少年兵
快斗が姉を連れてくるのを待つ間、てきとうに地下内を散策した。
個室、通路を含め全体的に狭い。
武器を貯蓄し、仲間を介護し、この地で生活するとなると億劫だろうに。
次に、通路全てに足を運び、出ていく先を把握した。
粗方散策を終え、大体の土地勘はつかんだ。
そして、基地全貌が見渡せる完璧な立ち位置の把握も怠らない。
そうこうするうちに太陽が傾き始めた。
まだ、快斗は戻ってこないのだろうか。
打ち合わせを済ませておきたいから早めに戻ってきてほしと願いつつ、俺も基地へと戻る。
しばらく暇をもてあそんでいたら、帰ってきた。
来たのは三人。快斗と、その姉の雨音と、赤髪の千優。
雨音は、相変わらず、おっとりとした性格なようで、「前会った人かな。」などと呟き、ここに連れてこられた理由を分かっていないようだ。
まあ、いい。
それよりも問題はコイツ。
・・・何故赤髪がいる。
千優は雨音の前に立ちはだかり、警戒心をむき出しにして俺を睨む。
指一本触れさせることすら許さないという気迫。
・・・俺はなんでここまで嫌われているのだろうか。
何かしたのでは、と疑ってしまうレベル。
物理的に雨音という名の少女に近づきたいのだが、赤髪が付き添ている以上、俺が手出しできない。
監禁だと言い過ぎになるが、少なくとも勝手に外出できないように行動を制限したいのだが、、、、、
赤髪がべったりくっついている限り無理そうだ。
まあ、これはある意味俺が監視しなくても、赤髪が見張ってくれるわけで、何とかなるかもしれない。
不安が消えないわけではないが、地下から移動しないことを約束させる。
ホントに分かっているのか不安になる返事しか返ってこないが、それでよしとしよう。
それから快斗としばし作戦を共有し、下見をしたとはいえ、まだ、土地に慣れていない俺は基地周辺を見張るとして、他の奴らには普段通り村中へ散ってもらった。
俺も遅れはしたが、日の入り前には配置につく。
次第に日は沈み、世界に取り残されたかのような暗闇となった。
・・・正直賭けだな。
村中の子供を守るとなると、一人では手が回らないから、一部は、他のものに託すしかない。
けれど正直、あの砂嵐に対抗できる技量を持つものがあの中にいるとは思えない。
申し訳ないけれど、それはどうしようもない事実。
俺の目の届く範囲では守ることが可能だが、範囲外で犠牲が起きたのなら致し方ないのも事実。
雨音を餌にして砂嵐を釣る作戦も赤髪が見張っている以上、無理な話。
つまり、俺の目前に砂嵐が起きることを祈るしかないのだ。
そう思考に耽っていた。
そのときだった。
ピクリと肌が反応し、脳が危険を察知した。
・・・何か来る
違和感の先を見据える。
夜目の利く邪眼の目で凝視。
ピントを数キロ先に合わす。
すると、黒のローブを纏った影が多数通り過ぎていくのが見えた。
・・・しまった
状況を理解するや否や、基地に向けて走り始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・・・何故だ、何故だ、何故ばれた
敵の進行を見るに間違いなく基地へと進んでいる。
手段は皆目見当がつかないが、間違いなく情報が漏れたのだ。
教徒に歯向かう反勢力が集まる場所、すなわち快斗達が根城とする基地が。
大勢で来ていることから察するに、調査とか捜査ではなく消滅。
つまり、嫌疑をかけに来たのではなく、燻る火種を根絶やしに来たのだろう。
補充物資を、彼等の命を、基地そのものを壊すために。
『教徒』に目をつけられたという理由だけで、、、
・・・ふう。
ドクン、ドクンと高鳴る心臓の鼓動を無理に抑えながら一息吐く。
