13.捜査二日目 ②侯爵令嬢と検視報告
「ほんとに、サム・リドルが犯人なんですかね?」
前を歩く、自分より低い位置にある小さい頭に向かって声をかける。
「さぁな。」
気のない返事が返ってきた。
その後、集められた俺たちは解散した。
クレイトンさんが何か言いたそうにしていたのが気になったけど。
とりあえず、捜査するかーと思っていたら、俺の言伝を聞いたお嬢様が王宮まで来てくれたのだ!
あの、お嬢様が!わざわざ!クロワッサンを抱えて!
それで、二人で検視を担当した王宮医を訪ねる道中。
「そもそも、何なんですかね。あのご令嬢。『私、全部知ってます』とか言ってましたけど。」
「さぁな。」
「密室の謎だって、どうなんですか?彼女の推理は?」
「実際に状況を知らないということは確かだな。」
「なんか、片方しか鍵しか閉まってなかったとか言ってましたもんね。どう言うことでしょう?」
俺の疑問に、お嬢様は少しだけ後ろを振り向いた。
「さぁな。鍵を確認しないことには何とも言えんな。」
そんなこんなで話をしていると、目的の王宮医のいる医務室に辿り着いた。
ノックをすると、「はぁ~い。」という間の抜けた返事が返ってきた
「あっと、どちら様で?」
俺とお嬢様を交互にみて、ドアを開けた白衣を着た男性は想定外といった様子で困惑している。
「あの、お仕事中に申し訳ございません。例の事件の被害者のローザ・ロドリゲス嬢の検視についてお伺いしに来ました。ブラックモア侯爵家で使えております、エドモンド・アランです。こちらは主人のシェヘラザードお嬢様でございます。」
俺が会釈してそういうと、「はぁ」と気の抜けた声をだして、男性は俺たちを部屋に入れてくれた。
お嬢様は部屋に入ると、あたりを見回して置いてある椅子に腰かけた。クロワッサンの入った紙袋を大事そうに膝において。
挨拶しないってことは、この人にはぶりっ子する気がない様だ。
「あの…お茶とかお出しした方が…いいですよね?」
「おかまいなく。」
お嬢様が短くそう言うと、男性は白衣のポケットに手を入れて
「えー、ファーロウと申します。ここを担当しておりまして、検視も担当させていただきました。ちょうど報告書を持っていくところだったんですけど…ごらんになります?」
と言った。
「ぜひ。」
お嬢様が短くそう返事をすると、「はぁ」と言って、ファーロウ医師はごちゃごちゃ書類が積まれている机をがさごそ探った。
「あぁー、これですね。」
そう言って、お嬢様と俺を交互に見た。どっちに渡すべきか悩んでるんだろうな。
お嬢様が小さな手を彼に出すと、彼は持っていた紙の束をお嬢様に渡した。
「概要の説明をお願いしても?」
紙に目を通しながらお嬢様がそう言うと、フォーロウ医師は戸惑ったようだったけど、「えーっと」と言って、概要を話してくれた。
「死亡事由は、鈍器で後頭部を強打されたことによる外傷性脳損傷。即死とみられるます。はい。非常に強い力で殴られたようで、頭蓋骨が陥没していました。」
一度言葉を切った後、お嬢様がなんの反応もしないので、ファーロウ医師はそのまま言葉を続けた。
「遺体の上半身に硬直がみられましたので、発見時より2時間から5時間は経過していたかと。また、右頬と腹部、あと腕に変色がみられましたが、色は定着していなかったので、少なくとも死後30分から数時間は経過してると。体温は外気温ほどに冷たくなっていましたので、発見時の気温や衣服の状態から、死後3時間から4時間が経過していると推定されます。はい。なので、死亡推定時刻は午前10時から午後1時の間と推測されます。外的要因で、多少の誤差はあると思いますけど。はい。」
ん?
死亡推定時刻は、午前10時から午後1時?
俺たちが悲鳴を聞いた時間と違うけど。この先生大丈夫なのかな。
「なるほど。頭蓋骨の陥没の形状は?」
お嬢様が顔を上げてそう尋ねると、一瞬思い出すようにしてから答えた
「えーっと、横幅が30ミリくらいで、深さは10ミリくらいですかね。深く窪んで脳内部まで到達しておりました。出血量も多かったですよ。」
「角のあるもので殴られた可能性が高いな。そこまで衝撃を加えて現場に凶器の痕跡がほとんど残っていないということは、金属製だろう。」
お嬢様の言葉に、ファーロウ医師はすんごい驚いている。
そうだよね。
こんな子が、言うようなことじゃないよね。
「おっしゃる通りです。あまり自分の見解を書くと嫌がられるので、報告書に書くのは控えたんですけど、自分の見解と一緒です。」
「陥没の位置は?後頭部のどのあたりだ?」
「右側の頭頂から45度くらいの角度でえぐれているような感じですね。」
お嬢様をキラキラした目でファーロウ医師が見ている。
「そうか。被害者の身長は約162センチ。犯人は少なくとも175センチ以上で右利きの可能性が高い。身長については、あまり当てにはできないな。」
ファーロウ医師の目の輝きが増した。
彼はキラキラした目で
「そうです。そうです。そう思います。」
と言った。
こうして、お嬢様のよくわからない変な信者は誕生するのです。
「なんでそんなことがわかるんですか?」
「ローザ・ロドリゲス嬢は俯きで倒れていたんだろう。昨日、お前がスケッチしてきた現場の血痕の状態を見るに、犯人が遺体を動かした痕跡は確認できない。と、言うことは、被害者は立った状態で、後ろから殴られた可能性が高い。彼女がしゃがんでいた場合、殴られたのとは逆側に倒れることが多いからな。立っている彼女の頭頂を殴るには、犯人は被害者より少なくとも10センチ以上は背が高くなければならない。まぁ、被害者の体勢によって、前向きに倒れる場合もあるので、あくまで参考までに、という話だ。」
「右利きっていうのは?」
「利き手で力いっぱいに上から振り下ろしてみればわかる。意識しない限り、利き手側から逆方向へ向けて腕が流れる。インパクトが強く出る側が利き手側となる。左利きの人間が同じ角度で打撃を加えるには、特殊な体勢や意識的な動作が必要になる。」
なるほど。確かに。上から誰かの頭を殴ろうとすると、そういう感じになるな。
俺は腕をブンブンしながら納得した。
「あの、死亡推定時刻はあってるんですよね?」
俺が思い切ってそう聞くと、ファーロウ医師はムッとあからさまに嫌そうな顔をした。
「間違いないだろう。目撃情報を加味すれば、11時過ぎから1時までの間に絞れるな。」
ファーロウ医師に代わってお嬢様が答える。
「でも、悲鳴のあった時間と全然違いますよね。」
「そうだ。つまり、我々の聞いた悲鳴はローザ・ロドリゲス嬢のものではありえないということだ。彼女はその時に死んでいたのだから。」
「えーーーー。じゃあ、どういうことですか? あの悲鳴はロドリゲス嬢が殺害された時のものだと思って捜査してたんですけど。」
「もう一度、11時から1時の行動を洗いなおす必要があるだろう。ただ、闇雲に聞いても仕方がない。彼女を殺す動機のあったものをまずは絞り出すことだな。」
お嬢様はそう言うと、
「参考になった。これは警護兵団に提出しておくといい。」
と、言って立ち上がり、紙の束をファーロウ医師に押し付けた。