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「アーサー、いらっしゃいますか?」


 朝。

 扉を叩いて話しかけるが、返答どころか人の気配もない。

 もうどこかに行ってしまったのだろうか。

 

 暫く待ってみたがやはりなんの気配もないので、リセロットは階段を下り朝食をとりに行くことにした。

 一階では、丁度良い時間だったのか朝食をとっている人が多い。空いている席を探し、カウンターの端の席にリセロットは腰を下ろす。


「あら、昨日は良く眠れた?」


 そこで、宿の女将に話しかけられた。女将は厚切りのベーコンを丁寧に焼きながら、何処となくニヤついた顔でリセロットを見つめている。


「……はい、ぐっすりでした」


 機能を停止してたから嘘ではない。

 それなのに女将はより笑みを深め「そうかい、それは良かったよ」とリセロットを見透かしたようなことを言う。


「……別に、アーサーのことなんてなにも」

「はいはい。ま、今日までの辛抱だよ」


 リセロットの小さな言い訳は軽くあしらわれ、代わりに目の前に朝食が置かれた。

 白い大きなお皿の上には、厚切りのベーコンの上に黄身が固めの目玉焼きが乗っており、隣にはジュワリと溶けたバターが乗ったパンが置いてある。


 言いたい言葉を堪えつつ食べていれば、女将がコーヒーを淹れながらリセロットに話しかけてくる。


「イケメンなお兄さん、そういえば朝早くから町へ出かけていったよ。今日の夕方頃には戻る予定らしいから」

「そうですか。私には関係ありませんけど」


 フォークで切り分け、まだ中が少しだけ半熟の目玉焼きをパンの上に乗せる。

 歯を立てれば、ザフリッとパンの心地良い音が響いた。


「ふーん」


 意味深に笑う女将は、リセロットを置いてきぼりにして終始笑っている。

 チラリとリセロットは女将を盗み見た。

 白髪が混じっているが明るい茶髪で、瞳も美しい紫眼。色彩だけでいうならリセロットとお揃いである彼女。


 しかしその顔に乗った表情は真逆。

 リセロットは誰にもバレないように、パンを食べながら口角をあげようと試みた。


 だけどやっぱり出来なくて。

 結局諦めて、パンを食べることに集中するのだった。


◇◇◇


「何処に行きましょう」


 ご飯を食べ終えたリセロットは、軽く伸びをした。

 白い陽の光が眩しく、目を細めながら今日一日なにをしようかと考える。


 確か大きな図書館があった筈だと思い当たったリセロットは、白いレンガで作られた道を真っ直ぐに歩き始めた。


 時刻は七時半くらいで、外にいる人は、その殆どがなんらかの仕事を始めようとしている人たちだった。

 花屋の娘は、銀色のバケツにたっぷり入った薔薇を店前に出し。

 パン屋の主人は開店を告げるように、プレートを裏返す。

 その隣に位置する、白いお髭を生やしたジャスパーが営む人形屋は、窓から顔を覗かせる人形たちの顔ぶれが変わっていた。


 リセロットの住む家は、森の中にある。森は深く、人のざわめきはなく葉が擦れる音だけがする。

 だからこそリセロットにとって、まだ朝早い時間に人の音がするのは新鮮なモノだった。


「博士は私が起こさないと起きませんしね」


 いつも目をしょぼしょぼさせながら、それでもリセロットの朝ご飯が食べたいからとようやく起きるのだ。

 本当に駄目駄目な博士である。


 あの下手くそな鼻歌を真似して歌いながら歩き続ければ、家々の隙間に真っ白な壁の建物が見えてくる。

 真っ白な壁の中に内包されている書物には、なにが記されているのだろう。

 顔を上にしながら歩き続けるリセロットは、自分の視界より遥か下を歩く生き物には気づかなかった。


「……っ痛ぁ!?」


 ん? なにか打つかった? とリセロットがようやく下を見れば、小さな少年が鼻を押さえながら呻いている。


「石に当たったかと思った!」

「すみません。大丈夫ですか?」


 確かに自分は魔法人形だから、普通の人にとってはさぞ硬かろう。憐憫の情を込めて手を伸ばせば、鼻を赤くした少年が唇を引き結びながら自力で立ち上がる。


「大丈夫、おれ男だもん」

「そうですか。では、そういうことで」


 くるりと回れ右をしたリセロットだったが、ドレスを掴まれもう一度少年を見る。


「ね、ねえ! こんな時間に子供が一人でいるなら、迷子だと思うでしょ普通! おれのこと助けてよっ」


 顔を真っ赤にしながら彼女に縋り付く少年は「おれの鼻を負傷させたんだから、手伝って!」そうぎゅっと眉根を寄せている。


 リセロットは暫く少年を見下ろしてから、長いため息を着いた。

 図書館に行くという目標がガラガラと崩れ去っていくのを感じる。


「良いですよ」

「やった!」


 手をバンザイさせて喜ぶ少年と目線を合わせる為にリセロットはしゃがみ込んだ。


「それで、誰とはぐれてしまったんですか?」

「……父ちゃんと」

「どこではぐれたか、思い出せますか?」

「ううん、思い出せない」

「最後に見たもの、食べたものは?」

「ん〜……」


 なんにも分からないらしい。これは難題だぞ、とリセロットは片眉を上げる。

 本で読んだ知識によると、迷子になった方と探している方、両方が動くとかえって迷子が加速するらしい。

 ここで待つのが賢明な判断だろうか。


「ねえ、姉ちゃん。歩かない? 歩いたら、おれなにか思い出せるかも」


