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「俺の名前はアーサーだよ」

「そうですか、アーサー。して、何故私に求愛を?」


 そういえば、鳥は求愛のダンスをするらしいが人間はしないのだな、とリセロットは余計なことを考える。


「え~と、一目惚れ?」


 疑問形? と思いながらリセロットは真っ直ぐにアーサーを見据える。


「私には貴方への好意がありません。ですのでお断りします」

「うぐっ」

「ではこれで」

「まっ、待って!」


 告白がにべもなく断られたアーサーの声には、悲痛ささえ漂っている。


「その、博士の居場所は分かるの?」

「分かります。私は博士が作った魔法人形ですよ? 迷子レーダーを使えば一発です」

「それ、俺も連れて行ってくれないかな? 一緒に過ごせば、リセロットも俺のこと好きになってくれるかもしれないし。……それに、もう一個言わなくちゃいけないこと、ううん、隠していちゃ駄目なことを言わないとだから」


 アーサーの最後らへんの独白をリセロットはまるっと無視する。

 好きになる、というのは理解できないが、確かに騎士がいればなにかと役に立つかもしれない。常人の数倍の力があるといっても、大勢で囲まれたらひとたまりもないのだ。


「ええ、良いですよ」

「やったあ」


 ポヤポヤとアーサーが笑う。その笑顔は、なぜだか博士に似ている気がした。

 そしてふと気づく。彼はリセロットが名乗る前から彼女の名を知っていた。


 一体いつどこで、彼はリセロットの名を知ったのだろう?


◇◇◇


「ヒュー、ヒュー、待って、リセロット……」


 扉に『旅に出ます』という文字を書いた木の看板を下げてから五時間。

 木の枝をつきながら息も絶え絶えな様子のアーサーがリセロットを呼び止めた。


 やっぱ置いていけば良かったな、と思いながらリセロットは振り向く。


「私より荷物が少ないのに、何故もう限界なのです?」

「だって五時間歩きっぱなしだよ!? リセロット歩く速度速いし! 鬼畜! でも好き!」


 確かに、出かけた時アーサーは馬車が出ている方へ向かおうとしていた。「なにしているんです、歩いていくんですよ」と首根っこを掴めば随分と"絶望"という表情を彼が浮かべたことは記憶に新しい。

 木に寄りかかって座ったアーサーが水を飲む。人心地ついたのか、リセロットを見上げた。


「北にいる博士の所まで、そんなに急がなくても一月もあれば十分着くよ。だから、ね? もっとゆっくり行こう?」

「……しょうがないですね。今日はもう宿に泊まりましょう」

「やった! リセロット大好き!」


 端正な顔を綻ばせるアーサーは、やはりどこか博士に似ている。だからついついリセロットも結局は甘くなってしまうのだろう。

 博士がアーサーという青年のフリをしているのではと頬をつねってみれば「いひゃいいひゃい! 裂けひゃう!」と怒られた。


 アーサーが落ち着いた所で、リセロットも下ろしていたトランクを持ち直す。


「では、宿を探しに行きましょう」

「うん」


 足をカクカクさせるアーサーを憐れと思いながら、アーサーが一日で歩ける最大時間を測定し会得したリセロットは明日はもう少し短い距離にしてあげようとちょっぴり反省する。

 夕暮れ。オレンジの光で満ちている。もうすぐ夜が来るからその前に、とリセロットはプルプル震え歩けないアーサーの背中を押すことにした。「おんぶされるのは、男としての矜持が……!」などと言って、リセロットにおんぶされるのを嫌がった為である。

