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2、パーティー



こんなやつ相手に『お父様』なんて呼びたくもないが、シュリエナがそう呼んでいたのだから仕方がない。今はシュリエナであるため、それに倣い、侯爵を呼んでみる。


しかし侯爵はシュリエナを見ると憎々しいように顔を歪め、吐き捨てた。


「はっ、久しぶりを顔を見たが相変わらずだな、シュリエナ。兄のように才能があればこんな所に住むこともなかっただろうに。記憶力は良かったみたいだが、我がベルンシュタイン侯爵家に落ちこぼれなど必要ないのだ」


いきなり来てなんなのかとこちらが顔を歪めなくなる。必死に表情筋を固定し、シュリエナは申し訳なさそうに頭を下げる。


「ごめん、なさい。お父様……」

「ふん。……まあその銀髪と碧眼はベルンシュタイン侯爵家の人間として示すのに十分な価値がある。良かったな、その色に生まれて」


話も見えず、一発ぶん殴ってやろうかと思い始める。力の入った右手を左手で押さえ、シュリエナは怯えた表情を見せる。


「まあいい。それよりも一週間後、王子殿下の誕生を祝うパーティーに出席する。もちろんお前もだ、シュリエナ」

「───え……」

「本当なら、落ちこぼれなど出席させたくもないが、ベルンシュタイン侯爵家として招待されている。お前も連れていくしかない」


そこまで言われ、シュリエナは内心顔を歪めた。


王家からの招待状にベルンシュタイン侯爵家と書かれていたのならば、いくら侯爵がシュリエナを連れていきたくなくとも、侯爵家として名を連ねているシュリエナを連れていかなければ反逆罪と見なされることもある。


シュリエナとしては反逆罪になろうともお金なんてダンジョンで稼いでいけるため、生活には心配ないが、反逆罪となり追われる身になれば行動に制限がかかる。


(レベル上げに支障が出てくるかもしれないし、大人しく参加した方がよさそうね)


ため息をこらえ、シュリエナは侯爵の言葉に頷いた。


「……わかりました」

「ドレスはこちらが用意する。使いを寄越すから一週間後は本館に来い」


それだけを言うと、侯爵は扉を開けて出ていった。気配が完全になくなると、シュリエナははぁーと大きく息をこぼす。


「あーもう! ダンジョンに行こうと思っていたのに予定が狂ったじゃない。いきなり来て殴りたくなるようなことしか言わないし」


シュリエナの中身が無名だから他人事のように思えるが、これがシュリエナ自身であれば自信を失い、影の薄い存在となってしまうのも頷ける。


「低レベルのくせに私に文句言うなんてなに様のつもり? そういうのは私よりもレベルが上になってから言えっての」


パチンと指を鳴らし、机にあった本を片付け、代わりにオレンジジュースを出す。甘酸っぱいジュースで少しだけ気分が落ち着く。


窓を開けて外を空気を吸い、青い空を見上げると、にやりと笑った。


「めんどくさいけど、参加するなら恥だけはかきたくないからね」


シュリエナはダンジョンに潜りつつ、一週間後のパーティーに向けて準備を進めた。



* * *



一週間後、シュリエナは使用人に呼ばれて本館へと向かった。誰も彼もシュリエナを見る目は良くない。


(ま、痛くも痒くもないけど)


視線を受けつつ、シュリエナは用意されたお風呂に入り、汚れを落とす。誰かに入れてもらうお風呂は久しぶりで気持ちよくなる。


お風呂から上がり、保湿をされ、髪を乾かしてもらう。感情など何一つ乗っていない行動だが、シュリエナとしても嫌々されるより感情がない方がありがたい。


髪を乾かし終わると、侯爵が用意したドレスへと着替える。


(ふうん、まあまあね)


落ちこぼれだとしてもベルンシュタイン侯爵家の人間のひとりとしてパーティーに行くため、下手な格好で参加させられないという侯爵の考えからドレスは流行りを押えつつ、シュリエナに似合うものを用意されていた。


