14.捜査二日目 ③被害者の部屋(再)
「お前がきちんと確認したか、確証がないからだ。」
「それなら、昨日一緒にきてくれればよかったじゃないないですかぁ。」
思わずお嬢様に文句を言う。
俺の捜査が不安だからって、もう一度被害者の部屋を確認しに行くって。
理不尽じゃないか? 押し付けといて。
ぷりぷりしている俺に、お嬢様は紙袋を押し付けてきた。
「なんですか?」
「食べてもいいぞ。」
そっぽ向きながら、ばつが悪そうにお嬢様はそう言った。
それ、クロワッサンじゃん。
お嬢様が食べ物を分けてくれようとしているなんて…
無性に感動!
「怒ってませんから、行きましょう。」
そう言って、クロワッサンの紙袋を預かった。
お嬢様は苦虫を嚙み潰したようとは、こういうことだろうっていう顔をしていた。
面白い。
と、言うことで、被害者ローザ・ロドリゲス嬢の部屋に来ました。
入るなりお嬢様は、ぐちゃぐちゃのベッドをみて、
「汚いな」と呟いた。
ですよね。
よく見ると、ベッド脇のキャビネットの上にも、小さな装飾のされたガラス瓶なんかが所狭しと置かれていた。置ききれなくて、床にもなんか転がってるし。
「ロドリゲス嬢のベッドはあっちです。」
そう言って、きれいに整理されたベッドを指した。
お嬢様は頷いたあと、ベッドの下やらを物色し始めた。
「何を探してるんですか?」
「あるかもしれない、何かだ。」
なんだ、それ。
「キャビネットの中はすべて回収してきたんだろうな?」
そう言って、お嬢さまはキャビネットの引き出しを開けた。
「全部回収しましたって。」
小さなお嬢様の後ろからキャビネットを覗き込む。
中は空だった。
お嬢様は引き出しの底の部分をコンコンと叩いている。と思ったら、覗き込んで下から引き出しを見たりしている。
何してんだろう。
二つ目の引き出しも同じようにコンコンやった後、下から覗いて、また底の部分をコンコンした。
「なにか、細長い針のようなものはあるか?」
「えーっと、針ならありますけど、何に使うんです?」
お嬢様の突拍子もない言葉に、質問で返すと、無言で手を突き出された。
仕方ないので針を渡す。
お嬢様は針で引き出しの底をいじっているようだ。
と思ったら、底の板が外れたというか、上に持ち上がった。
「え? 何やってんです?」
「二重底だ。単純なもので助かったな。」
二重底って。
確かに、外れた底板の下には、何かが入っていた。
紙袋と、あとノートだ。
「なんで、気づいたんですか?」
「昨日、被害者はたまに手紙を書いていたと言っていただろう。それなら、自分も手紙を受け取っていてもおかしくない。それなのに、絵葉書の一つもなかったんでな。気になったんだ。」
ほんとに俺の捜査が不十分だったってことじゃん。
がっくし。
「まぁ、念のため見ておこうと思ったんだ。が、当たったな。」
「慰めてくださいよー。ほんとに俺が至らなかったってことじゃないですかー。」
「はい、はい。」
お嬢様はそう言って、俺を無視してキャビネットの中からノートを取り出してペラペラめった。
「何ですか? そのノート?」
俺がそう聞くと、こちらをちらっと見て
「日記だな。古代語で書かれている。」
と言った。
「古代語で、日記ですか?」
「読めるもののほとんどいない古代語で書いた日記を、二重底に保管とはな…。」
「何が書いてあるんですか?」
「他人が読むものではない。」
お嬢様はパンっとノートを閉じて
「が、ある程度はわかっている。」
え? 他人の日記の内容が?
お嬢様はその件はそれ以上説明する気がないようで、ノートをいったんキャビネットの上に置くと、今度は紙袋の中を確認し始めた。
紙袋は結構な厚みがあった。
入っているのがクロワッサンでないことは間違いない。
「少なくとも、『サム』という男と被害者が何らかの関係があったことは間違いないようだな。」
紙袋を覗き込んでいたお嬢様は、そこから何かを取り出し、俺の方に見せてくれた。
それは、一通の便箋で、宛名は『サム』。
「じゃあ、ケンウッド公爵令嬢が言ったように、本当にサム・リドルがロドリゲス嬢と付き合ってて…それで、殺してしまった…?」
「さぁな。ここには『サム』としか書かれていない。『サム』という名前は、この国で最も一般的な男性名だ。ここの使用人だけで、同じ名前の人間が何人いるかな。」
確かに。
パブに行けば5人のサムに出会えるって言われてるしな。
昨日、ウィルソン嬢もそんなこと言ってたし。
「とりあえずは、『サム』をあたることだな。」
「あの、手紙の中身を読むっていうのは…」
だって、読んだ方が相手の情報が得られるじゃん? 普通に考えて。
「人の秘密を抱える覚悟があるのか?」
お嬢様はオレンジに揺らめく瞳をまっすぐに向けて、俺にそう尋ねた。
「いえ、やっぱり…何でもありません!」
俺が急いでそう言うと、呆れたようにお嬢様がため息をついた。
うぅぅ…。
「だが、しばらく預かっておこう。」
そう言ってお嬢様はノートと紙袋を腕に抱えた。
「念のためにな。」