 少年は足で地面をいじいじしながらリセロットの手を掴む。


「いえ、ですが……」

「だって、ここにいても父ちゃん迎えに来ないから」

「……? 良くわかりませんが、そう言うのであれば」


 リセロットは立ち上がり、少年が掴む手に力を込めた。


「私の名はリセロットです」

「おれはレオだよ。よろしく、リセロット姉ちゃん」

「ええ、どうぞよろしく」


 まずは、大通りを歩いてみよう。探すなら人通りが多い所から探すだろうから。


 そうして歩き出したリセロットは、まさか太陽が真上を過ぎてもなんの手がかりも得られないとは思いもしなかった。


◇◇◇


 朝宿を出た時は日はまだ下の方にあったのに、今見れば反対側に日が落ち始めている。

 出店で買ったたまごパンを食べるレオは目を輝かせていて、父親を探そうという気概が感じられない。

 さっきからずっとそうだ。ジャスパーの人形屋に入って人形を物色したり、疲れたとカフェでお茶をしたり、到底父親を探している人間の行動とは思えない。


「リセロット姉ちゃん、どうしたの?」

「いえ。聞きますが、本当にレオの父親とはすれ違わなかったのですよね?」

「うん。……多分」


 リセロットがレオの父の見た目の特徴を聞いても中々教えてくれない為、見つけるのは彼に一任したのだが、この様子だと永遠に見つからない気がする。

 

 自分のたまごパンに口を付けたリセロットは、レオの横顔を見た。

 金が混じったレオの茶髪は、陽の光を浴びれば純粋の金髪であったかのような輝きを帯びている。

 アーサーが頭をよぎった。


 彼は今なにをしているのだろう。

 つい、そんなことを考えてしまった。


 たまごパンを食べ終えたリセロットは、もう一度レオに手を差し出す。


「さ、行きましょうかレオ」

「うん」


 冷たく柔らかいレオの手を握り直し、リセロットはもう一回店を回ることにした。


「心当たりはありませんか」

「えっと、うーん、どうだろう」


 聞いてみれば、途端にレオは目線を泳がせた。

 腰を曲げずい、と顔を近づける。

 レオは叱られた時顔をしょげさせる子供のような表情をした。


「やはり、なにかを隠しているんですよね?」

「……それは」


 ずっとおかしいと思っていた。

 レオは父がいると言いながらも、その姿やいる場所については一切教えてくれない。

 

 レオと出会った時間もそうだ。

 どうして、まだ店が開き始めたばかりの時間に、レオは父親と出かけていたのだろう。


「本当は父親と出かけてなんていなかった、そういうことですか?」


 真っ直ぐにレオの茶色の瞳を見据えれば、レオはきまりが悪そうに顔を俯かせた。


「……うん、正解」

「であれば、レオの父親の居場所は家なのでしょう? 何故帰らないのです」


 ベンチに座れば、レオは手をいじいじしだした。

 むっつりと黙り込んでしまい、話し出す気配はない。


「嫌いなのですか? 父親が」

「っ、好きだよ!」


 バッとレオがリセロットに身を乗り出しながら答える。

 リセロットが目を瞬かせれば、顔を赤くしてからまた俯いた。


「……父ちゃんね、戦争行ってたんだ」


 レオがポツリポツリと話し始める。


「最近、ようやく帰ってきたんだけどね、なに話せば良いのか分からないの」

「なるほど」


 だから彼は迷子に、いや正確には家出をしたのか。


「おれ約束したんだ。帰ってきたらキャッチボールしようって。だけど父ちゃん酷いんだよ。すっかり忘れてたんだ。……それで、家を飛び出したんだ」

「…………」


 そりゃそうだろう。戦争に身をやつしていたならば、心も体もボロボロになり、取り留めのない約束を覚えておくだけの余裕は消えていく。

 そう喉元まで出かかったが、リセロットは余計なことは言わない方が良いと会得していた為口をつぐむ。

 唇を尖らせていたレオは、しかし不意にそれを辞めた。


「どうすれば良いんだろう、おれ」

「さあ、私にはなんとも。――ですが」


 レオの手をとって、そっとその瞳を覗き込んだ。


「帰ってきたということは、またレオたちに会いたかった、と同義でしょう」


 戦争を題材として取り扱った本が、リセロットの住む森の近くにある本屋に置いてあった。


 冷たく暗く、命の灯火が軽々しく消えていく中。

 敵も味方も、そして自分も、願うことは一つだけ。


 帰りたい。

 優しい笑顔を向けてくれるあの大切な人に、もう一度。

 大切な人の側に永遠にいたくて、人を恨まず、自分を正当化せず、ただひたすらに剣を振り続ける。

 命を落とした仲間がいた。その仲間の意思を届ける為に、そっと腕輪を自らの腕にはめ追悼した。

 戦場に転がる敵兵がいた。敵国も自国も変わることのない様式の、死者を労る礼をした。


 皆みんな、出来れば生きて帰りたかった。

 生きてもう一度、命を賭けて守りたいと願った人たちの笑顔を見たかった。


 

 リセロットは一度読んだ文章を忘れない。

 だからその本の文章も良く思い出せる。

 

「『国の為に戦うのでもない、愛する人の為に私たちは戦ったのだ』とある本の一文です。中々イカしてますよね」

「……父ちゃんもそうだったのかな?」

「ええ、きっと」

「父ちゃんにとっておれは、守りたい人だった?」


 リセロットは力強く頷いた。


「はい、間違いなく」

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