まだだ。まだ終わった訳じゃない。
俺の察知能力は、逃亡の身となって磨き上げていったもの。
教徒が奇襲をかける前に気づけた。
それは、すなわち猶予ができたということ。
確かに、教徒に先制を許したのは痛いが、手も足も出せずに終わるのではなく、迎撃する機会を得られたと捉えよう。
・・・せめてアイツの姉貴だけでも逃がさねば、、、
瓦礫近くとはまた別の、スラム近くの円盤を外して中に入り、通路を駆け抜ける。
全力疾走のまま基地内に飛び込んでいく。
そして、すぐ目に入った快斗に弾んだ息のまま快斗に問いかける。
「あの少女達はどこだ。」
「2人なら、あっ、、あっちに。」
突然の問いかけに、シドロモドロになりながら快斗は指をさす。
俺は弾かれたように指された方角へ走り出す。
すれば、数秒とかからず対象を見つけた。
赤髪の少女と目が合う。
相変わらずの警戒心で接近を許さぬ殺意。
けれど、今そんな事を言ってる場合ではない。
「悲報だ。教徒が来る。裏手から逃げろ。」
手短に、淡々と告げた。
警戒心は未だ解けていない。
けれど、俺のただならぬ表情で状況を察したのだろう。千優が雨音に語りかける。
「雨音。走るよ。」
千優は、手をとって走り出す。
「えっ、うん。」
雨音は、途惑いが抜けていなかったが、引っ張られるままに走り出す、、、
ーーーーー筈だった。
ドタドタと複数の足音が地下に響いて木霊する。
「緊急事態、緊急事態。
教徒と思わしき者たちが基地を包囲中。
手の空いてるものは、例の準備を。」
基地周辺を監視していた者が、緊迫した声色で伝令する。
・・・なっ、、、もう、そこまで、、、
教徒の出所が不明ないじょう、雨音を基地という今現状一番安全なところに置いておきたかった。
けれど、想定外なことに教徒は、根絶させる勢いで、奇襲をかけてきた。
そうとなれば、包囲される前に彼女を逃げさせえるのが吉だと見た。
教徒の動きが分かった以上、彼女を定位置に止めておく必要はない。
それに、籠城で消耗戦を繰り広げるよりかは、逃亡を図る方が生存率が高いと見たからだ。
けれど、それは、基地から離れるのに猶予がある場合のみであり、基地から逃げたところを教徒に見られたのならば、計画が白紙になってしまう。
安全に逃がすのであれば、しんがりに似た犠牲が尽きないであろう。
思い通りにいかない戦況に、唇を噛んだ。
すると、またも新しい足音が次々とやってくる。
どうも村の警備に当たっていた少年兵が戻ってきたらしい。
彼らが言うに、同じく異変を察知したとのこと。
いつもこの時刻ならば、影が一つや二つ現れておかしくないのに、、、今夜は一つもいないと、、、。
もしかして、基地が狙われてるんじゃないかと、、、。
嫌な胸騒ぎが彼等を突き動かしたらしい。
遅れて、異変を察知した二人の少女も戻ってきた。
赤髪の少女によれば、包囲網を突破できなくもないが、護衛一人であの量に追われたら、流石に凌ぎきれる自信がないとのこと。
その判断に咎めるつもりは無いし、寧ろ正しかったと言えるかもしれない。
けれど、対象がまだ奴らの手に渡らなかっただけで、状況は悪化。
此方は、数が不利な上に、殆どが未成年。
対象である天音を逃がそうにも退路は塞がれ、出来そうにない。
それに、、、今夜はまだ砂嵐は出現にしていない、、、。
このままでは、ジリ貧で降伏するのが目に見える。
何かせめて、傷跡だけでも、、、。
雨音という少女に、あれだけ執着があるのだ。恐らく、敵の狙いは、彼女だろう。
ならば、彼女を逃がせれば、恐らく敵の計画は狂う。
そう。
彼女さえ安全圏にまで逃げさせば、、、どうとでもなる。
