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交渉2

間一髪のところで、雨音を救出した一行は、無事に基地へと帰還すると、盛大な歓声で迎えられた。


命を賭して戦った末に、目的の対象の保護を達成できたのだから無理もない。


ただ、一命を取り留めた雨音本人は、只ならぬトラウマを植え付けられたのか、寝床に伏せると、毛布に(くる)まって、出てこない。


救出できたとはいえ、本人がこんな状態では素直に喜べない。


周囲の歓喜の声が次第に元気なく(しぼ)んでいく。


勝ちとも、負けとも、判別がつかず、ただ口を閉ざし、雨音の状態を見守るばかりであった。


なんとも居た堪れない空気があたりを漂う。


俺は、彼らの様子をしばし眺め、颯爽と基地から離れる。


居こごちの悪さから一刻も早くその場も立ち去りたい気持ちがなかったかと言えば、嘘になるが、その場に留まっているわけには、いかなかったのも事実である。


勿論、あの化物のことである。


実のところ、あの撃退方法は、博打に近い。

されど、奴の逆鱗に触らず、穏便に済ませるのであれば、あの方法が最適解であったのも事実。

正直な話、あの場面で奴が退いてくれるのは、五分だと思っていた。


まあ、正確に言えば、奴の気まぐれ。

気に食わなかったら殺すし、飽きたのなら見逃す。

そんなレベルの話。


されど、五分を引き外したら、俺以外は軒並み死んでいただろう。


それだけは、傲慢(ごうまん)でも不遜(ふそん)でもない。

ありえた話であろう。


まあ、結果五分を引き当て、全員が無事であったのだから、それでいい。


だが、問題はこれからである。


あの化物の()を知る者からすると、放し飼いにしておくのは、自殺行為であり、ある意味で、村との心中を図るに近い。


残念なことに、この表現は、大袈裟でも、誇張でもない。


それほどにヤバい奴なのだ。


一刻も手を打たねば、手に負えぬ事態に陥ることなど目に見えていた。


そんなわけで、人目を憚って、誰にも視界の入らない完璧なタイミングで基地から抜け出したはずなのだが、俺の背を追ってくる者が一人。


忙しなく足を動かして、駆けてくる。


「ちょっと、どこ行くのよ。」


振り返れば、赤い髪の千優がそこにいた。


「少しな。」


明後日の方向へ指をさし、直ぐに戻るというニュアンスをつけて答えた。


まあ、正直、直ぐに終わるような問題ではなく、戻るつもりもなかったので、平然と嘘をつく形となった。


「ふうん。そ。」と、あちらも曖昧な表現で返して会話は、途切れる。


これで、ひと段落ついたと俺は、勝手に思い込んでいたのだが、何故だか少女は、俺の背を追ってくる。


俺的には、あの言葉に、俺のことなど気にせずに帰ってくれて構わない、と意味を込めたつもりが、まるで通じていない。


静かなのは、いいが、ずっと付き纏われるのも、些か煩わしいものだ。


早く去ってほしい思いで、その少女に言葉をかける。


「どうした、先に戻ってもらって構わんぞ。」


「いえ、気にしないで。私の好きでやっているだけだから。」


「はあ。好きで尾行していると。」


大袈裟に溜息をついて、聞き返す。


なっ、、、と、少女は狼狽し、さも不満げに捲し立てる。


「なに、勘違いしてるのよ。アンタに興味が湧いたから追ってるだけよ。別に、好意を寄せてるわけじゃないんだから。アナタなんて恋愛の対象にもならないわ。」


・・・なんて、面倒な奴に絡まれてしまったのか。


無意識のうちにため息が出る。


無駄なことに時間を割いてしまった。


この少女に話しかけるのではなかったと猛省し、即座に(きびす)を返し、歩み始める。


「ちょっと。」


ガン無視されたのが腹にきたのだろう。

足を止めてもらおうと呼びかけたのだろうが、その手には乗らない。

しかとを決め込む算段でいた。


「そっち、指さしていた方向とは、違うわよ。」


・・・


一瞬、時が止まったかと錯覚した。


正直、目的地が定まっていない為、あの時に指さしたのは、その場しのぎの出鱈目以外の何物でもない。

そういう意味では、踏み出した方角が、まったくもっての見当違いというわけでもない。


ただ、面倒なことに、感のいいコイツは、俺の嘘を見抜き、更に疑いの目を向ける。


俺は、その眼差しから逃れる他なかった。


「ほら、、、アンタ何か隠してるわよね。」


もう、こうなったら、意地でも無視を貫き通す以外にない。


