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――――――――――


王都の中央街道を、高貴な人物が乗っていると一目でわかる豪華な馬車が、音を立てながら進んでいた。


やがて、その馬車は中央街道から一本外れた石畳の小道へと入ると、質素なレンガ造りの建物の前で停車した。

建物の入口には、一人の男が立っている。

男はどこか緊張した面持ちを浮かべて、馬車から降りてきた客人を丁寧に迎えた。


「わざわざお越しいただき、ありがとうございます。どうぞ、こちらへ。」

男は客人を建物の中へ案内した。


客人は、男性に従って静かに建物の一室へと入った。


部屋は、質素ながらも品のある装飾が施されていた。部屋の中央には上質な布張りのソファが置かれており、客人はそこに静かに腰を下ろした。

ソファの背に持たれた客人の足は地面から離れてプラプラしている。その足を小さく組んで、客人の少女は語った。


「単刀直入に言おう。事件のあった日について、洗いざらい話していただきたい。」


表情の読めない無機質な表情に反して、少女の言葉には力があった。

少女の対面に座った男は困惑した。


「なんのことでしょうか?」


「例の事件の捜査が進めば、貴殿にとって不都合だろう。だから非公式のこの場で、洗いざらい話をしてはどうかと言っている。」


少女の言葉に、男は明らかに緊張したようだった。


「その…どんな話をお聞きになったのか存じませんが、軽々しく信じるべきではありませんよ。」

男は相手が見た目通りの無垢な少女だと侮っていた。

微笑みを浮かべながら、まるで子どもの誤解を正すように優しく言葉を返した。

彼女の噂を知ってたにも関わらず…


「ふむ。」

一つ頷いた少女は

「では、こちらから説明するほかないな。」

と呟いた。


窓からさす午前の優しい陽光が、少女の瞳を緑色に神秘的に煌めかせた。


「2日前、貴殿は王妃をたずねてクリスタル・パレスの旧棟を尋ねた。尋ねた理由については、追及するのを控えよう。時間は1時半過ぎ。それから貴殿は王妃と2人で過ごし、そこで王妃が悲鳴を上げるような何かをした。」


少女の言葉を焦ったように男が遮った。


「待ってください。悲鳴を上げたのは王妃様ではなく、被害者のロドリゲス嬢ですよね?王妃様が悲鳴をあげたなんて…誰がそんなことを…」


彼の額には汗が浮いていた。


「安心しろ。誰も悲鳴を上げたのが王妃であるとは証言していない。そもそも、知っているのは貴殿と王妃本人だけだろうしな。」


その言葉に男は硬直した。

―なぜ…


「論理的推理というものだ。あの棟の構造上、窓も扉も閉じられていた部屋から悲鳴が聞こえるとはほとんどない。あの棟は石造りで、ドアも重厚だ。我々が悲鳴を聞いた事実を考えれば、悲鳴があがったのは前王妃の部屋でないのは明らかだ。そうであるならば、悲鳴を上げたのは被害者ローザ・ロドリゲス嬢ではありえない。」


少女の言葉に男はごくりと唾を飲んだ。

なんとか勝機を見出そうと、瞼を瞬き、思案する。


「その…本当は悲鳴を聞いたかどうか曖昧なんです。あんな大事になってしまい、言い出すことができなかったんですが。」


男の言葉に少女は「はんっ」と鼻を鳴らした。

煌めく瞳の緑が深みを増したようだ。


「その言い訳は無理があるだろう。せめて、『犯人が立ち去る前に窓を閉めた』くらいの推察を言ってももらわないとな。」


少女はさらに言葉を続けた。


「貴殿にとって不幸だったのは、あの日、われわれが悲鳴を聞いたことだな。」


「だからと言って…、なぜ悲鳴を上げたのが王妃様だと? 関係ないですよね?」


「単純な話だ。あの棟にいたのは王妃か侍女しかいない。侍女が悲鳴を上げたのなら、単にそう証言すればいい。なぜ、貴殿は『王妃の部屋の隣の、あの部屋から悲鳴が聞こえた』と証言したのか? その必要性を考えればいいだけだ。」


