―――――――――――――
ガタゴトと不規則な揺れが続く。粗雑に作られた荷馬車の床は、ところどころ腐ったようにひび割れ、揺れるたびに軋む音が響いていた。
板の隙間から差し込む夕方の薄い光が、少女の顔に当たっては消える。
外には、広々とした牧草地が延々と広がっている。だが、その広さが逆に孤立感を増幅させる。どこにも逃げ場はないのだ。
少女は目を細めながら、ぼんやりと外の景色を眺めた。
少女は冷静に考える。
しばらく気を失っていたので、時間の感覚は定かではないが、明かりから推測するに数時間は経っているだろうか。
少し前に荷馬車の荒れた揺れで目を覚ました。
手首には粗い縄が食い込み、痛みがじわじわと襲ってくる。
すぐ前には、彼女と同じように手を縛られた少年が横たわっていた。
彼は背を向けているのでその顔は確認できない。
――ふむ。
少女は考える。
数時間前—
王都の大通りから外れた街道に、馬車が止まっていた。青みがかった馬車の扉が音もなく開き、一人の少女が降り立つ。彼女は、付き添っていた者たちに
「行ってくる。」
と一言言って、一人でズンズンと歩き出した。
常に一定の距離を保ちながらも少女を見守るべき護衛達は、少女の行動に干渉しすぎないようにするのが常だった。
と言うか、単に大人じみてしっかりしている少女を子ども扱いすることができずにいたわけだが。
そのため、「行ってくる」と言われれば、護衛達はその場で待機するしかない。
少女の向かう先は分かっているので、護衛も警戒はしていない。
この先の路地にある少女お気に入りのパン屋だ。
ここのデニッシュを買わずには、少女は今日のストレスに耐えれられそうにないと言って、王宮に登城する前にわざわざ時間を取った。
これから王宮でお茶会だというのに。
店に入ると、ショーケースには様々なデニッシュが並んでいた。
――む! 木苺のジャムは新作だな。
「これを一つ。」
店主は慣れた手つきでそれを包み、彼女に手渡した。
少し温かみの残ったデニッシュの袋を受け取ると、少女は年相応に微笑んだ。
外に出た瞬間、背後から物音が聞こえた。
何かが倒れる音と、かすかな声。
少女は一瞬立ち止まり、耳を澄ませた。パンの甘い香りとは対照的な、不穏な気配が漂っている。
少女は気にせず、そのまま馬車の待つ方に進んだ。
自分が行ったところで大した役には立たないことが分かっている。
護衛に知らせて、状況を確認させる方が賢明だ。
しかし、運の悪いことに、トラブルは彼女の向かう先で起こっていた。
薄暗い路地の中で、二人のごろつきが少年を抱え込んでいるのが見えた。
少年はもがいているが、体は小さく、無理やり捕まえられているようだった。
――なんと、まぁ。間が悪い。
そう思っていると、後ろから軽い衝撃を感じた。
薄れる意識の中で、少女は思った。
――この新作は…一緒に持ってきてもらえるだろうか。
少女の手から紙袋が落ちて、ガサリと音がした。
男たちの声が聞こえる。
「何やってんだ!」
「しょうがねぇだろ!」
「仕方ねぇ、こいつも連れて行くぞ。」
次第に声は遠ざかり、少女は意識を手放した。
そして現在。
揺れが止まり、ギギーという不快な摩擦音が響いた。荷馬車の扉が開き、薄汚れた男が乗り込んできた。男の息は荒く、臭いが漂ってくる。
「お前は自分で歩け。」
その一言に従い、少女は冷静に立ち上がる。目の前の少年は力なく抱えられ、彼女はその後を歩き出した。
眼前に広がるのは、手入れのされていない古びた屋敷。
雑草が絡まり、門は錆びついている。空は、赤く燃えるように沈んでいく。
――体感以上に遠くに来たかもしれないな。
状況を冷静に分析しながら、少女は考える。
――さて、どうしたものか。