16.捜査二日目 ⑤侍女の秘密
「これで、何がわかるんですか?」
「よく見てみろ。」
よく見ても、普通のロザリオだけど。金色のロザリオには、赤い石が数珠として12個はめ込まれていて…
12個?
普通。十字の周りに12個で、中心にもう一つの数珠をつけて、13個つけるんだけど。
本来もう一つ数珠があるはずの中央を見る。
そこには、石の代わりに、丸の刻印の中にばってんが入ったマークが彫られていた。
「なんか、マークみたいなのがありますね…」
「それは、エスパーニャ大皇国が誇る、十字監査機関が使用しているマークだ。」
お嬢様の言葉には、深刻な雰囲気が含まれていた。
「なんです? それ?」
「エスパーニャの諜報機関だよ。お前、ほんとにこの世界のことを勉強した方が良いぞ。深刻に。」
「この世界って言われても、そんな知識使い道ないですし…」
俺の言葉にはぁーとお嬢様はあきれ顔でため息をついた。
「いいか。この時代にはすでに各国、それぞれに諜報機関を抱えている。情報というのは、この世で最も強力な武器になる。知っているか、知らないかで、国の命運が左右されるんだ。」
「それで、なんだって、ロドリゲス嬢がそんなマークのロザリオを持ってたんですか?」
「十字監査機関の一員だったからだろう。」
え?
「えーーーーー!」
「うるさい。」
お嬢様は不愉快そうに耳に手を当てた。
「つまり、ロドリゲス嬢はエスパーニャのスパイだったってことですか?」
「そうだろう。古代語の経典を使った符号を用いた暗号は、十字監査機関の常とう手段ならしい。彼女の日記も、符号を解かねば読んだところで意味がないだろう。」
ほぇ。この人ほんとに7歳なの? 俺の方が8つも上なのに。
「よくそんなこと知ってますよね。」
「本で読んだんだ。」
それ、信ぴょう性あるんだよね? お嬢様?
「十字監査機関の存在は公表されているから、間違いない。」
俺の疑惑を感じ取ったのか、お嬢様はそう付け加えた。
諜報機関って、公表されてるの?
って思ったけど、そう言えばアルビオンにもあるな。王立諜報機関って隠す気ない名前の組織。
「じゃあ、ロドリゲス嬢は前王妃と一緒にアルビス王室の情報を掴もうとしてたってことですかね?」
「前王妃が知っていたかどうかはわからんな。前王妃こそが、彼女の監視対象だった可能性もある。」
「えー。でも、ロドリゲス嬢は前王妃様を慕ってたって話ですよ?」
「その辺は、彼らにはお手の物だろう。」
お嬢様はそう言って、ちらりとこちらを見た後、お茶をもう一口飲んだ。
「だが、前王妃はなかなかに進歩的な人物だったという話だ。父上に聞いた話だと、王室の維持費を削減し、その分社会福祉費を拡充するように進言していたらしい。救貧院や孤児院にも自ら赴いていたそうだ。」
「そうだんですか?」
スタッフォード夫人の言葉を思い出す。
「スタッフォード夫人は、前王妃様が政治に口出したりしてって批判的でしたけど、何がダメなんですかね? 王室の贅沢を控えて、困ってる人にお金を使いましょうってことですよね?」
「女が政治に口を出すなと言うことだ。まったくもって前近代らしい思考だな。」
お嬢様は苦々しい顔をした。
「侍女頭については、単に現王妃のために前王妃の評判を下げたいと言うこともあるだろうな。」
「あー、何かそんなこと言ってる人いましたね。」
「前王妃が死亡した時のことを聞く限り、彼女が母国での立場が良くなかったのは間違いないだろう。他国の王家に嫁がせた皇女が死んだんだ。しかも明らかに不審な状況で。普通なら、捜査を名目にあちらの人材を寄こしてきたり、最悪戦争になってもおかしくはない。だが当時、外交上の軋轢はほとんどなかったらしい。葬儀も簡素に済ませて、彼女の親族は誰も参加しなかった。」
「そうなんですか…。それ聞くと、国王陛下との関係が悪かったって話も、そうだったのかなって気がしちゃいますね。」
お嬢様は俺の言葉には答えず、考えるように宙を見据えて呟いた。
「孤独な皇女に諜報員か。複雑な組み合わせだな。」
確かに。
ロドリゲス嬢が前王妃様を慕ってたっていうのは、どうかほんとであって欲しいな。
少なくとも、前王妃様には、そう思ったまま亡くなっていて欲しい。
「諜報機関の連中は、存在そのものが幻のようなものだからな。他者との関係も、彼らにとっては仮初だ。」
それじゃ、まるでおばけみたいじゃないか。
存在してるのに、存在してないようなもの。
そんな人生、どうなんだろう。信じる者のためならってことなのかな。
その時、部屋にノックの音が響いた。