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3、殴って記憶を消したい



シュリエナが纏うのは、夜明けの空を映したかのような淡い青と白のドレス。柔らかな生地には、水彩画のような青い花々がそっと散りばめられ、まるで風に舞う花びらのように優雅に揺れる。


ドレスの裾は幾重にも重なったフリルが波打ち、歩くたびにふんわりと広がる。リボンが随所に結ばれ、控えめながらも愛らしさを添えている。


肩を飾るフリルが華奢な輪郭を引き立て、まるで絵画の中から抜け出してきたかのような幻想的な美しさを醸し出していた。


足元には、同じく青のリボンがあしらわれた繊細な靴。静かに響く足音は、まるで朝露が葉を伝う音のように儚く、そして優しかった。


シュリエナは様々な視線を浴びるが、動じることなく笑みを浮かべ、一礼した。


「はじめまして、王子殿下、オルディール公爵令嬢。シュリエナ・ベルンシュタインと申します。以後、お見知り置きください」


その姿に誰もが見惚れるなか、シュリエナだけが内心してやったりとドヤ顔をしていた。


(こちとら世界ランク1位の無名さまぞ? 礼の仕方なんて熟知してるに決まってる。なんならその辺の貴族よりも貴族らしく行動できるわ)


侯爵は落ちこぼれで貴族の挨拶もままならないと思っていたようだが、甘い。シュリエナの中身は無名だ。礼なんて簡単にこなしてみせる。


「ベルンシュタイン令嬢、すごい綺麗な礼をするんですね! 思わず見惚れてしまいました」

「ありがとうございます、オルディール公爵令嬢」

「今度招待状を送るので、ぜひ私のお茶会に来てください」

「嬉しいです。お待ちしていますね」


クラリスはシュリエナの手を掴むと、目をきらきらとさせて言う。その姿は年相応で、シュリエナは可愛いと思う。


王子も驚いていたようだが、クラリスが生き生きと話しているのを見て、楽しそうにそれを眺めていた。


侯爵たちもシュリエナの行動には驚いたようだが、むしろ王子やクラリスと仲が良くなりそうで、挨拶が終わって離れるとシュリエナに告げた。


「よくやった。落ちこぼれにしてはよくできていた。オルディール公爵令嬢からお茶会の招待状が来たら必ず行きなさい。そのときはまたドレスを用意する」

「わかりました」


礼をしたシュリエナに侯爵は頷く。


「これから挨拶回りをしてくる。シュリエナ、お前は余計なことはせず、笑っていろ。どうやら本当にそれだけで価値があるようだからな」


そう言うと侯爵はその場を離れ、侯爵夫人もそそくさとその場を離れた。兄のウィリアムだけはなぜかシュリエナの隣にまだいた。


どうしたのかと顔を上げると、感情の読めない顔でシュリエナの頭に手を置いた。


「さっきの挨拶、よかった。それとドレス似合っている」

「え……」


それだけ言うと、ウィリアムも友人に会うためにその場を離れていった。残されたシュリエナはウィリアムの行動に首を傾げるだけだった。


(なんだったんだろう、あれ)


兄の行動が理解できないまま、シュリエナは近くのフードエリアまで移動し、皿にケーキを乗せていく。こういうときは甘いものに限ると、シュリエナは一つだけでなく、二つ三つと乗せる。


満足気に頷いたシュリエナは壁の方へと向かい、ケーキを頬張る。甘いクリームが染み渡る。


(おいしい……っ! 甘いのにくどくないからいくらでも食べられそう)


このケーキを食べている間だけならダンジョンに潜りたい欲も少しは収まる。


(それにしても……)


あーむ、とケーキを食べながらシュリエナは先程から寄せられている視線に若干苦笑いしてしまう。シュリエナに送られている視線は貴族子息がほとんどだ。なかには令嬢もいるが、子息の方が多いだろう。


(まあ、モブキャラといってもシュリエナは目を引く容姿をしているからね)


自画自賛してしまうレベルで今のシュリエナは目立つと思っている。そんなシュリエナに声をかけたい子息は多いはずだ。


当のシュリエナは興味がなさそうに視線を合わせずにケーキを食べているわけだが。


(でも生憎と自分よりもレベルの低い相手にはときめかないって言うか、庇護対象って感じで見ちゃうんだよね)


その辺のダンジョンボスではシュリエナの遊び相手にもならないくらい、シュリエナのレベルは高い。なんならここにいる誰よりも高いだろう。


(まあ、このゲームのなかで唯一気に入っていたキャラがいるとすれば彼かも)


攻略キャラのなかで一番のスペックを誇り、彼を攻略キャラとして選択すると恐るべきスピードで成長していく。


(無名のときに彼を選択して、私のレベル上げについてこようとするなんてって思って気に入ったんだよね)


王子を攻略キャラとして選べば、彼は一歩引いた感じでソコソコのレベル上げで終わるが、彼を攻略キャラに選ぶと国でもトップクラスの実力者として成長するのだ。


(見た目も結構好みだったことも影響しているのかもしれないけど)


あのサラサラとした触り心地の良さそうな漆黒の髪に月のような黄金の瞳を持った彼。割と黒髪キャラが好きな無名だったので、惹かれたのは当然だったのかもしれない。


(声もよかった。このゲームのキャラは皆声合ってるけど、彼はその中でもよかった)

「失礼します、ベルンシュタイン侯爵令嬢」

(そうそうこんな声で────)

「今お時間よろしいですか?」

(ん……?)