けれど、、、
トンボ返りで戻ってきた少年達を
幼き手で村の治安を守ってきた者達を
正義と誇りを胸に、強靭な敵に立ち向かう彼らを
死なせることとなる。
ゆっくりと見回して目を伏せた。
活路を見出だせと
犠牲になれと
そんな芸当を彼等に出来るのか
そんな責務を彼等に背負えるのか
そもそも、そんな事を口にして良いのだろうか、、、
世界は甘くない。
生命に優しくはない。
何かを成す際に、犠牲はつきものだ。
誰も失わないなんて欺瞞だと分かっている、、、。
そんな逡巡に陥った。
けれどそんな思考を、1つの声が引き裂いた。
「皆の者、よく聞け。奴らの狙いは、海原雨音である。故に我らの任務は、対象の庇護及び逃亡の手助けである。皆、迎撃地点に着け。」
緊迫がありながら、冷静さを感じる声の出所は、快斗だった。
その掛け声も空しく、彼らの顔色は悪い。
「これまで、奴らにいいように踊らされてきた。いいように俺たちの村を荒らされた。
未だ、奴らに痛手を負わせることも、奴らより優位になったこともない。
その上、今現状、奇襲に気づけず、この有様だ。
この場を凌ぐことすら危ういかもしれない。
あまつさえ、巻き返すだなんて、夢じみた話に聞こえるかもしれない。
或いは、勝機が見いだせない戦いに無意味に感じるかもしれない。
けれど、それでも弱者を守るのだ。
その誓いを命果てるまで遂行せよ。」
一息ついて、快斗は先ほどの険しい表情を崩して、穏やかに告げる。
「なんたって、俺らが、戦う理由なんてそんなもので良かったじゃないか。」
その言葉が少年兵たちに強く響いたのだろう。
空気が変わった。
部外者である俺は知る由もない。
けれど、彼らにとって、その言葉は絶大だったのだ。
彼らだって、初めは見知らぬ者同士で、昔は、共に戦うなど思いもせぬ日があった。
けれども、奴らのせいで怯える者が、泣く者が、悲しむ者がいた。
そんな者達を自分の手で守りたい。
そんな若い同志が集いあい、手を取り合った日があった。
そんな特別の日。
ーーー弱者を守る。
俺らが戦う理由なんてそんなものでいいじゃないか。
そう。胸に誓い合った。
奴ら相手に、挑む意義がこんなものでは、拍子抜けかもしれない。
少なくとも、崇高ではないのだろう。
けれども、あの日の彼らにとって、ぴったりであり、ストンと胸に落ちたのだ。
あの日は、光に満ちていた。
共にいると、俄然やる気が湧いて、何故だか、奴らを凌駕できる気がした。
そして、いつしか、奴らを駆逐できる日が来ると、そう希望に満ちていた。
そんな日を。
教徒の猛攻に動揺したとはいえ、どうして、そんな大切な誓いを失念していたのか。
けれども、快斗の言葉をきっかけに、あの日を蘇らせることができた。
ならばもう、怯えることはない。
「奴らに一矢報いてやろうぜ。」
快斗が挑戦的な目で、仲間に呼びかける。
「総員、銃を。」
彼の声に従い、皆保管庫に出向き武器を携えていく。
武器を受け渡していく最中、じっと我慢していたが我慢の限界を達したかのように口を開けるものが、
「なにそれ、まるで最期みたいじゃない。そんなの私、許せーー
千優の抗議を遮って、快斗は話し出す。
「僕らで活路を開きます。そのうちに姉を。」
日々の伝達ばかりの声色で快斗は言葉を紡ぐ。
その声色に、怯えや未練などはない。
けれども納得いかない、千優が矢継ぎ早に話す。
「待って。待ちなさい。どうしてそうなるのよ。まだ、あなた達は何も成していないじゃない。こんな所でーー」
「千優さん。」
語気を荒げて快斗は遮った。
「すいません。怒鳴ってしまって。けれど、分かってください。」
