5、お茶会
* * *
いつものようにダンジョンでモンスターを狩る毎日を送っているが、少しだけ変わったことがある。
それは────
「お嬢様、ハルスウェル公爵家のご子息がお越しになりました。応接室でお待ちになっております」
「……わかりました。いま向かいます」
第一に、住まいが変わったことだ。離れから本館へと移動になったのだ。
おかげで人の出入りが激しく、ダンジョンに行くのが少し面倒になってしまった。
第二に、あのパーティー以降、シュリエナには再度家庭教師がつき、貴族の礼儀作法や魔術などを教えられることになった。今までは最低限の教育が身についたら家庭教師は外され、離れに追いやられていたのにえらい違いだ。
そして第三に。
「やあ、シュリエナ。今日もかわいいね」
「……お越しいただきありがとうございます、ハルスウェル公子さま」
「嫌だなぁ、フェリクスでいいよ」
今応接室でお茶を飲んでいるフェリクスと婚約したことだ。
四阿での出来事のあと、シュリエナが油断している隙にフェリクスはシュリエナの手を引いて会場へと戻り、すぐさま父親であるハルスウェル公爵にシュリエナと婚約したいと告げたのだ。
そのせいで会場は混乱に陥り、フェリクスと婚約を狙っていた令嬢や貴族からは阿鼻叫喚の声が聞こえてきた。
そしてシュリエナが何かを言う前にベルンシュタイン侯爵も話を聞き付け、あっという間にその場でシュリエナとフェリクスの婚約は決まってしまったのだ。あまりに突然のことでシュリエナには口を挟む機会すら与えられなかった。
そのせいでシュリエナの住まいは変わり、家庭教師も再度付けられる羽目になったのだ。
「そんなに見つめないでよ。恥ずかしいじゃないか」
「睨んでんの。どうなったら見つめている視線になるわけ?」
「違うのか。それは残念だよ」
優雅に紅茶を口にするフェリクスは絵画から出てきたように整った外見をしていると、つくづく思う。けれど、絶対にそんなこと、口にはしない。
「それで、シュリエナは何をしていたんだい? 家庭教師から逃げ回っていると聞いているけど。またお忍びで遊びに行ってたの?」
「ふん、あんな簡単な授業になんて出る必要もないわよ。だからフェリクスが言ったように、ちょっと遊びに行ってたの」
「ふうん、まあどこに遊びに行っていたのかは、あえて聞かないけど。危険なことはあまりしないでよ。心配だから」
フェリクスはシュリエナがどこに行っているのか、大凡の検討はついているのかもしれない。それでも、シュリエナの行動を制限することなく自由にさせてくれて、こうして心配してくれる。
フェリクスのこういうところが、シュリエナが毎回律儀にお茶会に参加して、婚約をまだ続けてもいいと思えるところなのかもしれない。
「そういえば、オルディール公爵令嬢からお茶会の招待状が届いたけど、フェリクスのほうにも送ったようね」
「ああ、あれか。ロイとクラリス嬢、俺とシュリエナの4人みたいだね。クラリス嬢がシュリエナに会うのを楽しみにしているとロイから聞いた」
この国の王子ロイとフェリクスは友人だ。小さなころからお互いの家を行き来していると聞いている。
「何かした覚えはないけどね」
「あのときのシュリエナの姿に惚れたとか言ってたよ」
「たしかに言われた気もする」
用意されたお菓子を口にし、シュリエナは頬を緩める。やはり甘いものは正義だ。モンスター狩りとは違う安らぎを得られる。
「俺もあの姿に惚れたからね。シュリエナは俺に惚れてくれた?」
「あら、いつの間に私より強くなってたの? 知らなかったわ。確かめてあげるから外に出てみる?」
「はあ、いつになったら惚れてくれるの? もう一ヶ月は経ったはずだけど」
「まだ一ヶ月しか経ってねえよ」
ポンポンと繰り広げられる会話は案外気が休まる。いつの間にか、シュリエナはフェリクスとのこのお茶会を楽しみにしてしまっているのかもしれない。
「まあいいや。ロイたちとのお茶会のときはエスコートするから先に王宮に行かないでよ」
「分かってる。ちゃんと待ってるから」
そんな会話をして、お茶会が終わると、シュリエナはフェリクスを見送る。そして時計を見て、まだ時間があるとわかると、部屋に誰も来ないように伝え、ダンジョンへと潜った。
* * *
クラリスたちとのお茶会の日、シュリエナはベルンシュタイン侯爵に用意してもらったドレスに着替え、フェリクスを待っていた。
(そろそろ時間ね)
時計を見るとフェリクスが来る時間を示していた。そしてその時間ぴったりにフェリクスはやってきた。
「お嬢様、ハルスウェル公爵家のご子息がお越しくださいました」
「いま行きます」
部屋を出て、フェリクスが待つ1階へと降りる。相変わらずのイケメンだと思っていると、シュリエナを見たフェリクスは柔らかい笑顔を見せた。
「今日は一段と可愛いよ、シュリエナ」
「ありがとう。フェリクスも似合ってる」
「! 君から言われたのは初めてだ。嬉しいよ」
フェリクスにエスコートされ、シュリエナは馬車に乗り、王宮へと向かう。その間もフェリクスと会話を続け、王子の誕生日パーティーに来た時よりも早く王宮に着いたと思った。
馬車から降りて門番に招待状を見せると、待っていた侍女に案内される。あのときは暗く、周りはよく見えなかったが、明るい王宮の庭園も綺麗だ。
「こちらで殿下たちはお待ちです」
着いた先は温室で、防音の結界が張られているようだ。秘密の話をするわけでもないのにと思うが、念には念をということかもしれない。
温室に入ると、ロイとクラリスの話し声が聞こえてきた。話している内容は勉強や政治など、頭の固い話ばかりだ。
(12歳のする話か? もっと楽しい話をしたらいいのに)
自分が問われたらレベル上げやダンジョンの話しかしないくせに、シュリエナは自分を棚に上げる。
「遅くなりました、殿下、クラリス嬢」
「遅れて申し訳ございません。招待していただき、ありがとうございます」
フェリクスとシュリエナは二人に挨拶をすると、二人の向かいの席に座る。甘いお菓子たちがたくさんあり、人知れず目を輝かせる。
「同じ歳だから敬語はいらないよ。パーティー以来だね、ベルンシュタイン侯爵令嬢。シュリエナ嬢と呼んでもいいかな。俺のことはロイと呼んでくれ」
「わかりました、ロイさま」
「シュリエナ嬢も知っていると思うけど、オルディール公爵令嬢のクラリスだ」
ロイに紹介され、クラリスはシュリエナに自己紹介をする。
「久しぶりです、ベルンシュタイン侯爵令嬢。私もシュリエナさまと呼んでもいいですか? 私のことはクラリスと呼んでください」
「分かりました、クラリスさま」
「こうしてシュリエナさまとお茶会するのを楽しみにしていました。今日は楽しんでいってください」
そう言われ、シュリエナはクラリスが淹れた紅茶や用意されたお菓子を食べる。甘いもの好きなシュリエナからすると、どれも絶品でいくらでも食べられそうだ。
クラリスたちとの会話は思いのほか弾み、さっきまでの堅苦しい会話などなかったかのように楽しい会話をしている。
「シュリエナ嬢はフェリクスさまと婚約されたんですよね? フェリクスさまがシュリエナさまに一目惚れされたと聞いたんですが、本当ですか?」