すごく聞きなれた声がしたと思った。それもこのゲームで無名が唯一気に入っていたキャラの声が。


(いやいやいや、まさか……ね)


シュリエナはケーキの皿から視線を上げた。


「!!」


するとそこには、無名時代のお気に入りキャラ、ハルスウェル公爵家子息フェリクスがいた。


普通に考えて王子の誕生日パーティーにハルスウェル公爵家が招待されているのは当然のことだ。そしてフェリクスが来ることも。


けれどこれだけ広く、これだけの招待客がいるなかで会うこともなければ、話しかけられることもないと思っていたシュリエナからすると青天の霹靂だった。


「ベルンシュタイン侯爵令嬢?」

「あ、いえ失礼いたしました。どうかしましたか? ハルスウェル公爵子息さま」

「話があります。ここは少し騒がしいので、場所を移しませんか?」


フェリクスはちらりと周りを見る。シュリエナも見てみると、こちらの様子を伺う他の子息たちが目に入った。


(面倒な騒ぎになる前にフェリクスの言う通り、離れた方が良さそうね)


シュリエナはフェリクスの言葉に頷き、近くの扉から庭園へと出た。まだケーキ食べていたかったが仕方がない。


フェリクスの後について行き、会場から離れるとそこには四阿があった。こじんまりとした四阿だが、月明かりに照らされた庭園を一望できるいい場所だ。


無言で四阿に向かうフェリクスに続き、シュリエナは四阿へ踏み入れる。こんなところまで来て何を話すのかと若干身構えているシュリエナにフェリクスはゆっくりと口を開いた。


「俺は、少しだけ人とは違うものを見ることができます」

「……?」

「ああ、別に精神障害を抱えているわけではありません」


意味不明なフェリクスの言葉にシュリエナは首を傾げそうになる。しかし、雲で隠れていた月が姿を現し、フェリクスの瞳を輝かせると、シュリエナは目を大きく見開いた。


(ちょっと待って、フェリクスのその瞳って……)


ゲームでも珍しいということで話題になっていたし、フェリクスを攻略キャラとして選択して、攻略が進まないと決して教えてくれないフェリクスの秘密。


全てのダンジョンを攻略する前まではその力は大いに役に立ったものだ。


(うわ、ヤバいヤバい!)


シュリエナは俯いてその瞳から逃げようとする。無敵なシュリエナでもさすがにこれはヤバイと感じる。


「ねえ、ベルンシュタイン侯爵令嬢」


逃げないようにシュリエナの腕を掴んだフェリクスはその瞳でシュリエナを射抜いた。シュリエナからすれば力の弱いそれを振り払うことなど容易いが、今はそれは逆効果でしかないため、振り払うことができなかった。


「───きみは、本当に人間なの?」

(最悪だ……)


フェリクスの持つその瞳には相手の能力を見破る力がある。相手の正確なレベルが見えるわけではないが、大凡のレベルを把握することができるその瞳は鑑定に近いものだ。


レベルが上の相手でも分かるその瞳はとても便利なものだろう。しかしシュリエナからすれば厄介なものこの上ない。


「色んな令息たちがどこかの令嬢に視線を送っているから気になって目で追ってみたわけだけど、君を見て見てその理由はすぐに分かった。社交界の妖精と呼ばれていた侯爵夫人のような可憐な少女がそこにいたんだから」

「ま、まあ……」

「でも、俺は君を見てそれよりも驚いた。この瞳で見た君の力は同年代よりもわずかに低い。失礼だけど、風の噂で聞いたベルンシュタイン侯爵家の落ちこぼれと呼ばれる理由がわかったと思った。けれど、違った」


一発ぶん殴って記憶でも飛んでくれないかと本気で思うシュリエナにフェリクスはさらに続けた。


「君の力は低いように見せかけていただけだった。俺も君の本当の力は分からない。でも、ただの侯爵令嬢がこの場の誰よりも強い力を持っていて、それを落ちこぼれと呼ばれるだけのレベルにわざと落としていることを知って、俺は君が本当に人間なのかと疑問に思ってしまったんだ」

「…………」


それを聞いて、シュリエナはため息をついた。



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