7、世界ランク1位の実力
「なっ……!」
ダンジョン内に倒れている血だらけの複数の人間。重傷を負いながらも剣を持ち、魔術を放つ人間。後方で左腕を負傷しているロイと大怪我を負ったようで大量出血をしているクラリス、そんな二人を守るために残りの魔力で必死に結界を張る同じく血だらけのフェリクス。
(なにが、起きて……)
まだ倒れている大人もクラリスも息はあるようで、フェリクスも腹部から出血しながらもなんとか息はしている。けれど、このままでは間違いなく死ぬ。
「ハハハハっ! 人間はなんと弱いことか! こんなにも呆気なく倒れてしまうとはな!!」
今も懸命に魔術を放ち、剣を向ける恐らく学園の人間たちは目の前の敵の攻撃に呆気なく倒れてしまう。
シュリエナはその敵を知っていた。モンスターとは大きく異なり、知性を持つ人間の敵。
上級ダンジョンのボスよりもレベルは上で、間違いなくフェリクスたちのメンバーだけでは倒せない相手。
「魔人……っ!」
人間よりも遥かに多くの魔力を持ち、圧倒的な強さの象徴。出会ったら即死レベルのバケモノ。
「う、うう……」
クラリスのうめき声にシュリエナはハッとした。
(ぼうっとしてる場合じゃない。治療しないとっ!)
これがフェリクスたちの危険信号の理由だった。
本来ならば、魔人は人間の住むこの世界とは別次元に生きている。けれど、ごく稀にダンジョンと魔人の生きる世界が繋がり、魔人がこちらに来ることがある。
ダンジョンに頻繁に潜っているシュリエナでもまだ遭遇していない相手だ。しかも、魔人との世界が繋がりやすいのは上級ダンジョン。こんな初心者向けのダンジョンではない。
とにかく、シュリエナはクラリスたちを治療するためにフェリクスに近づく。けれど、気配に気づいたフェリクスは突然現れた外套を被った相手に警戒心を露わにする。
「誰だお前は!」
(あーもう! 何もかもが上手くいかない!)
できれば顔を見られなくなかったのに、そんなことを言っている場合じゃなくなってしまった。シュリエナはフードを外し、フェリクスたちに顔を見せる。
「は、え……なんで、シュリエナが……」
「シュリエナ嬢……なんで……」
「説明はあとよ。結界は私が張るから、フェリクスは魔力を使わないで」
「しかし……」
「それ以上魔力を使ったら命危ないわよ」
シュリエナは問答無用と言わんばかりにフェリクスの上から強固な結界をはる。その強度と素早さにフェリクスとロイは目を見開く。
「クラリスさま、私の声が聞こえますか?」
「……しゅり、え、な……さま……」
「意識はあるみたいね」
フェリクスも腹部を怪我しているが、クラリスはそれ以上だ。内蔵が潰れてしまっている。
「ちっ、やってくれるじゃない」
シュリエナは治癒魔術をかける。全属性の相性がいいシュリエナは光属性とも相性がいい。光属性を用いた治癒魔術により、みるみるうちにクラリスの怪我が癒されていく。
段々とクラリスの顔色が良くなり、瞬く間に傷は癒えた。仕上げに傷ついた服や汚れた肌を元に戻すと、クラリスの治療は終わりだ。
「すごい……」
「これが、シュリエナの力……」
シュリエナの力を目の当たりにしたロイとフェリクスは呆然とつぶやく。
「おやすみ、クラリスさま。……さて、次はフェリクスたちの番よ」
フェリクスたちの方を向いたシュリエナは二人同時に傷を癒す。自分たちの傷がみるみるうちに癒えるのを見て、2人は驚く。
「よし、3人とももう大丈夫ね。私は他に倒れている人たちの治療とあそこにいるクソみたいなバケモノを倒してくるから、この結界の中にいて」
「ま、待って! いくらシュリエナでも、あいつは力の差が違う! 学園の選抜クラスも教員ですら歯が立たなかった!」
「そうだよ、シュリエナ嬢! あれは魔人、モンスターとはレベルが違うんだ!」
必死にシュリエナを引き止めようとする二人を見て、シュリエナは目を丸くした。
「え、死にに行くんじゃないわよ?」
しかし治癒魔術の腕前を見ても、シュリエナの攻撃レベルを知らない二人からすれば犠牲になりに行こうとしてるように見えたらしい。
「フェリクス、ロイさま。私はこの場にいる誰よりも強いの。それはあの魔人も倒せるくらい」
「っ!? そんなわけ……」
「あら、フェリクスは私のことを信じてくれないの? あーあ、悲しいわぁ」
泣き真似をするシュリエナにフェリクスは冗談を言っている場合かと怒る。けれど、シュリエナは呆れたように言った。
「あのねぇ、私がここまでどうやってきたか知ってる? わざわざ転移してきたの。本当は別のダンジョンに潜ってたのにフェリクスたちが危ないと思ったからこっちに来たのに」
「転移って……」
「本当なら私に関係のないことなのに、わざわざこっちに来たのよ!? それもこれも、フェリクスのせい!」
「!!」
突然の叱咤にフェリクスはおろか、隣で聞いていたロイまでも目を丸くする。
