11.捜査一日目 ⑩報告
「以上です。」
ここはブラックモア侯爵家、シェヘラザードお嬢様の書斎。お嬢様の年齢で書斎っていうのも変な話なんだけど、お嬢様渾身の最上級のぶりっ子で侯爵様におねだりして用意してもらった、お嬢様お気に入りの場所だ。
マホガニー調のクラシックな調度品に、壁の一面には本棚が壁いっぱいに備え付けられている。シンプルな部屋の壁は白灰色の漆喰で固められていて、四方の柱の上部にはオリエント調の装飾が施されていた。
侯爵様はお嬢様の本性を知っているはずなのに、この美少女顔に甘えられると敵わないらしい。お嬢様の要望に合わせて部屋を改装したって話だ。
本当なら今の時間はお嬢様のくつろぎ読書タイム。なんだけど、今日の捜査会議の時間なのだ。
「日記や手紙を読まなかったのは、お前にしては良い判断だったな。そういうものを覗き見ると、碌なことはない。」
お嬢様は分厚い本から視線を外さずに言った。褒められた!
ちょっと照れる。
「それ、ロドリゲス嬢のとこから持ってきた経典ですか?」
「あぁ。」
「古代語ですよね? 読めるんですか?」
「読めなければ、読んでいない。」
そりゃそうだ。
「報告を聞くに、少なくとも彼女は、昨日の午前中は生きていたということになるな。」
「でも、悲鳴が聞こえたのは2時半過ぎから3時前くらいじゃないですか? だから、彼女が亡くなったのはその時間じゃないですか?」
自分の記憶を辿る。
お茶会の会場である王宮の大庭園についたのは2時少し前。招待客が幼いご令嬢ってこともあってか、参加者の確認なんかが少し遅れて、お茶会が始まったのは2時少しすぎだった。王子殿下に挨拶が終わってすぐにお嬢様は王宮をブラブラし始めて、三十分くらいは歩いてたはず。それに、今日の聞いた話を考えても、この時間に間違いはないと思うけどな。
「どうかな。いずれにせよ、明日には検死報告ができあがるはずだ。それではっきりするだろう。」
「まぁ、そうですね。今日はまだだって、言われちゃいましたし。」
相変わらず経典に目を向けているお嬢様の横顔を、ランプの淡いオレンジの光が照らしている。子供らしいふっくらとした輪郭が薄暗い中、光にかたどられている。
「お嬢様の言う通り、人外の話とか、秘密の部屋とか出てきましたけど、かえってわけわかんなくなりましたね。あの部屋にあった窓の大きさじゃ、人は通れそうにないですし、せっかく見つけたのに、密室の謎は解けなかったなー。」
大きなため息をつく。
密室のなどに加えて、肖像画の謎に、謎の人影、おばけの噂に、ローザ・ロドリゲス嬢と会っていたっていう謎の男。それに、あの秘密の部屋。
ただでさえ不可解な事件なのに、謎が深まるばかりだ。
「そうでもない。」
俺のため息にお嬢様は小さくそうつぶやいた。
「明日は、サムとかいうフットマンにも話を聞いておけ。」
「はーい。」
軽く返事をして続ける。
「それと、明日なんですけど、今日はウェストウッド殿と王妃様に話を聞けなかったんで、二人に話を聞けるように調整してもらうことにしたんですよ。そしたら、団長に王妃様への尋問は明日もNGくらっちゃって、話が聞けそうにないんですよね。」
団長との会話を思い出す。王妃様は今回の事件、すごく堪えてるみたいで、尋問できる状況じゃないって話だ。
自分がいた隣の部屋で人が死んでたんだから、無理もない。
お嬢様は俺の言葉に初めて顔をこっちに向けた。
「ウェストウッド卿への尋問は?」
お嬢様の瞳がオレンジに揺らめいている。
神秘的な美しさに力強さを宿した瞳に飲み込まれそうになる。
いたたまれなくなって、明日の予定を確認するふりをして視線をそらした。
「えーっと、明日の午後3時に、ウェストウッド殿の商会にトマス殿と伺う予定ですね。」
俺がそう答えると、お嬢様は再び本に視線をもどして
「そうか。」
とだけ答えた。
「で、今日の報告でわかったこととかないんですか?」
「シャーロック・ホームズ曰く、『When you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth.』」
何語だよ。
「『それがいかにあり得ないものであっても、不可能な要素を除外して最後に残ったものが真実だ。』つまり、部屋は鍵を使って普通に部屋に出入りできたということだろう。」
「でも、鍵は…」
「一つがないんだろう? だから、南京錠を持ってこいと言ったんだ。南京錠が本当に別のものなのか、確認したい。それに、前王妃と近しい侍女だった被害者には、前王妃が管理していた鍵を複製することも、隠し持っておくことも可能だ。前王妃から預かったということも考えられる。彼女が鍵を使って、両方の南京錠を開閉していた可能性がある。」
みんな二つの鍵が必要だと思ってたのに、それがほんとは同じものだったなんてこと、あるの?
「確認しなければ実際のところはわからないが、この仮説が今のところ可能性が最も高い。人に事実を誤認させる、心理的密室の手法だ。」
「じゃあ、調度品や、肖像画は…」
「ロドリゲス嬢がやった可能性が高いだろうな。彼女が調度品をすべて処分し、代わりになき主人の肖像画を飾った。そう考えるのが妥当だ。前王妃を一番に慕っていたのは彼女だろうしな。」
「なんでそんなこと?」
「言っただろう? 動機を解明するのは非常に困難だ、と。」
つまり、わからんってことだな。
「ほぇ。じゃあ、明日はとりあえず南京錠を借りてきますよ。鍵の方も。」
俺がそう言うと、
「そうしろ。」
と一言答えて、お嬢様は夢中で経典を読み続けた。