4.捜査一日目 ③開始
こうなることは分かってた。
お嬢様はとんでもないインドア派なんだ。本かおいしい食べ物のためにしか外出しない。
なので、必然的に俺が捜査をすることになるわけだ。いつものことだけど。
王子殿下とお嬢様の契約が成立してから数時間後の現在。
俺は王宮に来ていた。お嬢様は王子殿下から俺が王宮を自由に出歩く許可をとって、全部を俺に押し付けたわけだ。
『なぜ私があくせく自分で捜査などしなければならないんだ? 大した科学捜査もできないこの世界で、私自身が行動する必要性を感じんな。ミス・マープルのように、座して謎を解明しようじゃないか。』
わけわかんないことを言っていたお嬢様を思い出す。
まぁ、お嬢様からは確認しておくことリストを作ってもらったので、この通りに色々確認すればいい。
えーっと、ミッションは次の通り。
1.事件のあった棟の見取り図を入手する。
2.現場の状況を確認する。
3.悲鳴を聞いた人間を確認し、その時の状況を確認する。
4.被害者について情報を集める。
5.被害者の部屋を確認する。
6.検視報告を確認する。
7.王都の商会に聞き込みをする。
8.南京錠を持ってくる。
9.鍵の保管について確認する
なんか、なんで?っていう内容も入ってるんだよな。
商会に聞き込みとか、なんで?
お嬢様は説明をめちゃくちゃ省く時があるんだよなー。
そんなこんなで、警備兵団の兵舎にやってくると、昨日現場にいた団長がわざわざ挨拶をしに来てくれて、一人の兵士を紹介された。今日、王子と一緒に来ていた兵士の彼だ。
「トマス・グレイです。」
そう自己紹介した彼に、自分も自己紹介する。王宮で行動する時は、このグレイ殿と一緒にいろってことならしい。
見張りってことじゃ…
とも思うけど、捜査の情報をいろいろ共有できるのはありがたい。
グレイ殿にお嬢様が作ってくれたリストを見せると、ミッション1の見取り図についてはすぐに用意してくれることになった。
ありがたいなぁ。
ミッション3については、執事のクレイトンさんと侍女頭のスタッフォード夫人には、話が聞けるように手配してくれるとのことだったけど、王妃様はNGだそうだ。
昨日の事件で、話ができる状態じゃないらしい。
それと、ウェストウッド殿は連絡してくれるみたいだけど、アポが取れるのは明日になるかもと言われた。検視報告も、今日中は無理だろうって。
それと、ミッション8。南京錠は、今警備兵団で調査中だから、貸せないと言われてしまった。明日以降もお願いしに来るしかなさそうだな。
それか、お嬢様を連れて来るか…
とにかく、やれることから!
ということで、さっそくミッション2のために2人で現場に向かう。
今日は棟の扉の前に兵士が立っていた。
「昨日は、誰もいませんでしたけど…」
「普段、ここは警備していないんです。ほとんど使われていませんから。」
「でも、王妃様の部屋が一応あるんですよね?」
「えぇ。この棟をお使いになるときは連絡をいただいて、その間だけ警備するんです。昨日は連絡が漏れていたようで…」
そう言ったグレイ殿は険しい顔をしていた。
ふむ。
この辺も、話を聞いた方が良いかもしれない。
そんなこんなで、事件現場の部屋の前に到着。
今日はグレイ殿も一緒だし、彼が燭台を持っているしで、昨日よりずいぶん安心してくることができた。
そういえば…
「昨日鍵を開けた方がいたんですけど…」
「錠前師の、セシル・ウィンチェスター氏ですね。鍵のメンテナンスのためにたまたま昨日来ていたので、開錠をお願いしたそうです。」
なるほど。
ドアを押し開けて部屋に入る。ドアは木製だけど、結構な厚みがあって重量がすごかった。
内側には金属の掛け金式の鍵がついていた。
室内の壁は外壁と同じく石造りだった。そこに模様のように所々レンガが埋め込まれている。王宮の一室にしては、いくら古いと言ってもちょっと殺風景な感じがする。本来なら、この壁にタペストリーなんか飾られていたんだろうけど、今そこにあるのは一枚の肖像画だけだ。
仄かに微笑をたたえたその顔は、どことなくウィリアム第一王子に似ていた。赤みがかった濃い栗毛に、ブルーグレイの瞳。瞳の色のせいか、表情のせいか、少し冷たそうな印象がする。凍ったように美しい顔が俺を見下ろしていた。
二人で肖像画を見ながら、グレイ殿がこの部屋についていろいろ教えてくれた。
「この部屋はもともと、前王妃イザベラ様が使用されていたそうです。ですが、5年まえにイザベラ様は運悪くバルコニーから転落され…即死だったそうです。事件性はなく、事故だろうということになりました。部屋を確認しようとした際、イザベラ様が管理していた南京錠の鍵の一つが見当たらず、中を確認できずにいたんです。」
「どうして、前王妃様がいたのに、外側から鍵がかかってたんでしょう?」
「その…それもあって、良くない噂も多いんです。この部屋は。」
良くない噂?
