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 アーサーが目に見えてウキウキしている。


「リセロット、服買いに行こう服! 俺、リセロットはもっとレースの多い服も似合うと思うんだよね」


 花まつりの前日は、そう話すアーサーに連れられることで始まった。


◇◇◇


「まああ! なんって可愛らしい方なんでしょう!」

「最高に可愛いよ、リセロット! 結婚して!」


 リセロットは今、服を売っている所で赤いリボンが付いた白いドレスを着せられ、店員とアーサーのベタ惚れの嵐に晒されていた。


「……色が明るすぎて落ち着かないです」

「あらまあ〜。それでしたら、こちらのパールのようなボタンが可愛いラベンダーのドレスはいかがでしょう?」


 リセロットの不満を聞き、店員が目にも留まらぬ速さで服を取ってくる。

 落ち着いた色味で装飾も少なく、リセロットが普段着ているのと近いドレスでリセロットはふむと悩んだ。


「それもいいけど、たまにはこういうフリフリで可愛いリセロットも見たいなっ」


 ねっ、ねっ。そうグイグイとアーサーが儚い水色のレースが付いたドレスを押し付けてくる。

 昨日からよりアーサーの押しが強くなり、リセロットは少し辟易としながらもアーサーからドレスを受け取った。


「……これ、私に似合うのですか?」


 無表情のリセロットでは、こんな可愛い服は浮いてしまいそうだ。


「うん。すっごく似合うから自信持ってリセロット」

「はい、こういう服もとてもお似合いになると思いますよ」


 元来博士(マスター)には余程のこと以外では逆らわないリセロットは案外押しに弱い。

 口をむっつりと閉じながらも真剣に思案する。

 その様子を見ていたアーサーは、ぱっとリセロットの手から自分が薦めたドレスを取った。


「なにするのです、アーサー」

「リセロットには、自分が着たいと思う服を着てほしいからね。だからこの服はなし。新しいの選んでくる」


 鼻歌を歌いながら、アーサーはまた服を吟味しに行った。


「うふふっ、恋人の特権ってやつですね」

「恋人の特権……?」

「そうですよお。異性の服を選ぶなんて、普通恋仲の男女しかしません」

「いえ、私たち付き合ってないですし好き合ってもないんですが」

「ええ〜?」


 店員の女性は楽しそうに笑う。


 これはまずい。このままではリセロットとアーサーは付き合っているという不名誉な勘違いをされたままになる。

 リセロットは自分でも服を探すことにした。


「あっ、それは今人気の色なんですよ。黄色だけど、深い色合いで綺麗ですよね」


 なんとなく手に取ったドレスは店員によって丁寧に説明される。


「あと今人気なのは、恋人の瞳の色を纏うことですねえ。お貴族様たちでは主流なんですけど、下町ではお貴族様の常識は存在しないので、目新しかったんでしょうね」

「そうなんですね」


 ウロウロと店内を回るリセロットは、店員に相槌を打ちながら一着一着服を見る。

 そして、その内の一着を手に取った。


「――この服、とっても素敵ですね。特にこの大きな白い襟とリボンが」

「それにい、お客様の恋人の瞳の色と同じですね。うふふっ」

「確かに言われて見れば同じですね」


 リセロットが手に取ったのは、モスグリーンでシックだけど裾がフリルになっている可愛いドレスで、白い襟から延びるふんわりとした真白のリボンは大きく存在感がある。


「恋人の方にも、瞳のことお話しましょうかあ?」

「全くもってそんな意図はないのでお断りします。本当に」

「そうですか、残念ですねえ。お喜びになると思いますのに」

「絶対に言わないでください」


 アーサーが聞いたら、絶対面倒なことになる。

 うん、それだけで特別深い意味はないのだ。


「ただいま〜。リセロット、これとかこれとかも可愛いんじゃ……って、あれ? 決まったんだ」

