第十話「別の群れ」
それから三日が経った。
俺とゴンタはひたすら森を東へ進んだ。雨が上がって以来、日ごとに気温が上がっているように感じる。今日も歩いているだけで汗ばんできた。
今の俺の格好はというと、ボロボロになったスラックスを履き、上半身は裸。例の緑色の虫よけを全身に塗っている。だから肌の色はゴンタとお揃いで、緑色だ。
肩にはメイコからもらった毛皮のポンチョのようなものを羽織り、Yシャツは袖を結んで簡易的な袋代わりにしていた。
途中、ゴンタが木の実を採ってはその場で食べたり、持ち歩くようにしている。
川があれば小さな魚を捕まえることもあった。
幸いにして、あのイモムシを食する機会がないのが何よりの救いだった。
「イモムシ、ウマイ」
そうゴンタは言うが、やはり現代人としては、昆虫職は勘弁である。
そういえば昔、コオロギ食が流行った? 時代があったそうだが、それだってコオロギをそのまま食べることなんてせず、粉末にしたりして何かに混ぜたりしていたそうだ。
まあ、オールドメディアが流行らせようとしたような感じで、すぐに廃れていったみたいだが。
というか普通にやはり、虫はみんな食べたくなかったということか。
ゴンタは時折木の実を採ったりする以外で、度々木の上に登ることがあった。
「ゴンタ、何をしているんだ?」
木から降りてきたゴンタに声をかける。
「ウエカラ、カワ、ミテタ」
「川?」
「ソウ。オオキナカワ、アブナイ。チイサイカワ、ワタル」
ゴンタはどうやら、ルート選定の為に上から川を見ていたという。
川と言っていたが、普通に地形も見ていたのだろう。
確かに今日まで大きく深い川や、流れの急な川にあたることなく進んでこれていたが、ゴンタのおかげだったのだと気づく。
そういえば、あの大雨の始まりの時、ゴンタは川が変わるって言っていた。
「川の位置とか流れが変わっているのか?」
「ソウ。だから、イッパイカクニスル」
川が変わるなんて、普通だったら大事で災害でしかない。
しかしこの土地で生きるゴブリンたちだからこそ、そこで生きる術を身につけているのだろう。
改めてゴンタのありがたさがわかるというものだ。
太陽が頭上を過ぎて、気温が一段と高くなってきて、そろそろ休憩をとろうと提案しようとしたところだった。
「トマル、ケイスケ」
ゴンタが急に足を止め、俺にも指示を出した。
これまで「気をつけて」とか「危ない」と注意することはあったが、ここまではっきりとした指示を出してきたのは初めてだった。
「どうした?」
ゴンタが身を潜めるようにしているのに倣いながら、問いかける。
ゴンタは振り返ることなく、俺に言った。
「アッチ、タブン、イル」
ゴンタが指さした方向を見つめながら、俺は眉をひそめた。
「いるって、何が?」
「ベツノ、ゴブリン」
別のゴブリン。ゴンタたちのグループではない、別のゴブリンの群れか。
確かに、言われてみれば独特の匂いが漂ってきている気がする。ここまでの旅路でゴブリンの気配にはある程度慣れてきた。
ゴンタの指す方向を凝視すると、遠くの茂みが不自然に揺れているのが見えた。やがて、その中から四体のゴブリンが姿を現した。
その姿はゴンタと同じ。緑色の肌はゴンタや今の俺のように、虫よけを塗っているのだろう。
ただ、色合いが少し濃いような気がする。材料が違うのか?
メイコたちやゴンタに慣れ親しんでいる俺は、その姿に少し安心感を覚え、ホッと息を吐いた。
「マッテテ」
しかしゴンタの声は、どこか硬かった。
俺とは違い、ゴンタは警戒している様子だった。
「わかった」
ゴンタは立ち上がると、一人で集団へと歩いていった。どうやら俺がついていくのは良くないらしい。俺はその場に身を潜め、じっと様子をうかがった。
ゴンタと向こうのゴブリンたちは何か話している。しかし、彼らの言葉は遠く、何を話しているのかは聞き取れない。だが、雰囲気からして、あまりいい感じではない。
それにしても、ゴンタが知っているゴブリンの集団なのか? それとも単に出くわしただけなのか?
そんなことを考えていると、不意に背後で草がざわめく音がした。
「……ん?」
その音に、咄嗟に振り向こうとした瞬間。
ゴンタが話しているゴブリンと目が合った。
少し遅れて、ゴンタが俺の方向を見る。
「ケイスケ!」
ゴンタの慌てた叫び声が響く。
それと同時だった。
「ニンゲン、タオス!」
聞き取れたその言葉が意味することを理解するよりも早く、背後から何かが襲いかかってきた。
反射的に体を捻ろうとするが、間に合わない。
「くっ……!」
強烈な衝撃が頭部に直撃した。
視界が揺れ、倒れ込む俺。
朦朧とする意識の中で最後に見たのは、ゴンタがこちらに駆け寄る姿だった。
そして俺の視界は完全に暗闇に包まれた。
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