そう言って、擦れ切った戦闘服であるが、それなりに身なりを整え、背筋を伸ばす。
「お世話になりました。けれども、もう一つ頼みがあるのです。」
すーと息を吸って、覚悟の籠った口調で話す。
「姉を頼みます。」
あまりの真剣さに圧倒され、千優は息をのむ。
「僕らが先に仕掛けます。ですから発砲を頼りに逃げてください。」
また、日々の情報伝達でしかない口調で快斗は告げる。
そしてようやく、赤髪の少女は、余程出したくなかった言葉を口にする。
「雨音、行くよ。」
「で、、、でも。」
「行くよ。」
雨音の逡巡を許さぬ語気で、赤い髪の少女は言い放った。
そして、二人は裏口へと向かう。
それと同時、全ての者に銃が行き渡った。
まだ成熟しきらぬ幼き手は小刻みに震えている。
きっと、銃の重みを知ってのことだろう。
けれど、目に怯えの色はない。
ただ、闘志に燃えていた。
「僕が何日もかけて練り上げて敷いたシフトで敵を迎撃します。なので、あなたは、空いた枠に入ってもらいます。けれども、無理強いはしません。ですので、可能な範囲での援護のほう、頼みます。」
快斗は、そう告げると、ご丁寧なことに銃を俺に渡す。
「ああ。」
短く、答えた。
快斗が先陣となって、幼き勇者が戦場へと足を運ぶ。
常日頃から練習してきたのは、嘘で無いようだ。
キビキビした動作で、予め決めた配置にそれぞれ散り散りに移動していく。
その間、僅か一分に満たない。
とうに配置を終え、皆がスコープを覗き込む。
奴らが射程範囲に足を踏み込んだと同時。
ーーーパン
乾いた音が砂漠一帯に響き渡る。
直後、怒号と銃声が入り混じる戦闘が始まった。
教徒からの無数の銃弾。
すかさず、此方も弾幕を張る。
瓦礫を背にし、撃って、放って、また撃って。
息つく暇もなく、ただひたすらに。
数多の銃弾が交錯しあい火花が散る。
顔を出すのも憚られる銃撃戦。
降りしきる銃弾に、止まぬ銃声。
しばし、熱戦を繰り広げたところで。
「どこだ救護班。コイツの手当を。」
「誰か、左翼の援護を頼む。」
「弾薬の補充を。」
次々と要請の声が飛び交った。
始めは、補い合えた連携が、徐々に鈍く、そして滞っていく。
皆、自身の配置を持ち堪えるだけで精一杯なのだ。
仲間といえど、他人を助ける余裕がないのだ。
そんな助けを求む声は虚しく響くだけ。
・・・状況が芳しく無い、、、
何か策は、と頭を捻るも何一つ思い浮かばない。
けれど、、、、、敵は待ってはくれない。
じりじりと追いつめられる俺たちの状況を見破られたのだろう。
無数の影が此方目掛けて走り出してきた。
仕掛けられたのだ。
命覚悟の特攻を。
影の向かう方向へ視線を動かす。
・・・まずい、、、
影の進行方向は左翼。
つまり手薄になった所だ。
この特攻で、かたをつけるつもりなのだろう。
侵入を少しでも許さぬためにガムシャラに銃を放つ。
けれど、その甲斐も虚しく、瞬く間に教徒の占拠を許した。
そして、意を決した声がした。
「左翼、壊滅。皆、引き上げろ。」
快斗の声に、皆が従う。
・・・どういうわけか。
一見、しっぽを巻いて逃げ出したかのように、見えるが、快斗の目にまだ光が残っていた。
それは、まだ策が残ているのと同義。
まだ、この戦いを諦めていないのだ。
彼等の逃げ惑う様に、異を唱えたくはなったが、グッとこらえて我慢する。
そのまま、基地へと戻った。
撤退した者たちは、何やら策へと向けて動き出す。
忙しなく行きかうとはいえ、確実に少ない。
目に見えて、数は減っていた。
けれども、彼らは嘆く間もなく、次に備えていく。
そうだ。まだ悲観する時ではない。
この基地は、何と言おうと狭いところが特徴だ。
