表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

17

「今日は野宿ですね」

「うん。ここら辺が丁度良さそうだね」


 森の中、草が丁度良くふかふかと生えている所で腰を下ろす。

 

「じゃあ、木の枝を集めに行こうかリセロット」

「はい」


 水分の乾いた木の枝を集める。

 集めたそれを、草が生えていない地面の一箇所に積み、小型の着火用魔道具を使い火を付けた。


 火を囲みながら、あの町を出る前に買っておいたパンを頬張る。チーズを乗せ火に近づけ炙れば、とろけて伸びた。


「なんだか、野宿も久しぶりですね」

「そうだね。今回は長く滞在したから。……寒くなってきたな」

「北に向かって進んでいますから。その為の服も買ったでしょう?」


 トランクを指させば、アーサーもチーズパンを食べながら「たしかに」と呟いた。


 それから満天の星を見上げる。


「俺、リセロットに教えてもらったから星の名前分かってきたよ」

「博士が教えてくれたことを、そのまま言っているだけです」


 アーサーは草に寝転び、指で星を追う。

 その隣でリセロットも転がり、冷えた空気を吸いながら冬の訪れを感じていた。

 しっとりと頬に吸い付くような寒さは、少しだけ誰かの体温が欲しくなる。

 

 アーサーの手を繋げば、彼が感極まったように星を見るのを止めた。


「好きだよ、リセロット」

「どうして?」

「え」


 拒否を示すのではなく疑問で返され、アーサーは言葉を失った。


「どうして私が好きなんですか? 話したことだって、会ったことだってないのに」

「え~とね、なんていうのかなあ。言葉には上手く出来ないや」


 星空を映していた瞳が、リセロットの姿を映す。


「リセロットのその瞳が好きだよ。蔑んだ瞳で、君は僕を見なかった。それが、とても嬉しかったんだ」

「良く分かりませんね」

「あはは」


 体を起こしたアーサーは、不意にリセロットに覆い被さった。


「おやすみ、リセロット」


 ちゅ、とリセロットの頬に温かいものが触れ、すぐに離れた。

 頬を手で押さえる。

 アーサーはにっこり笑った。


「リセロットのほっぺは冷たいね」

 

 やけにその淡く色づいた唇に注視してしまう。

 起き上がって上着を着込むアーサーを、体を起こした彼女はまだ額を押さえながら見つめる。


「……根に持ってたんですね」

「あ、分かった?」


 軽く答えられたが、その瞳は笑っていなかった。


 着込み終わったアーサーが、緩く手を振る。


「じゃあね、おやすみリセロット」


 頬にする親愛のキスは、本で憶えた内容だったのだ。

 博士はする前に行ってしまったから一度もしたことはなかった。

 だけど親愛を表すのだから、今しかないと思いレイラにした。


 アーサーの規則的な寝息が聞こえる。

 

 リセロットは膝を抱えながら上を見上げた。

 彼女の夜は、ここから始まる。


◇◇◇


 野宿をする時には、見張り人を作らなければいけない。獣や盗賊に襲われるのを防ぐ為だ。

 リセロットは買って出た。睡眠という概念はあるが、それを彼女は必要としていなかったからだ。

 リセロットにとっては、これ程の適任はいないと自負している。

 

 だがアーサーは、役目をリセロットだけに押し付けることを拒んだ。


「俺も代わり番こでやるよ。女の子だけに任せられないからね」

「そうですか?」

 

 そして一晩アーサーが見張りをした日の朝。

 んー、と起きたリセロットが体を伸ばす。

 彼の方に目を向けると、ぼんやりと空を見ているアーサーがいた。


「アーサー……?」

「あっ、リセロット。おはよう」

「おはようございます」


 それからも時折こんな表情をしていたから、とある日尋ねてみれば言われた。


「なんか、寒くて、毛布に包まって、だけど寒くて、眠れなかったことも思い出した」


 これは駄目だ。なにか深淵を覗いてしまった気がする。

 そう思ったリセロットは説得し、早々にアーサーはお役目御免となった。


 リセロットは星々を見上げる。一日中起きていることは特に苦痛でもなんでもない。

 あの言葉たちが、またひょっこり姿を現すだけだ。


 ――誰か、私を


 普段ならそこまでがグルグルと繰り返されるだけなのに、今日はその言葉の続きが紡がれた。


 ――誰か、私を見つけてください


 息を呑みながらも、リセロットは腑に落ちている自分がいた。


 博士が誰かとリセロットを重ねていることなんて、気づいていた。

 だけど、その誰が似ているかという点については無視していた。

 女将に出会わなければ、誰かとは誰なのか、残りの稼働時間知ろうともしなかった。


「お母さん、か……」


 博士の優しい笑みを思い起こす。


 そして疑問が浮かんだ。

 リセロットは博士に、母親としての姿を求められただろうか。

 命じられれば出来た筈なのに、彼はそれをしなかった。リセロットに勘付かれたくなかったなら、リセロットの自立思考の部位を作らなければ良かった。

 でもそうしなかった。


 リセロットは博士にとって、なんだったのか。


 ――誰か、私を見つけてください


 見つけて貰えれば、この問いにも答えが見つかるのだろうか。


 思考の縁からそっとまぶたを上げたリセロットは、アーサーを盗み見た。

 すやすやと健やかな寝息を立てている。

 髪に指を通すと、サラサラと金髪が流れていく。


 さっき頬にキスされたことを思い出した。

 なんだか胸がざわざわして落ち着かない。


 良く寝ていることを確認した。

 鼻を指先でつついても、僅かに眉を顰めるだけで起きる気配はない。


 身をかがめたリセロットは、アーサーの滑らかな肌に唇を押し当てた。

 すぐに体を離し、空に浮かぶ瞬きを数える。


 博士と昔、一緒にやったのだ。


「……レイラの時と、やっていることは同じですのに」


 首を傾げる。

 今日はいつものように集中できなかった。


◇◇◇


「おはよう、リセロット」

「おはようございます」


 朝目を覚ましたアーサーは、ふわふわと笑いながらリセロットに挨拶をしてきた。


 身を起こしたアーサーは、草の上に膝を抱え座っていたリセロットの隣に来ると、彼女の頬にそっとキスをした。


「おはよう」

「…………」


 なんだろう、この余裕綽々の笑みは。

 怒りを会得済みのリセロットは、腹の底から沸き上がってくる熱を感じた。


「じゃ、行こうかリセロット。ほら服着て」


 もこもこの服を着させられ、厚いマフラーもグルグルと巻かれる。


「よし出来た! いっぱい服着たリセロットも可愛いなあ」


 ニコニコ笑うアーサーの頬を見つめる。


「アーサー」

「うん?」


 リセロットは巻かれたマフラーを指で下げ、唇を出した。

 アーサーの頬にそっとキスをする。

 

 唇を離してマフラーを上げる。

 アーサーは暫く頬に手を当て呆然としていた。


「……リセロットっ」

「さ、行きましょう」


 瞬間、熟れたベリーのように顔を赤くしたアーサーに、満足気に笑いリセロットは歩き出す。


 空には、真っ白な切れ目のない雲が広がっている。

 それは雪の訪れを告げていた。

 

評価等頂けると励みになります

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