装飾品も身につけ、長い銀髪は緩めの三つ編みハーフアップにされる。ドレスとともに用意された靴を履き、鏡でおかしな所がないか確認する。


するとタイミングよく扉がノックされ、使用人がやってきた。


「馬車の用意ができました。1階までお越しください」

「わかりました」


使用人の後に続き、シュリエナは部屋を出て長い回廊を歩く。階段を降りると、すでにシュリエナ以外は来ていたようだ。


「遅くなり、申し訳ございません」


侯爵たちに一応謝罪してみるが、シュリエナには見向きもせず、外に出ていく。分かっていたことのため、シュリエナは呆れたように息を吐き、後に続いて馬車へと乗った。


馬車の中は静かで誰も何も話さない。シュリエナは気づかれない程度に視線を動かし、侯爵たちを観察した。


シュリエナの隣に座るのはベルンシュタイン侯爵家の侯爵夫人ベリンダ。かつて社交界の妖精と呼ばれ、絶世の美女と名高い金髪に緑眼の美女。たしかにシュリエナは色以外の多くを彼女の容姿から受け継いでいるようだ。


表情には出ていないが、侯爵を見る瞳には僅かに怯えが見える。


(娘に興味がない、というよりも侯爵を恐れて私の存在をなかったことにしているタイプね)


次に目の前に座る兄ウィリアムはシュリエナと同じ銀髪碧眼の美少年。シュリエナの二つ上で王子たちよりも年上だ。魔術の才能があるようで、学園では有名らしい。


そして兄の隣に座るベルンシュタイン侯爵家の侯爵エルノーはウィリアムとシュリエナと同じ銀髪碧眼の持ち主。クソみたいな性格をしているが、優秀なようで国王や公爵家からは信頼の厚い人間のようだ。


(まあ、いくら優秀でも性格が終わってる時点でクソよ)


つまらないこの空気感に飽きてシュリエナは窓の外を見る。すっかりと暗くなった空には無数の星が見えるが、王城に近づくにつれ、その光は薄くなっていく。


(ああ〜レベル上げしたい……)


悲しい気持ちになりながら、シュリエナは会場である王宮へと着いた。


王宮には多くの貴族や騎士がいるが、どいつもこいつもレベルが低い。つまらなそうにシュリエナは馬車を降りる。


すると侯爵からこんなことを言われた。


「いいか、お前は何もせず、黙って後ろに控えていればいい。王子殿下の挨拶の時もにこりと笑っていれば、お前の役割はそれで終わりだ」

「分かりました」


どうせろくに挨拶もできない落ちこぼれなんだから、という副声音まで聞こえてくる。舌打ちしたくなるのをこらえて、シュリエナは一番最後に続いた。


会場に入ると、すでに何人もの招待された貴族たちが来ており、ベルンシュタイン侯爵家が入場しても数人が振り向いただけで、こちらには気づいていないようだ。


シュリエナは黙って侯爵たちの後に続く。極力影を薄くするために気配を薄める。


そうしていると侯爵が誰かに話しかけられたようで、その場で立ち止まる。相手は伯爵のようだが、いま事業が軌道に乗っていると噂の人物で、侯爵は人の好きそうな笑顔で話をする。


どうやら稼いだ金で鉱山を買ったようだが、シュリエナは鼻で笑いそうになった。


(あーあ、どうせこの伯爵の買った鉱山、ガラクタしか出てこないのに)


ダイヤモンドが発掘されるということで買った鉱山のようだが、ダイヤモンドどころか金すらも出てこない。ガラクタしか出てこない鉱山なのだ。


侯爵は伯爵に投資しようと考えているようだが、大損して終わりだ。まあ教えてあげるつもりなどないし、大損といってもベルンシュタイン侯爵家の財力で考えれば大きな損害でもない。


そう思っていると、王族が入場してきたようで一気に会場は静かになる。


(あ、そういえばこのパーティーか)