基地に侵入する通路のサイズが、いずれも子供だけが通るために設計されたかのような狭さだ。
確かに、侵入は、甚だ難しく、守備には、もってこいな造りだ。
ただし、懸念を上げるとしたら食料。
確か、備蓄は底をついてるはずだ。
長期戦となる籠城戦は、無理。
ならば、何を狙っているというのか。
訝しげな目を快斗に向ける。
さっきからやたら手の込んだ錠を解き何かを懸命にこなしている。
そんな手無沙汰な俺を見て、相変わらず手を動かしたまま、種明かしと言わんばかりに話しだした。
「今現状、誰の目から見ても、僕らが劣勢です。これには、強がろうにも強がれません。変えようのない事態です。けれども、ぶっちゃけ、こうなる事は、はなから分かってた。こうなる状況を、予測するのは、難くなかった。だから、僕は、手の届かぬ勝利よりも。確実な相討ちを目指したのです。」
続けて、話す。
「基地をこの地に選んだのは、人目を憚るためでもありまが、第一の理由ではありません。何よりも、誰かを巻き込まみたく無かった。だから、この外れた地を選んだのです。奴らの墓場となるはずのこの場所を。」
すると、あからさまに、トーンを落として続ける。
「相討ちと言っても、奴らを誘い出さねば話になりません。付け入る隙を見させて、けれどもあからさまに罠だと感づかれない、絶妙な配置。そこで、左翼には、敵を誘き出せる器用さのある、精鋭に任せたのです。いざとなれば、単独で敵を蹴散らせる程の強者に。」
己の罪を明かすように、告げる。
くぐもった表情から後悔が見て取れる。
けれど、暗い顔も束の間、覚悟を決めた男の顔に戻る。
準備が完了したのだろう。
手に何やら、スイッテのようなものを握っている。
「その任務を受け持ってくれと頼むと、拒むことなく、快く引き受けてくれました。それは、死んでくれと同義であるにも関わらず。
アイツラは勇敢でした。不甲斐ない僕についてきてくれました。彼らがいなければ、この策は実らない。」
快斗は呼吸を正し、一息で決意を示す。
「だから、此れは成さなければならない。他の誰でもない、この僕が。」
ーーーカチリと、音がした。
ーーーーーーーーー
耳を劈く轟音と、地震かと錯覚する程の衝撃波が砂漠一体に響き渡る。
時間にして数秒と満たなかったのかもしれない。
けれども、足を竦ませる揺れが異様に長く感じた。
程なくして静寂に包まれたーーーその最中
「皆、行くぞ。此れより反撃開始だ。」
快斗の掛け声が響く。
皆も遅れまいと、快斗の背を追う。
基地から飛び出して、ポカリと空いた穴がすぐ視界に飛び込んだ。
穴には、無数の骸が無作為に転げ落ちている。
言われずとも、あの爆撃の賜物であると分かった。
その先に、爆撃を辛うじて躱した敵が、何事が起きたか理解が追い付かず呆然と立ちすくんでいる。
奴らに情けをかける暇もなく、奇襲をかけていく。
一人残さず確実に。
・・・なんと、逞しいことか
バタバタと敵を薙ぎ払う彼等の様子を見て、そう感じられずにはいられなかった。
快斗が最後の影に手をかけ、圧倒的不利な戦況を盛り返し、見事勝利を捥ぎ取った。
それと同時、皆がドサッと砂に膝をつく。
緊迫した状況から解放されて安堵し、疲れがドッと押し寄せてきたのだろう。
地べたに寝転がるもの。
勝利を噛みしめるもの。
仲間を追悼するもの。
それぞれが、勝利の余韻に浸っていた。
援助として共に戦った仲だが、どうにも部外者だと感じさせられて、その場を離れることにする。
向かった先には、骸が無残に転げ落ちる穴。
隕石でも落ちたのかと錯覚する程の大きな、大きな穴。
これが、彼の言っていた切り札というやつなのだろう。
