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「リセロット、本当にその、やるの?」
「ええ、私を信じてくださいアーサー」
「いや、どちらかというと相手が可哀想で……」
新しい町に着き、ようやくリセロットの思惑を知ったアーサーは、静かに挑戦者たちに合掌した。
◇◇◇
「なんだあの嬢ちゃん!?」
どよっ、と会場がどよめくのをアーサーは観客たちに紛れながら遠い目で見つめていた。
第一ステージはロールパン早食い対決。リセロットはまるで飲み物のようにスルスルとパンを飲み込んでいく。
「おい、一回も噛み切ってないぞ!」
「バケモンか!?」
どちらかというと魔法人形。
ロールパン二刀流をしながら食べ進めるリセロットを、最初「こんなちびっ子に負けるわけないぜ!」と笑っていた筋骨隆々の男が顔を青くしながら見つめていた。
そして十五分後。時間終了を告げる鐘の音が鳴る。
一位は勿論リセロットだった。その数、驚異の七十二個。
会場は小柄な少女が勝ったことにどよめき、拍手喝采となる。
「ふん、最初はこの小ちゃい嬢ちゃんが? と思ったが、あんた凄えよ」
「あの見事な食いっぷり、いっそ清々しかったぜ」
「決勝戦、頑張ってな」
「ありがとうございます。貴方がたも、良い相手でした」
リセロットが挑戦者たちと握手を交わすと、熱い友情が生まれた! と一層会場がどよめく。それをアーサーは一人だけ遠い目で見つめる。
そして一時間後。他の会場で一位を獲った猛者たち五人がリセロットと同じテーブルについた。
ちなみにコロッケ、パスタ、ウインナー、チキン、目玉焼きなどが他のグループのメニューだったらしい。
最終決戦。
机の上にドドンと六つの大きな皿が乗る。
そこには大きな肉の塊、ナポリタン、パンにウインナーを挟んだもの、揚げたてのコロッケ、チキンなどが高く積み上がっていた。
「おい、なんか事前に言われていた量よりも多くないか……?」
「ああ、どういうことだこりゃ」
恐らくリセロット対策だろう。コロッケ早食い対決で優勝した男がニヤニヤとリセロットを見つめている。
アーサーはフッと笑みを漏らした。
リセロットには空腹という概念がない。――つまり、満腹もないのだ。
なにが言いたいかというと、リセロットがこの世で一番可愛いということだ。
「レディ、ゴー!」
明るいお姉さんの声と共に一斉に挑戦者が食べ始めた。
「さあ、始まりました! ルールは至って簡単、早く食べ終わった人が優勝です! ちなみに、もし食べ物を地面に落としたら食べ物への冒涜としてその場で失格、アーンド食べ物をこよなく愛する町の人たちからのリンチとなりま〜す!」
お姉さんの説明と共に観客たちが「そうだぞー!」と合いの手を入れる。
挑戦者たちは我先にと食べだした。ずぞぞとパスタにリセロットは手を伸ばす。フォークで食べていて、口にトマトソースが付いていた。
「そして! 今大会に飛び入りで参加し、一回戦では圧倒的な力を見せつけ勝利を勝ち取ったリセロットちゃん! 彼女にも期待が寄せられます! 美味しいですか?」
声を大きくする魔道具を向けられたリセロットは、ムグムグと食べ物を噛み飲み込んでから口を開いた。
「美味しいです。こんな美味しい料理を用意してくださった方々に、感謝を」
「きゃあ、可愛い。小さくても大男たちに挑んで行く勇敢なリセロットちゃんに拍手を〜!」
「うおお!」と人々は轟く。「俺、あの子に賭けようかな!」等という声も混じり初めアーサーは鼻高々だ。
十五分後。
既に食べ物の山が削れ初めている。
フォークでかき分け一番最初に底に辿り着いた男が、「ぎえええ」と声をあげた。
「目玉焼きが!」
「はい。さっきまで皆さんが召し上がった食べ物、余っても勿体ないのでぜーんぶ使用しているんです!」
お姉さんの説明を聞いた男は、「目が、一つ、二つ、三つ……もう限界だ! うう~ん」と言ってバタリと倒れてしまった。どうやら目玉焼きの早食いで優勝した挑戦者らしい。
「おっと! 早くも一人目の失格者が出た! さあ、一体勝利は誰の手に!?」
他の挑戦者もおののきながらも食べる手は止めない。
その中で余裕の表情を崩さないリセロットが、最後目玉焼きだけとなっていた。
「リセロットちゃん、まさかのもう完食!? すご~い!」
お姉さんに釣られるように皆の目がリセロットへと向く。
だがやはり人に見られていてもリセロットは変わらず、口を動かし続ける。
咀嚼し終えたリセロットが、目玉焼きにフォークを伸ばした。
だが次の瞬間、皿が空を舞う。
「おっとー? 手が滑っちまったぜ、ごめんなぁ?」
「……まあ」
コロッケで優勝した男がリセロットの皿を投げたのだ。
「っ、汚いぞ!」
アーサーが抗議の声を上げ、他の人もブーイングをする。目玉焼きだけが華麗に空を飛んでいる。
コロッケの男は、残りチキンだけだったのか必死に食べ始めた。
喧騒の中、一人静かだったリセロットが、そっと椅子からおりた。
そして、飛んだ。
皆が動きを止めてあんぐりとリセロットを見つめる。
リセロットは飛んだまま、ちゅるりんと空を飛行中の目玉焼きを食べた。
食べ終えたリセロットは、テーブルの上に着地する。
口元をナプキンで拭ってから、ドレスをつまみ会釈した。
「ごちそうさまでした」
ワッ、と割れるような拍手が鳴り響いた。
コロッケの男も、フォークを置いて拍手をしていた。
「す、凄い! リセロットちゃんが、今年の大食いチャンピオンです!」
お姉さんがニコニコ笑いながら、音を大きくする魔道具をリセロットに向ける。
「今のお気持ち、聞かせて貰っても良いかな?」
「そうですね」
リセロットは顎に手を当ててから「あっ」と言った。
「今の、あと二皿くらい食べたいです」
「ば、バケモンだあんた……」
コロッケの男がうめき、そのまま倒れ込む。
観客たちもリセロットの発言に驚愕の声を上げた。
唯一冷静なアーサーだけが、ポツリと呟く。
「そういえば、良く考えたら魔法人形を大会出場させるのって駄目なような……」
リセロット以外の前例が無い為にルールへの記載はないが、これだけ圧倒的な力を持つリセロットは反則だろう。
優勝商品であるケーキを貰うリセロットを見ながら、これ以降大食い大会には参加させないようにしよう、とアーサーはまたもや遠い目をするのであった。