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 ――二度、博士に尋ねたことがあった。


 一度目は、十三歳の少女型の時。

 初めに博士が帰ってこなかった日。

 探すこともせず淡々とご飯を作っていれば、夜がとっぷり更けてから博士が帰ってきた。


「おかえりなさいませ、博士」

「ちょっと、どうして探してくれないのさリセロット! 迷子レーダー付けてるから、僕の居場所分かってたでしょ?」

「どうして、探す意味が? 博士がいた場所は、博士が一人で帰ってこれると判断できる位置です」


 博士はもういい大人なのに、子供のような表情でむくれる。


「だとしても、家にずっといる僕が三時間もどこか行ってたんだよ!?」

「はあ……?」


 必死に説明するが、いまいちピンと来ていない様子のリセロットに、悲しそうに博士は肩を落とした。

 リセロットには、帰ってこれるのに帰ってこないという感覚が分からないのだ。


「うう、次は探しに来てね?」

「………………会得しました。はあ」

「あ、今面倒くさそうにため息ついたね。探してね。絶対だからね」


 コクリと頷けば、博士はようやく満足そうに笑った。

 それを見ながら、リセロットは首を傾げる。


「何故博士は、私に迷子レーダーを付けたのです?」


 博士はその水色の瞳を二、三度パチパチさせた。


「それはもっちろん、僕を見つける為だよ」


 そういうことをリセロットは聞きたい訳ではない。

 何故博士を見つける必要があるのか、それを知りたいのだ。


「――博士」

「次はどこで待とうかなあ。あ、今回はベリーが実っている所で待ってたんだよ。はい、お土産」


 リセロットの手に布で包んだモノを乗せられる。

 解いてみれば、中から赤く熟れたベリーがコロコロと出てきた。

 その一つを博士がつまみ、リセロットの口の中に入れる。

 その行動は、リセロットからの言葉を拒んでいるようだった。


「ほ~ら、甘いだろう?」


 もぐもぐと咀嚼しながら頷けば、博士は満足そうに「さ、今日のご飯はなにかな」と、かき混ぜている途中だった鍋を見に行った。


「わ、僕の大好きなシチュー! さっすがリセロット、僕のこと分かってるう!」

「偶然です。それで、どのくらい食べますか?」

「うーん、ベリーを食べちゃったから、いつもより少なくていいかな」


 「かしこまりました」そう相槌を打ちながら木のスプーンでシチューをすくう。

 リセロットからシチューを受け取った博士がスキップをしながらテーブルに向かう様を、リセロットはじっと見つめていた。


◇◇◇


 二回目は、大粒の雨が降りしきる日だった。

 リセロットは十五歳で、博士が戦争に赴く二ヶ月程前の日のこと。


 博士がいなくなった。

 いつものことだ。だけど雨の日にいなくなるのは初めてだった。その日は朝から降っていたから、雨が降ると思っていなかったとは考えづらい。


 魔法人形は雨に濡れても問題ない。

 リセロットは、博士を探しに行くことにした。


 迷子レーダーが示したのは、ベリーが実る所でも、寝転ぶのが好きだと言っていた野原でもなかった。

 森の入り口だった。

 パシャパシャと、雨でぬかるんだ地面を踏みしめる。


 博士はリセロットと違い弱い。このままでは風邪を引くだろう。その前に迎えに行かなければ。


 ピコーン、と音が鳴る。近くにいるのだ。


 どこ。一体博士はどこ。


 そしてリセロットは見つけた。

 森の入り口で、木の幹に寄りかかって座っている博士を。


「見つけましたよ、博士」


 やまない雨はリセロットを、そして木の葉の間から零れ落ち、博士をも濡らす。

 座り込んだ博士の茶髪も白衣も、ぐっしょりと濡れていて肩は僅かに震えていた。


「……何故わざわざ今日迷子になったのです。いえ、そもそもどうして博士は迷子になるのです」


 手を伸ばせば、顔を俯かせたまま博士がリセロットの手を握る。

 ゆっくり顔を上げた。

 彼は、迷子の顔をしていた。


「迎えに来てほしいから」


 雨で濡れた顔は、泣いていると錯覚させた。


 リセロットはかける言葉を失う。

 どれだけ探っても、良い言葉を選べない。


「……博士。私は迎えに来ましたよ。これで、満足ですか?」


 水色の、水分を多分に含んだ瞳が揺れた。


 瞬間、リセロットは言葉選びを間違えた、と分かってしまった。


 暫くリセロットを見た後に、博士はゆっくり笑う。

 一見すればいつもと同じ笑みだけど、いつもよりずっと静かな笑みだった。


「うん」

「そうですか。では帰りましょう」