あの爆発が敵の半数以上を葬った。
少なくとも、此の策がなければ、負けていた。
あの危機的状況からひっくり返す程の威力。
仲間を犠牲に払ったとはいえ、勝利は勝利だ。
彼らの作戦がと言えよう。
墓場と化した穴を睥睨する。
・・・もう、終わったんだよな。
そういう意味を込めて生き残りが居ないか見渡した。
ーーーその刹那。
パラパラパラ
そんな乾いた音と共に、殊更、奇妙なことに砂が崩れ始めた。
何事かと気を引き締めるも、ゴゴゴと、けたたましい音に冷静さを失った。
激しい揺れが砂漠一帯を襲う。
ーーー真に目を疑う程の異様な光景であった。
穴の奥底から、大量の砂粒が天空を穿たんとばかりに舞い上がる。
それは、まるで砂が意思をもったかのよう。
あまりにも、異常な状況に為すすべがない。
異様な現象に遅れて、快斗が駆けつけてきた。
名状しがたい光景に、二人の視線が交錯した。
すれば、共に頷き合う。
言葉を交わさずともわかる。
あれは、もう人間の所業じゃない。
けれど、大量の砂を操り、嵐のように吹き荒らすことの出来るなんて、奴しかいない。
既に、快斗は、戦闘態勢に入っている。
その顔には、あの爆撃でやれなかった悔しさと、仲間の仇を討てる機会を得れた歓喜とが入り交ざる何とも複雑な表情。
けれど、怯える様子は、一欠けらもない。
・・・これなら、挑めるかもしれない。
既に、注視していた前方に、人型らしき影がむくりと起き上がった。
その人影が腕を払うような仕草が見て取れた。
その一瞬。
腹部に尋常じゃない圧がかかる。
気づけば、地から足が離れ、宙を舞っていた。
・・・なっ
いとも簡単に人を吹き飛ばせるというのか。
何という脅威。
いや、この際、そんなことは、どうでもいい。
俺はどうとでも回避できるが、吹き飛ばされた彼には、落下の身構えをできる程、余裕はないだろう。
手を差し伸べねば、落下死は免れない。
宙に舞うと同時、俺は腕を伸ばして、快斗を引き留めた。
ズザザザザザザ
彼を庇うようにして、背から着地する。
擦れた箇所がジンジンと痛む。
けれど、なんてことはない。
外見上でしかないが、兎に角、彼の命を守れたのだ。
上出来であろう。
当の本人は、ショックのあまり失神し白目を向けている。
まあ、強烈な圧をかけられたのだから無理もない。
ただ、戦場の最中、眠られると困る。
直ちにはたき起こす。
「はっ、うわ。」と何とも腑抜けた声を出して、快斗は、夢から醒める。
チラチラと周囲を窺って、ぼそりと呟く。
「あれ、ここは、、、。どうして僕は、ここに。」
覚えの無い場所で戸惑いを隠せないでいる。
まあ、前後の記憶がつながらないだろうから、無理もない。
吹き飛ばされる所から覚えてないのだろう。
教えてやろうかと口を開けようとしたら。
「ここまで、飛ばされたわけですか。いやはや恐ろしい。死ななかったのは、不幸中の幸いと言えましょう。」
どう推理したかは、謎だが、自分で事の顛末を解き明かせたらしい。
逐一説明するまでもなかったと、感心していた所。
「奴は、どこ行きました。」
真剣な表情で、快斗は俺に問いただす。
「まさか、殺してくれましたか。」
少し期待の色が混じった目で見つめられた。
けれど、その期待に応える応答はできない。
寧ろ、その逆、、、
「いや、逃げられた。」
そう。あの爆風は、俺らを殺すためではなかった。寧ろ、奴にとって逃げるための時間稼ぎでしかなかったのだ。
まるで、俺らのことなんか眼中にないとでも言うかのように。
すると、突然、快斗の顔から血が引けていく。
表情が青ざめていくのだ。
「それって、些か、まずいのでは。」
