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2.捜査一日目 ①古典的密室講座


「っていうことがあったんですよ。事件ですよ、お嬢様。」


俺は昨日の出来事を思い返しながら、紅茶を注ぐ手を止めた。お嬢様は、俺の話に耳を傾けながら、静かにカップを持ち上げている。朝の光が窓から差し込んで、侯爵家のタウンハウスのティールームを柔らかく照らしていた。


「まるで、ディクスン・カーの小説だな。」

「なんですか、カーって?」

「密室殺人と言えば、ジョン・ディクスン・カーだろう?」


だからそのなんちゃらカーが何かわかんないんだって。


「まぁ、そのカーっていうのは置いといて、めちゃくちゃ不可解な事件ですよねぇ。お嬢様の出番じゃないですか?」


俺はお嬢様のティーカップに新しい紅茶を注ぎながら言った。お嬢様は紅茶の匂いを楽しむようにカップを鼻先に近づけ、それからゆっくりカップに口をつけた。


うむ。優雅な所作である。


「聞いてますか?お嬢様。」


「聞いている。が、特段私の出番だとは思わんな。」

「でも、捜査は王宮の警備兵団が担当するそうですよ。事件捜査の専門家でもないのに。心配じゃないですか。」


「私も専門家ではない。」


「そうですけどー。刑事なんかよりよっぽど専門家っぽいこと言ってるじゃないですか。」


そうなのだ。このお嬢様は、刑事も真っ青の名探偵なのだ!

こっそり警察本部の警部補からも頼りにされていたりする。本人はそれが嫌そうだけど。


「事件というのは、物語として俯瞰してみるから面白いんだ。実際の事件に首を突っ込むなど、面倒なことしかない。」


「でも、鍵のかかった王宮の一室で侍女が撲殺されていたんですよ? しかも、その部屋、昨日鍵を壊すまで5年間もずっと開かずの間で、鍵の一つを紛失してるから誰も使えなかったはずなんですって。それなのに、部屋にあったはずの調度品が全部なくなってるって。実際俺が見た時、被害者以外は部屋には何にもありませんでしたし。肖像画が一枚かかってたくらいで。おかしいでしょう?」


顔面を蒼白にしたスタッフォード夫人との会話を思い出す。彼女は何かを心底怖がっているようだった。


「まるで『黄色い部屋の秘密』だな。犯人はどうやって部屋に入り、部屋から出たのか。今回の場合は被害者が部屋に侵入した方法も謎ということになるか。」


お嬢様はつぶやくようにそういうと、紅茶を一口飲んで続けた。


「それでも、実際に起こっている以上、方法は必ずある。実現された事象は謎ではなく結果でしかないからな。」


「え?謎が解けたんですか?」


嘘だろ。事件の概要をちょっと話しただけなのに。


「解けるわけがないだろう。密室は謎ではなく、あくまで結果だという話だ。結果に至る方法を現実的に分析すれば、自然とその過程は明らかになるものだ。だから、密室は謎ではないということだな。」


なるほど。お嬢様が何を言ってるのか全くわからん。


ぽかんとした俺を無視してお嬢様はさらに小難しい話を続けた。


「犯人と被害者がどうやって部屋を出入りしたか、その方法には限られた仮説しか立てられない。例えば、心理的密室という手法がある。ジョン・ディクスン・カーの『三つの棺』が有名だが、実際には密室ではなく、密室だと錯覚させられていたというトリックだ。この手法では、犯人は普通に部屋を出入りしている。あるいは、もっと単純に、秘密の扉や通路が存在する可能性もある。エラリー・クイーンの『Yの悲劇』では、犯人が隠し通路を使って犯行に及んでいるし、隠し扉を利用して犯人が突然消えたように見せるトリックも、ミステリーではよくある手法だ。そして、犯人が人間ではなく、部屋の出入りが可能な、何か別の存在である可能性も考えられる。」


「えぇ。心霊現象的なこといってるんですか?お嬢様らしくないですよ。」

超現実主義のお嬢様がそんなことを言い出すなんて…


でもあの棟は出てもおかしくない。


お嬢様はうっすら微笑んで

「例えばオラウータンとかな。」と続けた。


意味が全く分からない。


お嬢様の言葉を反芻して考える。


心理的密室と、秘密の通路、そして人じゃないものの存在…

心理的密室は難しくてよくわからんので、おいておくとして、秘密の通路とか部屋か。

すごくありそう!


「いずれにせよ、捜査で明らかになるだろう。本当に問題なのは、なぜ被害者はその部屋にいたのか、なぜ殺害されたのか。こちらの方が解明するのが実際には困難なものだ。」


「それこそ被害者の知り合いに聴取すれば済むもんじゃないですか?」


疑問を口にする。お嬢様の話は難しいのだ。7歳児のくせに。


俺の方に一瞬、お嬢様は視線を流してつぶやいた。


「エルキュール・ポアロよろしく、人の秘密を暴くというのは現実ではなかなか…心躍るものではない。」


少し遠くを見たお嬢様の横顔からは、彼女が何を考えているのか読み取ることができなかった。


テーブルに並べられた様々な焼き菓子を真剣に吟味して、お嬢様がその一つに手を伸ばそうとした時、「コンコン」とノックがなった。


伸ばしかけた手を引っ込めて、お嬢さまが視線で俺に合図をする。

扉をかけると、ブラックモア侯爵の執事、スティーブさんが困った顔で立っていた。


「お嬢様は?」

「いらっしゃますよ。」

彼の質問にそう答えて、部屋への入室を促したけど、執事殿はさらに困った顔をして動かなかった。


「私の糖分補給を邪魔するほどに重要な用事なんだろうな?スティーブ?」


お嬢様の質問にスティーブさんはさらにさらに困った顔でやっと部屋に入ってきた。


「実は、王子殿下がいらっしゃいまして…お嬢様との面会をご希望とのことでございます。はい。」


先代の執事から代替わりしたばかりで、執事としては新米のスティーブさんは、子どもとは思えない威圧感のある、この変なお嬢様のことが未だに苦手ならしい。


「訪問の理由は?」

お嬢様は彼の方をちらりとも見ずに、ついにお目当てのストロベリーのジャムタルトに手をつけて、ゆっくりとそれを口にした。


結局、食べるんかい。


「それが…昨日のお茶会のご挨拶をしたいとのことです。今は旦那様が対応していらっしゃいまして…」

スティーブさんの言葉に返さずに、お嬢様はもぐもぐとジャムタルトを咀嚼している。


「旦那様は必ずいらっしゃるようにと。」

スティーブさんがさらに言葉を続けた。


お嬢様は相変わらずスティーブさんの方を見ずに、ティーカップを手にしてお茶を飲んだ。


気まずい沈黙。実際数秒のことだけど、ものすごく長く感じる。


コクリという音が聞こえた気がした。


「面倒だが、変に誤解される方が後々面倒だしな。」

そうつぶやくとお嬢様はカップをおいて立ち上がった。


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