分だな」


 とにかくテンションが上がる。俺はそのまま、透明人間状態でギルドに向かうことにした。

 ただ、見えてない分、歩きづらい。何度か通行人と肩がぶつかりかけ、慌てて避けた。自分の存在が相手に見えてないということが、こんなに神経を使うとは。

 でも、それすらも楽しく思えるくらい、今の俺はワクワクしていた。


「このままクェルを待って、驚かせてやろうかな……」


 イタズラ心がむくむくと湧いてきた。あのクェルを驚かせたら、どんな顔をするんだろう。

 そんなことを考えながら、ギルド前の広場に差しかかったときだった。


「――おい、今ぶつかっただろ」

「え? いえ、私は何も……」

「ぶつかったよなぁ!? この服、高ぇんだぞ!」


 喧嘩腰の声。見ると、道端で若い女性と男が揉めていた。男は明らかに酔っている風で、相手の肩を乱暴に掴んでいる。


「やめとけって、くだらねぇぞ」


 周囲でそれを見ている冒険者も数名いたが、誰も止めようとはしない。


「……」


 透明なまま、俺は一歩近づいた。ここで姿を見せるべきか、黙って関わらないべきか――。


『ケイスケ、どうするのー?』

「……見えないって、便利だけど、ズルいな」


 呟きながら、俺は深く息を吐いた。

 透明な姿のまま、俺はゆっくりと男の背後に回り込む。


 このままなら、無傷で終わらせられる。誰も傷つけないで済む。


「……くだらない真似をして、覚悟はできているか?」


 そう語り掛けながら、透明なまま、男の手首をつかむと――。


「ひゃっ!? な、なにっ!? うわぁあああっ!」

「おっ!? おい、どうしたんだよ?」


 男は驚きの声をあげて、その場から転げるように逃げ出した。女性は唖然としたまま立ち尽くしている。


『ふふ、かっこいいとこ見せたねー?』

「バレない程度にな」


 誰にも気づかれぬまま、俺は静かにギルドの陰に腰を下ろした。空はまだ青く、風は心地よい。

 ここなら人も来ない、ゆっくりすることもできるだろう。


 それにしても透明人間になっても、できることって案外限られてる。

 触れたり、物を取ったりできないから、できることといえばせいぜい誰かの頭を撫でるくらいだ。でもそれも、女性相手となると色々と問題がある。セクハラ、よくない。


 ――となれば、せいぜいダッジたちにちょっとした悪戯でもしてやるくらいか。


 通りかかった彼らの頭にそっと息を吹きかけたり、帽子をズラしたり。完全に無害だが、奇妙な顔してきょろきょろする様子がちょっと面白かった。


 スマホを取り出して、時間を確認する。俺の手もスマホも半透明だから見づらいが、なんとか数字は読み取れる。そういえば、この「人目を気にせずスマホを操作できる」というのも、地味に便利だな。

 この魔法、是非とも自分でも使えるようになりたい。リラの透過魔法は便利すぎる。

 どれどれ……ステータスでも確認してみるか。アプリをタップして、開く。

 そして俺は、通知に未読マークがついていることに気が付いた。


「って、そういえばこの間アップデートされてたの忘れてた!?」


 あれは確か、まだら熊の魔獣退治のときか。


「忙しくて、すっかり忘れてたな……」


 高鳴る胸にアップデート内容を確認する。

 表示された内容は――。


「精霊格納機能……?」


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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