「差し障りない範囲で、噂について教えていただけますか?」
グレイ殿は少し考えこんでいた。
言ってもいいものか悩んでいるようだ。
そんなにひどい噂なの?
「これは、あくまで噂ですので。当時、国王陛下と前王妃様の仲が問題になっていたんです。それもあって、前王妃様は自ら命を…と言う話です。」
え?
前王妃様が自殺したってこと?
「でも、自殺なら、外からではなく、内側から鍵をかけますよね?」
「ですから、あくまで、噂です。」
ふーむ。
自殺にしろそうじゃないにしろ、部屋の外に鍵がかかってるのって、変だけどなー。
「当時、部屋の中を確認しなかったんですか?」
「国王陛下のご意向で。鍵がないなら、そのままにしておいて欲しいと。」
「そうなんですか…。今回は、よく国王陛下の許可ができましたね?」
「この部屋で悲鳴が聞こえたなどということが広まったら、厄介ですから。新しい王妃様もいらっしゃいますし、陛下も決心されたのではないかと。」
なるほどなぁ。
でも、今回みたいに錠前師に解錠してもらえば、ドアを壊すこともないんだし、普通だったら調査した方がいいと思うけどなぁ。
深追いしたくない事情でもあったのかな?
「じゃあ、イザベラ前王妃様が亡くなられてから、この部屋は誰も入っていないんですね。」
「そのはずです。そんな部屋で、どうしてこんな事件が…。」
そう言ったグレイ殿は視線を部屋の中央に移した。
そこには、血溜まりが残っていた。
昨日、被害者はここで命を奪われた、その痕跡だ。
「被害者の方は、王子殿下の侍女だったとか?」
「えぇ。名前は、ローザ・ロドリゲス。イザベラ様がエスパーニャ大皇国から嫁いできた際に、一緒についてきた侍女です。」
前王妃様は、この国に嫁いできたエスパーニャ大皇国の皇女殿下だ。
エスパーニャとの関係はあんまり良くなくて、王宮に勤める大臣方でもエスパーニャとの外交政策については、意見が割れがちならしいってお嬢様が言ってた。
『あの国は、宗教色が強すぎるからな。旧教を絶対とするような態度が、うちの国では受け入れ難いんだろう。』
もう何百年も前に枝分かれした、教会の旧教と新教をめぐっては、今も争いが絶えない。旧教を代表するエスパーニャ皇室と、新教を代表するアルビオン王室の婚礼は、世界的にも重要な意味があったらしい。
被害者が倒れていた場所には、暗い赤黒い血が広がっていて、その周囲に放射線状に血痕が飛び散っていた。床には斑模様の血痕がいくつも点在していて、小さな血の斑点が連なっている箇所がある。
カバンからノートを取り出し、床にしゃがみ込んでスケッチする。
ん?
よく見ると、血痕に何か、ゴミみたいなものがついていた。
ピンセットで慎重にとって、見てみる。
「それは?」
隣に立っていたグレイ殿が俺の手元に顔を寄せてくる。
「うーん、何でしょうね…」
ピンセットでつまんだそれを、彼の視界に近づけた。
「何かの、クズですかね?」
確かに。それは、薄茶色で細長く、なんか乾燥したような感じにみえる。藁かな?
カバンからガラス瓶を取り出し、そこに保管する。
お嬢様に見てもらおう。
スケッチを終えて、部屋をもう一度見渡した。
「窓の鍵もかかっていたんですもんね…」
俺が窓に視線を移してそうつぶやくと、グレイ殿がそれに答えた。
「えぇ。昨日団長と確認しましたが、窓にも鍵がかかっていました。」
ん?
「窓の外から、窓の鍵をかけることはできないんですよね?」
俺がそう尋ねるとグレイ殿は腕を組んで
「外から鍵が開閉できたら、鍵の意味がないでしょう。」
と、ちょっと偉そうに答えた。
そうすると、
「イザベラ前王妃様はその窓のバルコニーから落ちて亡くなった。で、その後鍵が行方知れずで、この部屋は誰も入れなかった…。なのに何で窓の鍵が閉まってるんだ?」
疑問をつぶやく。
グレイ殿ははぁ?と言った顔をしているけど、変じゃないか?
「窓の外から鍵をかけることはできないんですよね? 前王妃様が亡くなった後、誰が窓の鍵を閉めたんです? 誰も部屋に入れなかったのに。」