「うん」

「今日は博士の好きな、シチューです」

「うん」


 よろよろと立ち上がった博士の手を引く。

 博士はずっとリセロットの目を見ない。


 ただ意味のない言葉を繰り返しながら、時折、森の入り口を見ていた。


 翌日博士は風邪を引いた。

 ミルクパン粥を口に運び、額に乗せるタオルを時折濡らし直しながら、リセロットは淡々とお世話をする。


 その時博士は、顔を真っ赤にしながら、なにかをずっと呻き続けていた。


◇◇◇


「博士はよく迷子になり、それを見つけることを私に求める。ある日その理由を尋ねたら、博士は言ったんです。迎えに来てほしいからと」


 日が沈んだ、夜の大通りを歩く。まだ人で賑わっていて、辺りは明るい。


「迎えに来てほしい……?」

「はい。当時の私には、分かりませんでした。私はマスターである博士に、迎えに来るよう言われていて、それは命令と同義です」


 アーサーは、真っ直ぐに前を見据えるリセロットの話に耳を傾ける。


「であるならば、私が来ることは必然です。それは博士も分かっている筈」


 そこでようやく、リセロットの足が止まった。

 宿に帰ってきたのだ。


 だがリセロットは宿には入らず、そのまま話し続ける。


「なら博士には、迎えに来てほしかった人がいたんでしょう。その人に私を重ねて、いえ、その人がすべきことを果たさせる為に、私は作られた」


 ずっと不思議だった。

 それはリセロットを博士が作った理由。


 ようやくその答えが分かった。

 博士は、リセロットを作ってから迷子レーダーを付けたのではない。

 迷子レーダーを付ける為に、リセロットを作ったのだ。


「では、博士が迎えに来てほしかった人とは、一体誰だったのでしょうか」


 リセロットは思い起こす。初めて笑った日のことを。


「私の笑顔を、博士は『初恋の子に似てる』と称しました」

「え、そうなんだ……?」


 若干引いた様子のアーサーに、静かにリセロットは首を振る。


 『好きな子』というのは、博士がその場で思いついた苦し紛れの嘘だった。

 迎えに来てほしい人とリセロットのは笑顔似ていたから、油断すればその名を言ってしまいそうになったのだろう。

 リセロットに迷子レーダーを付けるような、回りくどい博士は、リセロットがその人物の名を知ることを避けたかった筈だから。

 

「でも多分違います。博士は幼い頃からあの森に住んでいると、いつかの日に聞かされました。そんな博士に、女の子との出会いなどある筈もありません。そもそもが、研究にのめり込んでいるような人でしたし」


 リセロットの抑揚のない言葉に、アーサーがなにかに気づいたように顔を険しくさせた。


幼い頃から(・・・・・)……?」

「はい。幼い頃からいた理由は、聞かされていません。ですが可能性として考えられるのは二つ。一つ目は親が元々あの森に住んでいた。二つ目は――」

「親が、森の前に捨てた?」


 リセロットの言葉をアーサーが引き継ぐ。

 指を二本立てながら、リセロットはコクリと頷いた。


「可能性として高いのは、二つ目。博士はずっと待っていたんです。――親が自分を、迎えに来るその日を」


 けれど来なかった。だからリセロットを作った。

 寂しさを埋める為に。自分を迎えに来てもらう為に。


 リセロットが宿の扉を押した。


「博士の親は、私と似た姿になるよう作られた筈です」


 笑った時に目じりに寄るシワの数。

 話し方の癖。

 どんな風に感情を表すのか。

 博士にかける言葉の数々。


 それら全てを忘れていても、自分を優しく見つめる瞳の色と、自分と同じ髪の色は憶えていた筈だ。


「誰なのか、ずっと分かりませんでした。だけど今日の朝、鏡で私の姿を久しぶりに見て、ようやく重なったんです」


 宿に入れば、テーブルを拭き上げる女将の姿があった。

 リセロットたちの存在に気づくと、紫色の瞳を細め、白髪混じりの茶髪を耳にかける。


「あら、おかえりな――」

「私と似ていたのは、貴女でした。女将さん、いいえ、博士のお母さん」


 彼女の目が見開かれた。

 それから、テーブルを拭いていた布巾を置き、リセロットたちを見つめる。

 いつも元気な女将とはかけ離れた、ぼんやりとした瞳をしていた。


「博、士。何故その名前を……貴女たちは、一体……?」


 リセロットは自分の胸に手を当てた。


「私は、今は亡き博士の作った、魔法人形です」


 リセロットの瞳にはゆらゆらと炎が揺れている。

 彼女は間違いなく今、怒っていた。

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