錯覚により硬直した体を解凍し、向きを変えることなく歩き出す。


「待っ、待ちなさい。」


そんな呼び声がして、、、、、あれから30分あまり。


燦々(さんさん)と照り焼ける灼熱(しゃくねつ)の下、気を抜けば足を取られる砂漠地帯を歩くだけでも、甚だ疲れるというのに、、、


先程から背後からの串刺すような視線が痛い。

それはもう、獲物を射程に捉えた猛禽類と同等の視線である。

そして、背筋を震え上がらせるほどの、憤怒のオーラが背に迫る。


もう、一種のホラーである。


こいつは、どこまで追いかけてくるのだろうか。

もう、そろそろ辞めてもいい頃合いであろうのに。


いや、この手の奴は、相手が折れぬ限り、諦めることの無い人種か。


俺が負けを認めぬ限り、この茶番は続くわけか。


その結論に辿り着いて、又もや溜息をつく。


そして、意を決し、ハタと歩みを止めた。


振り返れば、「案外、早かったじゃない。」とでも言いたげな得意顔が、そこにはあった。


されど、その表情を無視し、切り出す。


「すまんが、帰ってくれないか。」


「へえ。さっきまでシカとを決め込んでいたのにもかかわらず、今度は、お願いですって。それで、私が、「はい。分かりました。」とでも言うと思ってんの。アンタ、ほんと、どんな神経してるのよ。」


千優は、怒りのあまり、思いのままに俺に食い下がる。

順当にして、当然な怒りであった。

これに対しては、正当すぎて、ぐうの音も出ない。


すれば、、、


「どうして、そう逃げるのよ。」

「どうして、そう邪険にするのよ。」

「どうして、そう視線を逸らすのよ。」


と、不満の嵐。


・・・ああ、五月蠅(うるさ)い、五月蠅い


よくもまあ、こんなにも止めどなく愚痴を溢せるものだと、場違いな感想を抱きながら、帰るよう促す。


されど、単に鬱陶しがられると捉えられ、帰る素振りすら見せない。


はあ。と、大きな溜息をついて告げる。


「あのな、これは断じて冗談などではない。即刻、帰らないと酷い目にあうぞ。」


まるで、駄々をこねる子供をあしらうように、そう告げた。


されど、それでも帰る気配はなく、まだ聞きたいことが残っているらしい。


この馬鹿にでも通じるレベルで物事を話してやったというのに。

生まれてこの方、こんなにも懇切丁寧に説明してやったことはないぞ。


顔と態度で明らかに嫌悪なムードを放ったが、それでもコイツは怯まない。


「どうして、一つも答えてくれないのよ、、、。まあ、いいわ。本題は別にあるの。」


一拍おいて、少女は切り出す。


「ねえ。アンタ、、、あの化物をどうやって撃退したの。」


それは、これまでの俺の言動に対する不満を示す問いとは、まるで違う、素朴で純朴な疑問であった。

どこまでも純粋で、憧れに近い期待の眼差し。


その、真剣さに言葉が詰まる。

しばし悩んで、ありのままを告げる。


「すまんが、あれは、運としか言いようがない。」


そう淡々と告げる。


コイツはさっきこれが本題と言っていた。

ならば、これの回答を聞けたとなれば、俺は用済みであろう。

さあ、さっさと、この場を離れようか。


間髪入れずに、少女に背を向けて再び歩きだした。


ーーーされど、、、


「ちょっと、、、ねえ。どうして、それで、私が納得できると思ったのよ。アンタ嘘つくにしても、もっとマシな嘘あるでしょ。」


呆れたという表情で、その場を去ろうとする俺を引き留める。


「あの場面で、あの化物が自ら身を引いただなんて、そんなふざけた話、誰が信じるのよ。

どうせ、アンタが小細工を仕掛けて、撃退させたのでしょ。その小細工について、私は知りたいのよ。」


不満を露わに、早口で(まく)し立てる。


・・・残念なことに、そんな巫山戯(ふざけた)話が、この世には存在してしまう。


まあ、確かに、あまりに運だけであの場を凌いだことを信じろと言われたところで、戸惑いを覚えること事態、理解が及ばないわけでもない。

が、事実、今もなお、燃え続けるその命が、その奇跡を雄弁なまでに証明しているのだから、少しは信じてもらいたいものだ。


「期待のいく答えでなくて悪かったな。だが、()()()()()言いようがない。」


とても不服そうな表情を隠しもせず、切羽詰まったように問いかける。


「ねえ。もし、その技術が専売特許なら甘んじて受け入れるわ。だけど、そうでないのなら、教えてほしい。どうせ()()、また起き上がるんでしょ。あの悲劇が再来した時に、為せることを知っておきたいの。」


