5.捜査一日目 ④現場検証
グレイ殿にそう言うと彼は考えながら
「確かに。」とつぶやいた。
「ってことは、どこかから出入りできるんですよ。この部屋!」
「どこかって、どこから?」
うーん。
部屋は四方を壁に囲まれていて、窓はバルコニーに続いている一つのみ。
バルコニーの外に出てみる。
隣の部屋にもバルコニーがある。
隣の部屋は、確か昨日王妃様とウェストウッド殿が商談していた、王妃様の部屋だ。
割と距離が近い。
はっ!もしかして、
「ここ!バルコニーからバルコニーに移動できませんかね?」
俺が室内にいるグレイ殿に尋ねると、彼はバルコニーに出てきて周りを見た後、興奮したように言った。
「この距離なら移動できますよ!」
なんと!
これで密室の謎は解明では?
隣の部屋からバルコニー伝いに現場の部屋に移動してくる。そして窓から侵入し、また同じ経路で戻れば…。
天才では?
その時、ふとお嬢様のゴミを見るような視線を感じた。寒気がして、身震いする。ちょっと冷静になった。
「いや、よく考えたら無理ですね。バルコニー伝いに移動できても、この窓、外から鍵がかけられないんで。結局密室の謎がそのまま残りますね。」
冷静な頭でそう判断した。
冷静に考えるの、大事。
グレイ殿はがっくりと言った感じで、あからさまに肩を落としていた。
でも、発想は悪くないと思うんだよなー。
絶対、どこか出入口とか通路とかあると思うんだよ。
お嬢様も秘密の部屋とか通路とか、定番とかなんとか言ってたし、そういうのがないかな。
俺は部屋の中に戻って壁を触って確認してみた。壁をトントンしながらよーく観察する。変わったところはなさそうだけど…。
よく見ると、ところどころに配置されているレンガには花の紋章が装飾されていた。装飾をなぞってみる。うん。職人技ってことしかわからないな。
ちょっと強めに壁を叩いてみる。
うーん。特に何もないな。
肖像画がかかっている方の壁を入念に隅から隅まで調べて、反対側の壁も同じように調べる。
ん?
なんか、ここの模様、他と違うな。
濃い色のレンガの一つに剣のような、アルビオン王室の紋章の様な模様が装飾されていた。
紋章を確認するようになぞる。
カチッという音がしたかと思ったら、突然に壁の一部がグルンと回転して、俺は回転に巻き込まれて…。
どこかに入ってしまいました。
ほんとにあった!秘密の部屋!
それで、ここからどうやってでるの?
部屋は真っ暗で、何も見えない。
ダメだ、燭台を持ってこないと。
長いこと換気されてなかったんだろう。埃っぽい空気に、湿った嫌な匂いが暗闇に立ち込めていた。
手探りで壁をぺたぺたと確認しながらグレイ殿を呼ぶ。
「グレイ殿――。聞こえますか――――!」
返事はない。
さっきより大きい声でもう一度叫ぶ。グレイ殿の声は聞こえない。
ちょっと不安になってきた。
壁の冷たい石の感触に不安が募る。
思わずドンドンと壁を叩いて、声を張り上げてグレイ殿を呼ぶ。
「グレイ殿―――――――!」
返事はない。
まずいな。
こういう場所は…
手足が重くなり、まるで目に見えない鎖で縛られているような感覚が体を支配した。動かそうとして体が硬直してうまく動けない。暗闇が自分を圧迫してくるようで、息が詰まる。
「はぁ…はぁ…」
自分の荒い息遣いが、妙に耳に響く。
自由になったはずなんだ…
ゆっくりと目を閉じる。
ふと、お嬢様の子どもらしさのない、けだるげな表情が浮かんだ。
『およそ人が住む場所とは思えんな。出たいのなら、出してやろうか?』
落ち着け、落ち着け。
自分に言い聞かせて、目を開く。目を凝らして周囲を確認すると、わずかに光が漏れている場所があるのがわかった。
壁に手を添えて、壁に沿って慎重に光の方へ移動する。
途中、棚かな?みたいなものに突き当たった。
棚を避けてそのまま進み、光の差している壁をぺたぺた触って確認する。
はぁ…、はぁ…。
呼吸はまだ落ち着かない。
一度深呼吸してもう一度壁を調べる。
ここ…壁がガタガタしている。
その部分を叩いたり、押したりして調べると、横にスライドした。すると、目の前に小さな窓が現れた。
はぁー。やった…。
一回息を吐いて、呼吸を整える。
窓が開いたことで、部屋の中が少し見えるようになった。
ほんとに、どうなることかと思ったけど、やっぱり光があるって安心感すごい。
部屋の中を確認する。
そこには、さっき突き当たった棚の他に、床には大きめの木箱が置かれていた。他には、大きめの布に包まれた四角いものがある。
この窓の他にはドアや窓など、外と繋がる出入り口はないみたいだ。
棚を確認すると、そこには赤い背表紙の本かな、が、1、2、…9冊置かれている。背表紙に題名はない。一つをとって表紙を確認しても、何も書かれていなかった。中をペラペラめくると、そこには丁寧な文字で、えーっとこれ、エスパーニャ語だ!
『アル』『ウィル』といった名前が頻繁に出てくる。それに『ローザ』っていう名前も。
これ…前王妃様の日記だ!
このまま読んでいいものか。うーん。
とりあえず、置いておいて、他のものを確認する。
まず、木箱。
開けると、そこにはいろんなものが丁寧に入っていた。パッと見るとガラクタっぽいものが多い。押し花が挟まれたカード、小さなガラスのブローチ、それに青いインクの瓶などなど。その中でも特に目を引いた皮の袋の中を確認すると、手紙が束になって入っていた。宛名は『イザベラ・デ・ラ・クルス』、差出人は『アルフレッド・ド・アルビオン』。国王から前王妃様にむけた手紙みたいだ。
これは、中身を読まない方がいいな。
うん。
布に包まれた平べったい四角いものを確認する。
丁寧に布をとると、それは肖像画だった。
金のシンプルな額縁に入ったその肖像画の中央には、赤みがかった濃い栗毛にブルーグレイの瞳の女性が描かれていた。優しい微笑をたたえた彼女の腕には、まるで天使のような赤ん坊が抱かれている。画面の奥には、ブロンドの髪にアルビオンの空のように澄んだ青い瞳を持つ男性が女性に寄り添って立っていた。
暖かい幸福感を感じる、幸せな絵だ。
俺はその絵に丁寧に布を被せて、出口を探すことにした。
たぶん、どこかにあっち側の部屋と同じようなレンガがあるはず…
こっちに来てしまった時のように、棚が置かれた方の壁を入念に調べる。
あった。王家の紋章みたいな模様のレンガ。レンガの模様をなぞる。
ガラッ。
勢いよく壁が回転し、その反動で俺は前王妃の部屋の方に押し出された。
前につんのめりになって壁から出てきた俺を見たグレイ度は、大興奮で団長に報告に行ってしまった。
彼、俺の監視役じゃないのかね。
一人部屋に残された俺は、もう一度現場の部屋を隅々まで確認した。
所々に、小さいおが屑のような木片や、さっき見つけた藁みたいなのがあるのを見つけた。
それをすべて回収しておく。
さて。
次のミッションのために、皆さんの話を聞きに行きますか。