男は不安を拭うように声を出した。


「それは…本当に、聞こえたんです! あの部屋から! 先ほどあなたも言ったでしょう? 犯人が被害者を襲って、悲鳴が聞こえて、そして…窓の鍵を…」


「その場合、なぜ貴殿はその犯人を見ていないのか? 悲鳴が被害者のものだとして、その後犯人は窓を閉め、ドアの南京錠を二つ閉め、貴殿たちのいた部屋の前を通って棟から去るわけだが。その時、廊下に出た貴殿は少しも犯人の姿を見ていないのか?」


「それは…動揺していて…」


男の口調ははっきりしない。


「そもそも、なぜ貴族階級の貴殿が自ら部屋から出て、人を呼びに行った?」


「それは…」


男は口を開くも、言葉を続けることが出来なかった。


「本来なら、控えの間にいた侍女に声をかけて、隣の部屋を確認させればすんだはずだ。」


―何かを言わなければ…


「それは…危険があるかもしれないと思い…男の私がと。」


少女は「ふむ」と言って顎に手を置いた。


「それは、いい言い訳だな。」


男の目に、希望の光が差したようだった。


「だがそうすると、結局先ほどの質問を追求しなければならなくなるが?」


少女は一度小さく息を吐いて続けた。


「貴殿が慌てて廊下を確認せざる負えなかったのは、『王妃と二人きりの部屋に誰かが

来る』ことがわかっていたからだ。おそらく、貴殿はバルコニーや窓の近くにいて、我々が庭にいるのが見えたんだろう。そして、うちの従者がおせっかいにもそちらに向かって来るのを確認した。」


まるで現場を見ていたような少女の話しぶりに、男は目を見張った。


「第三者が悲鳴を聞いた以上、『聞いてない』としらばっくれるより、『いわくつきの誰もいない部屋から悲鳴が聞こえた』ということにした方が都合がいいと判断したんだろうが…判断を誤ったな。あの部屋で本当に事件が起こっていたことは、貴殿にとってはもう一つの不幸だった。」


男は額に浮いた汗をぬぐう。

―何とか、何かを言わなければ…


「いずれにせよ、検死報告があがれば死亡推定時刻と悲鳴の時間にずれがあることがわかる。そうなれば、誰がどこで悲鳴をあげたか、根掘り葉掘り調べられることになるぞ。」


「それは…」

男にとっては不都合であった。だが、それをここで肯定していいものか、判断がつかない。


少女は鋭いまなざしを男からそらして続けた。


「言いたくはないが、男女が密室ですることなどたかがしてれている。貴殿の本心に興味はないが、火遊びは終わりにすべきだろう。」


―簡単に言ってくれる。

この少女には渡りたくもない危ない橋を渡る自分の気持ちなどわかるはずもない。

恵まれた侯爵家に生まれ、苦労も知らずに大切にされているこの少女には…


「貴殿がけじめをつけるのなら、今日の話を他言しないと約束しよう。尋問では『悲鳴を聞いた場所ははっきりしないが、動揺して前王妃の部屋をさしてしまった』とでも言えばいい。悲鳴を上げたのは、そうだな…。侍女に泥を被ってもらったらどうだ? 状況を考えれば、彼女もお楽しみだったんだろうしな。捜査はそれでごまかせる。」


少女は再度顔をこちらに向けた。新緑の虹彩が揺れる琥珀色の瞳は何もかもを見透かしていた。


「どうするべきか、よく考えることだな。」


「どうして…」

抗うことを諦めた男は小さく疑問を口にした。


「貴殿らの醜聞など、明らかになったところで不愉快な話題が増えるだけだからな。」


少女はつまらなそうにそう言うと、席を立った。


少女はドアの前で立ち止まり、少し振り向いて、尋ねた。。


「なぜ、わざわざ執事を呼びに行かせた? それがどうにも合理性に欠ける。」


「…執事と侍女頭が来て驚いたのは、私の方ですよ。」


ドアの閉まる音が、部屋に響いた。


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