 博士は迷子になって、迷子レーダーを使ったリセロットに見つけて貰った日はたまにおんぶを所望するので、そんなに嫌がるとは想像していなかった。


 人の心とは難しい。

 ため息をつきながらリセロットはアーサーの背を押し続けた。



 宿は早々に見つかり、二部屋取った。隣の部屋から「天国、ここは天国だ……」という声がする。

 博士もだが、幸せを死後の国に例えるのはどうしてなのだろう。気が狂っているとしか思えない。

 リセロットもベッドの上にぽすんと座った。ここの宿はお金を追加で払えば夕ご飯と朝ご飯を用意してくれるらしく、少しだけ胸が高まる。

 足をプラプラさせてから、アーサーを呼びに行こうとリセロットは立ち上がった。


 コンコン、と扉を叩く。


「アーサー、夕ご飯の時間です。行きましょう」

「あ、うん」


 出てきたアーサーは、出かけた時とは違うシャツを身に着けている。


「……着替えたのですか?」

「そうだよ。もう夏の終わりって言っても、五時間も歩けばそれなりに汗が出るからね」

「確かに?」


 皮脂が出ない、汗も出ないリセロットにとっては縁遠い話だ。


「リセロットは着替えないんだ」

「着替える意味がないので」

「なるほど。汚れを知らないリセロット……良いね」


 ズガッとリセロットの稲妻のような足蹴りがアーサーの太ももへと直撃する。

 