「あんたが何度も何度もお茶会しに家に来るから、あんたがいなくなってお茶会ができなくなるのちょっと寂しいって思っちゃったんだから!」
「それって……」
「なんで私がこんなときにこんなこと言わないといけないのよ! ああもう!」
最悪だと思いながらも、シュリエナはビシッとフェリクスを指さして告げた。
「いい? 私に惚れてほしいなら、私の次に強くなりなさい! 私より強くなるのは無理だから。でも、次ならできるでしょ? そしたらフェリクスのことも真剣を考えるから」
「……!!」
「なんでこんなとこで言わなきゃいけないのよ! それと、今から起こること、絶対に誰にも言わないこと。見た感じだと今話いるうちに学園側は全滅したみたいだから、私の姿は見ることができないと思うし」
そう言うと、話を聞いていたロイはコクンと頷いた。
「……わかった。この件は俺が内々で処理する」
「頼みましたよ、ロイさま。それとフェリクス、あんたは次期公爵よ。それなら私を引き止めるんじゃなく、未来の国王と王妃を守るために動きなさい」
シュリエナのその言葉にフェリクスはハッとしたように顔を上げた。そして隣にいるロイと今は眠っているクラリスを見て、頷いた。
「そうだ、俺はロイたちを守らないといけない」
「そう、だからフェリクスはフェリクスのするべきことをしてて。私は私にしかできないことをしてくるから」
そう言い残し、シュリエナは結界の外に出た。
「なんとも弱い! 弱すぎる!! あの方が恐れていた人間など、この場にはいなかった!」
「あーうっさいんだけど? ハエみたいに耳障りな声で話して」
「───!? い、いつの間にここにいたんだ!? 誰にも入ってこられないように結界を張っていたはずだ!」
「ああ、あの結界? ぺらっぺらの薄さで何のためにあるのかと疑問に思ったわよ。おかげで簡単に転移できたわ」
シュリエナは魔人を見下したように笑い、その片手間で倒れている人間たちを一瞬のうちに治療した。その早業に魔人は驚きを露わにする。
そして、すぐに思いついたように叫んだ。
「わかった、わかったぞ! お前か! あの方が言っていた人間は!!」
「あの方ってどの方よ? まさか魔王とか言わないでしょうね? 複数のダンジョンブレイクが起きない限り、魔王がこっちに来れるはずもないんだけど」
「な、なんでそれを……っ」
「えー本当に魔王なの? 適当に言っただけなのに。やっぱり最終攻略目標は魔王討伐ってことかぁ」
ふむふむ、とひとり納得しているシュリエナに魔人は言い募る。
「魔王討伐だとぉ? なにをふざけたことを言っている! あの方は最強だ! 人間界も支配して、本当に支配者に────ぐふっ!」
「ごめんごめん。話に飽きちゃった。で? 誰が最強って?」
シュリエナのハンマーが直撃した魔人は壁に激突する。しかしモンスターよりもはるかに強い魔人はこの程度では倒せない。
「っ、なにをする!!」
「えー、だって最強とかなんとか、ふざけたこと言ってたから、つい」
「あの方は魔族の王なのだ! 人間界すらも支配して、本当の王になられるのだ!!」
「───あんたの魔王さ」
シュリエナは巨大は火球を生み出すと、笑顔でそれを放ち、魔人に言った。
「ゲームではもう何度も私に殺されるわよ?」
火球が直撃し、あたりが爆風により吹き飛ぶ。倒れていた人間はフェリクスたちがいる結界のなかに放り投げているため大丈夫だろう。
爆風がやみ、視界がクリアになる。けれど、やはりシュリエナの予想通り、魔人は傷を負いながらもその場にいた。
「やっぱり魔人とか魔族は魔術による攻撃耐性が高い。まあ物理攻撃もなんだけど」
ならどうやって倒すのか。簡単だ。
「量で押し切るのみ!!」
そこからはシュリエナの独壇場だった。結界の外からそれを見ていたフェリクスとロイは魔人とシュリエナの戦いに目が離せなかった。
「あははっ! ほらほらほら! 魔人を倒すとレベルが一気に上がるのよ! 私のために、粉微塵になりなさい!!」
一方的なシュリエナの攻撃。魔術やハンマー、剣など多種多様な攻撃に魔人は捌ききれずに傷を負っていく。
いくら回復能力の高い魔人でもシュリエナの一発一発の攻撃はダメージが大きい上に途切れることがない。勝負の行方など分かりきっていたことだった。
「もうおしまい?」
笑みを浮かべながらハンマーを持ち上げるシュリエナに最終的には魔人はすっかり怯えていた。そして逃げようともがく魔人に対してシュリエナは容赦などなく、思い切りハンマーを叩き下ろした。
「ぐはっ……!」
魔人の呻き声と魔人の魔核が壊れる音がした。そして魔人は核を失い、霧となって消えてしまった。
「呆気ない」
消えていく魔人を冷めた目で見るシュリエナの瞳はどこまでも冷えきっていた。フェリクスたちからは見えない位置なのは幸いだったかもしれない。