「……はい」


 ドレスを何着か携えながら帰ってきたアーサーは、リセロットの胸に抱かれたドレスに気づいた。


「私に、似合うと思いますか?」

「うん! さすがリセロット、センスも抜群に良いなんて好きだ!」

「そうですか」


 「良かったですねえ」と言う店員に、アーサーが「はい!」と明るく答えている。


 だがリセロットは、店員の視線がこちらを向いていることに気づいた。

 ドレスに顔を埋めるようにして顔を隠すリセロットを、んふふふっと楽しそうに店員は見つめていた。


◇◇◇


「リセロットが好きなドレスが見つかって良かったね」

「はい、そうですね」

「そういえば、当日は宿の女将さんが髪の毛をお洒落にしてくれるらしいから」

「まあ、後でお礼を言いませんと」

「うんうん」


 町を歩きながら、二人はパン屋で買ったパンを頬張る。

 リセロットが食べるメロンパンは、噛む度にホロホロとクッキー生地が崩れて、それを落とさないようにと大きな口で食べ、結果的に口の中が幸せでいっぱいになる。


 日はもう頂点に昇っていて、人通りも多い。

 流れに巻き込まれないよう気をつけていると、背後から誰かが打つかった。

 メロンパンを落とさないように、慌ててパクリと食べたリセロットの前を、黒いローブを被った小柄な人が通り過ぎていく。


「あら、ごめんあそばせ?」


 全く自分が悪いと思っていない、そんな軽やかな声だった。

 人混みの向こうから「お嬢様っ」と必死な声がする。

 一瞬引き留めようと思ったが、そうしている内にローブを被った令嬢の姿はもう見えない。


「……大丈夫なのかな、令嬢が一人歩きなんて。今は花まつり前日で、悪い人も増えているのに」

「ですが、もう私たちにはどうも出来ませんね」

「だね、凄い走るの速かった」


 ウインナーが挟まったパンを咀嚼し終えたアーサーが目を凝らしている。

 だが小柄な令嬢は人に埋もれていて見つかるわけもない。


「今度見かけたら、その時は呼び止めてみましょうか」

「うん」


 特にもう用事もない為帰ろうということになる。


「そういえばアーサー、図書館の司書のお婆ちゃんとさっきの服屋の店員は恐らく家族ですよ」

「えっ、そうなの!?」

「私は見れば、顔の特徴を重ねることが出来ますので。その結果二人は目元が似てました」

「お婆ちゃんとその娘さん、とかかなあ」


◇◇◇


 次の日。

 昨日買った服に着替えたリセロットは、女将に髪を結わえてもらっていた。

 女将の自室には小さなドレッサーがあり、その前に座らされる。


「出来上がるまで目は閉じときなさいね。あっと驚かせてあげるよ」

「分かりました」


 そう言ってドレッサーに座る前から目を瞑ったリセロットは、髪を解かれる感触にソワソワとする。


「それにしても、奥手かと思ったらあんたも結構積極的だね。お兄さんの瞳の色と同じドレスなんて。良く似合ってるじゃないか」

「偶然です」


 即座に否定するが、余計に女将の笑みを深めただけな気がした。


 リセロットがどう否定しようか、と悩んでいる間にも髪は編まれていく。



「――もういいわよ」


 女将の合図と目を開ける。


 久しぶりに見た鏡越しのリセロットは、髪を編み込まれハーフアップになっていた。


「編み込みには緑のリボンも一緒に編み込んでいてね、ちゃんと薔薇も挿してるよ」

「美しい腕前です。ありがとうございます」

「喜んでくれたみたいで良かったわ!」


 鏡に映るリセロットを見るように女将がしゃがんだ。

 

 リセロットは静かに、自分の姿を見る。


「……なるほど」

「お、前からでも薔薇ちゃんと見えたのかい?」

「いいえ」


 リセロットは目を伏せた。


「――ようやく、合点がいっただけです」

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