「意味は分かりませんが不快でした。不快という感情は既に会得済みです、必要ありません」

「うぐぐ、ごめん、リセロット」


 床にうずくまりうめき声を上げるアーサーを心底冷たい目で見下ろしながら、アーサーはやっぱり博士ではないなと結論づけることにした。


「さ、ご飯を食べに行きましょう。早く立ち上がってください」

「……無理だ。足の疲労とさっきのリセロットの足技で、もう歩けない」

「…………」


 やっぱり置いていくべきだったか。


 未だおんぶを嫌がるアーサーに肩を貸しながら、リセロットは今日のご飯はなんだろうと思考を飛ばした。


◇◇◇


「アーサー、これはなんという食べ物なのでしょう、とっても美味しい」

「それはチリコンカンだね。豚ひき肉、タマネギ、豆などをトマトソースで煮込んだ料理だよ」

「おいひいれふ」

「ハムスターみたいに食べてて可愛いなぁ」


 ほふほふとしながらも食べる手が止まらない。大きくゴロゴロとしたじゃがいもを噛めば、トマトソースが絡んだ優しい味がホクッと口いっぱいに広がる。

 パンと一緒に食べれば、パンの甘みとチリコンカンのしょっぱさがよく合い食べる手が止まらない。


「リセロットって、いっぱい食べるんだね。意外、でも好き」

「食べる手が止まってますよアーサー。私が代わりに食べましょうか?」

「可愛いリセロットからのお願い。……だけど断る!」


 むしゃむしゃと食べだしたアーサーをちょっと残念な気持ちで見てから、リセロットは自分のを食べ始めた。


「そういえば、リセロットはちゃんとお金持ってる? ちなみに僕は今大富豪だよ」

「奇遇ですね、私もです」


 博士が街の人々の魔道具を直した時に貰ったお金。博士はあんまり使わないからたんまりとあるのだ。


「この二年間は、食べ物をそんなに食べませんでしたし」


 ついでに服も新調していない。


 にこやかに食事を続ける二人は、お金の話をした辺りから人に見られていることには全く気づいていなかった。


◇◇◇


 朝ごはんはロールパンとバター、そしてコーンスープだった。


「ずっとここにいたいです」

「こらこらリセロット。先に進まないと」


 昨日とは打って変わって立場が逆転している二人は、朝食をとった後また歩き出すことにした。


「今日はこの町を目指しましょう」

「……食に富んだ町だね」

「気の所為では?」


 しれっとしているリセロットはコーンスープに浸しジュンワリとしたパンを口に含む。


「段々寒い地方へ行くんですね」

「そうだね、冬用の服も調達しないとだね」

「温かい服を着ないと生活出来ないなんて、人間は不自由ですね」


 この少し箱入り娘感漂うリセロットが魔法人形だとバレないように、ちゃんと温かい服は買わせようとアーサーは気を引き締めた。


「じゃ、行こうか」

「ええ」


 今日は淡い桃色のワンピースを纏ったリセロットがトランクを持ち宿の扉をくぐる。


「なんだか賑わっていますね」


 人々に活気があり、どことなく弾んだ雰囲気がある。


「そろそろ花まつりがあるんだよ」

「花まつり……?」

「え、知らないのリセロット」

「はい」


 歩みを止め、アーサーがリセロットに向き直った。リセロットの茶髪にそっと触れる。


「好きな人に花を贈って、髪に花を挿してもらえたら一緒にまつりを回るんだよ」

「美味しい食べ物はありますか?」


 花を贈るの下りをフル無視したリセロットにがっくりと項垂れながら、「あると思うよ」とアーサーは消えそうな声で返した。


「それにしても、さすがに賑わい過ぎだね。進めない」


 身長が小さいリセロットはぎゅうぎゅうと人に押されてしまっている。


「ちょっと危険だけど、裏道から町の外に出ようか」

「はい」


 胸元にトランクを抱えているリセロットを緩く抱きしめながら裏道に入る。表の大通りとは一転、暗くて湿った空気が流れている裏道は、ひんやりとしていた。


「早く行こうか」

「ええ」


 トランクを持ち直してから歩き出す。アーサーの歩みが昨日より速い。それだけ警戒しているのだろう。


 だがそこで、リセロットが止まった。彼女の手を引いていたアーサーの動きも一緒に止まる。

 アーサーが振り返る前に、リセロットが彼に耳打ちした。


「後ろから、誰か来ます。数は三」

「おい、お嬢ちゃんたち。痛い目に遭いたくなかったら、有り金全部置いていきな」


 そこまで言った所で遮られる。予想通り男たちはリセロットたちを狙っていた。

 ふむ、昨日お金の話をしたからだろうか? とこんな状況でありながらのんびりしているリセロットの手を、アーサーが引いた。


「なにしてるのリセロット。早く逃げなきゃ」

「走って逃げれる確率は低いです。彼らの方が、道には詳しそうですから。それならば、気絶させた方が早いかと。アーサー、戦えますよね?」

「ごめんリセロット。言ってなかったけど俺は激弱なんだ」

「…………」


 その剣は? と指をさせば「飾りだよ? 俺振るえないもん」とさも当たり前のように返された。

 はあ、とため息をついてからリセロットは男たちに体を向ける。


「……役立たずを会得しました、感謝します。邪魔にはならないでください」

「うん、分かった」


 こそ、と隅に隠れたアーサーの気配を感じながら、リセロットは体を低くし走り出した。


「金を寄越せ!」

「拒否します」


 ナイフを構える一番前にいる男のナイフを回し蹴りで飛ばし、トランクで頭を殴る。

 

「一人目」


 二人目の男が切りつけてきたのをトランクで受けながら、リセロットは高く飛翔した。トランクを抱えながら体を回し落ちてきて、その反動で威力が高くなった踵落としをお見舞いする。


「グッフ」

「二人目」


 仲間がやられたのかすっかり戦意が削がれてしまった三人目の男が、しっちゃかめっちゃかにナイフを振り回す。

 それを避けながらリセロットは距離を詰め、男の腹にトランクを振りかぶった。


「……三人目」

「強いね、リセロット」

「魔法人形ですから」

「うん、あんまり人前で魔法人形は言わない方がいいよ」

「会得しました」


 裏道をまた歩き出してから、アーサーはチラリとリセロットを盗み見る。


「前にもこういうことあったの?」

「一度だけ。博士が襲われているのを助けたことがあります」

「じゃあ、前髪が短いのはその時……?」

「いえ、博士が切るのを失敗したせいです」


 前髪を長く作り過ぎちゃった、と笑った博士はリセロットの前髪を切った。だが失敗し、現在リセロットの前髪は眉が見えるくらい短いモノとなっている。髪は伸びない為に、一回切ればそのままなのだ。


 暫く歩き続ければ、開けた道に出た。無事に町を出れたのだろう。

 

「さ、次の町へ行きましょうアーサー」

「なんだかリセロット、楽しそうだね?」

「そんなことはないです」


 朝女将さんに「あそこの町で近々大食いを競う大会があるのよぉ」とリセロットが教えられたとは露とも知らないアーサーは、小首を傾げながらもリセロットの背を追いかけることにした。

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