今日の主役である王子の隣には紫色の髪をしたややつり目の美少女がいた。シュリエナの記憶が正しければ、彼女は悪役令嬢のはずだ。


王子は彼女と共に前に出ると、来ていた貴族たちに告げる。


「今日は私の誕生日パーティーに来ていただき、大変うれしく思います。この国の王子としての責務を果たし、父上のような偉大なる王としてこの国を導けるように尽力します。それに伴い、このパーティーを通して、私の婚約者を皆さんに紹介したいと思います」


王子は少女と目を合わせると、彼女は見事な一礼を披露してみせる。


「ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、彼女はクラリス・オルディール公爵令嬢です」

「殿下からご紹介に預かりました。クラリス・オルディールと申します。殿下を支え、この国に役立つ一人として成長できるよう、頑張りたいと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします」


二人の挨拶に会場の貴族たちは拍手喝采を送る。近くで見守っていた国王たちも嬉しそうだ。


(まだ分からないけど、この調子なら友情エンドで一番ハッピーな終わり方かも)


シュリエナは拍手を送りつつそんなことを考える。


『ベルナイト王国の秘宝』は複数の終わり方があり、もちろん無名は網羅しているが、その中の一つとして友情エンドというものがある。


ヒロインは誰ともくっつかず、熱い友情止まりのエンド。この終わり方だと王子と悪役令嬢は婚約破棄という最後にならず、お互いがお互いを支え、尊重し合う婚約者として終わるというものだ。


これにはヒロインや悪役令嬢、王子たちの一つ一つの行動が大切になってくるのだが、なによりも大事なのは幼少期だ。ここはほぼ運だが、悪役令嬢であるクラリスが将来の国母としての性質を備えていれば友情エンドに繋がりやすいのだ。


無名のときはクラリスの幼少期がイマイチで、なかなか友情エンドに終わることができなかったのだが、見た感じだとハッピーな終わり方の友情エンドに向かいそうでちょっと安心した。


(どの終わり方になってもいいけど、どうせなら皆ハッピーのほうがいいからね)


シュリエナは一人で頷いていると、侯爵たちが動き出したのを感じ、そのあとをついていく。向かう先は今日の主役である王子のもとだ。


公爵家から順に挨拶をしていくが、ベルンシュタイン侯爵家は全体で見ても上位。すぐに順番がやってきた。


「お越しいただきありがとうございます、侯爵」

「いえいえ、殿下の誕生を祝うパーティーに来るのは家臣として当然のこと。オルディール公爵令嬢との婚約も大変喜ばしく感じております」

「ありがとうございます。オルディール公爵令嬢はとても勉強熱心で、私も頑張ろうと思える相手です」

「それはそれは。オルディール公爵令嬢は素晴らしい令嬢のようですね」


一瞬だけシュリエナを見てきた気がして、シュリエナは感情のままに殴りたくなる。


(落ちこぼれとは大違いだとでも思ってんの? 言っとくけど、いまのシュリエナだったらあんたなんてワンパンだから。ワンパン)


心の中でぶん殴っていると、王子はシュリエナのことを思い出したようで、侯爵にシュリエナについて尋ねる。


「そういえば侯爵のもとに、私たちと同じ歳のご令嬢がいたと記憶していますが」

「ぜひとも友達になりたいです」


王子とクラリスからそう言われ、侯爵は仕方がなさそうにシュリエナを呼ぶ。こっちからすれば仕方がないのシュリエナのほうだ。


(まあ、侯爵たちの驚いた顔でチャラにしてあげる)


そう思い、シュリエナは気配を戻し、存在感をアピールする。そして侯爵家が落ちこぼれだと認識していたシュリエナとは思えない優雅な動きを見せる。


透き通るような銀の髪が静かに揺れ、シュリエナは静かに侯爵の前に歩み出た。その姿に侯爵たちだけでなく、王子とクラリス、そして会場にいた貴族たちも驚いたように気配を揺らした。



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