しがみつくように、縋るように、懇願する。


「刃を交えることなく怒りを鎮めた、アンタの戦い方は、私の()()だから。」


ともすれば、聞き逃しそうな声量で、そう付け足した。


何故だか、彼女の中で、あの撃退があらぬ方へと美化されている。

加速する勘違いを早めに訂正せねば、悪化する予感が酷くする。

されど、ただ突っ立っていた状況を、どう懇切丁寧に説明しろというのか。

馬鹿馬鹿しい。


そろそろ気が立ってきた。そろそろ、この無駄話もやめにしたい。


「あのだな。世にはだな、知らない方がいいってものが、ごまんと存在する。ここいらで、手を引いておいた方がいい。いずれ、後悔する羽目となるぞ。」


それは、俺にありの不器用な優しさであった。

だが、そんな高度な思いやりが、この少女に 汲めるはずもない。


「なにそれ。はぐらかそうと、してるつもり?私には、そういうの通用しないから。」


どこか、誇らしげに告げる少女は、尚も続ける。


「あのね。私はね。ただ、協力したいって言ってるの。別に仲良くしたいって話じゃないの。パーティーというのかしら。アレを無力化するまでの一仲間として、私を加えてほしいって頼んでんの。」


取り繕った言論ではないだろう。そう思わせる迫力と鋭い眼差しが、そこにはあった。

だが、いや、真剣な彼女こそ、そういう類に巻き込ませるわけにはいかなかった。


始めから何ら関わらない、己で定めた基準は一貫してこそ価値がある。

例外は、認められない。


「すまんが。その申し出は、受け取れん。」


端的に返した。

すれば、彼女が食い下がる。


「どうしてよ?一人よりも、二人の方が効率的に事を進められる上に、負担を分割できるじゃない。」


今にも胸倉をつかんできそうな勢いで、彼女はなおも続ける。


「確かに、アンタより戦力は劣るかもしれないし、迷惑かけるかもしれない。けど、根気ならアンタにだって負けないわ。たとえ、一人になっても戦ってみせるわよ。女だからって見くびってもらっては、困るわ。」


彼女は、そう畳み掛けるように口にする。


「勘違いするな。見くびってるわけでも、嫌ってるわけでもない。どうしても、一人で決着を着けたいのだ。」


千優の言いたいことは、良くわかった。

客観的な視点からすれば、非常に理のかなった策だろう。

だが、しかし、それは、あくまで常識範囲内での有効打である。


アレを相手にするとは、即ち、未知。

即ち、既存の策がまるで、通じないことは、ざらにある。


よって、その策を提案した彼女は、アレについては無知だと表明したも同義である。

素人を庇えるほど、この世界は甘くない。

やはり、あらゆる観点からしても、専門の俺だけで、事を成し遂げたい。

その思いを告げた。


が、そんなことで、引き下がらないのが、この少女である。


「どうして、そうまでして一人に拘るわけ?」


「本当のことを告げてもいいのか?」


一つトーンを落として応答すると、少女はゴクリと唾を飲み込んで神妙に頷く。


「端的に言ってしまえば、お前に場を荒らされる恐れがあるからだ。」


彼女は、絶句した。

程なくして、我に返り、不満を口に出す。


「なっっ、、、。なにそれ。私が、そんな幼稚なことをするとでも思ってんの?」


「ああ。」


「ああって。ホントむかつく。」


彼女は怒りに奮起する。

だが、俺は諦めるよう諭す。


「お前には、何が必要で、何が不必要なのかも、見分けがつかんのだろう?なら、知らぬうちに、重要なものを壊す恐れがあるのだぞ?」


これには、彼女も言葉を詰まらせる。

頬を膨らませて、意地でも、反論したいと頭を働かせているのだろうが、無駄なものは、無駄である。


「ようは、好き勝手動かれて、予想だにしない現象が起きると困るんだ。俺の我儘に免じて引いてくれ。俺に一任しておけば、問題ない筈だ。」


未だに、アワアワと口を忙しなく動かして、一言お見舞いしてやりたいと、粘っている。

俺は、そんな少女の様子を傍目に、最後に確認の意を取る。


「よくよく、肝に銘じておけ。アレには、手を出すなよ。」


「わっ、わかってるわよ。」


酷くぶっきらぼうな声色であったが、肯定したのだと認識し、少女を後にした。

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