長い間があいて、俺は短く告げる。
「かもな。」
そう、言葉を濁した。
心の中では、分かっていた。
奴ほどの強敵が、俺たちに怯えしっぽを巻いて逃げたはずがない。
それは、標的がいるということに他ならない。
ならば、その獲物に向けて、走り始めたとみるべきであろう。
そう。そもそも、奴の標的は、はなから俺たちではない。
雨音という少女、ただ一人。
ならば、向かった先は、彼女のもとであろう。
けれど、そう直で話すのが躊躇われた。
青ざめる彼に事実を告げるのが戸惑ってしまったのだ。
賢い彼なら、すぐに、奴の動きを読めることだろう。
なのに、なのに、俺は、濁してしまった。
「かもなって、、、それは、姉が危ないという意味ですか。」
言わんこっちゃない。
既にもう、彼は導き出していた。
今の状況を。そして、姉の危機を。
コクリと力なく頷いた。
ギリ。
強く噛みしめる音が響く。
快斗が歯ぎしりをしたのだ。
恐らく、詰んでいることを悟ったのだろう。
今現状、砂嵐の行方も、姉の居所もわからない。
それは、つまり俺達には手も足も出ないのだ。
出来ることと言えば、雨音と共にする、赤髪の名を千優だとかいう少女に託すぐらい。
結局のところ、姉の窮地を知ったとて、できることは何一つないのだ。
同じ心境に至ったはずだ。
・・・何を成せばいい。
何とも苦痛な沈黙が続く。
すると。
「快斗オォォォ。良かった。お前は無事で。」
そんな大声が耐えがたい沈黙を破る。
声の出所に目を向ければ、なにやら快斗の仲間の一人が駆けてくる。
「お前、それ、、、、、どうした、、、。」
けれど、快斗は絶句する。
無理もない。駆け付けた少年は、元気ある叫びとは裏腹に腕に大傷を負っていたのだ。
患部を手で圧迫し止血を試みているようだが、血はとめどなく溢れている。
「ああ、さっきのをモロに食らっちまって、このザマだ。けれど、まだ俺はマシな方だ。更に酷いやつだっている。救護のほう頼まれてくれないか。」
どうもこの少年は、自分の怪我なんかよりも、主である快斗に救援の要請を優先し、ここまで、もたつきながらも走ってきたらしい。
申し訳なさげに助けを乞う。
「分かった。怪我人のもとへ連れていけ。」
そう、快斗は答える。
小走りすることしばし、、、そして、惨事を知ることとなった。
開けた砂漠の大地に、散り散りに飛ばされた少年兵が横たわる。
中には、辛うじて蠢いて必死に助けを乞う者がいるが、ほとんどは、凍ったように動かない。
残念ながら、先程の風で、多くのものが落下死したのだろう。
運良く生きられたとしても、五体満足でいられるものはいない。
切り傷、骨折をはじめとする外傷で、四肢の一部が機能しない者がほとんどだ。
教徒を爆撃したと同様の惨劇であった。
あまりの悲惨さに快斗は息を呑む。
すれば、全身がワナワナと震え、膝から崩れ落ちていく。
常に冷静沈着であった彼が崩れてく。
姉が危機と悟りながらも、部下の要請を優先した。
あの時、表情からは窺いきれることは、出来なかったが、少なくとも駆け付けたくて仕方なかったのだろう。
たとえ、姉のもとが分からないとしても。
黙っていられなかったはずだ。
けれども、部下の声に耳を傾けた。
それは、たとえ血のつながる者だからとはいえ、自分のことを優先できないと、誰よりも少年の長たろうと行動だ。
ーーーそんな彼が、豹変していく。
「、、、行かなきゃ、、、。」
それは、聞き漏らしそうな声量で彼は、呟く。
そして、膝をついた体を起こし、どこへともなく彷徨い歩く。
「おい、どこへ行く。」
異常だと悟り、止めに行く。
「行かなきゃ、姉貴のもとに。、、、、、討たなきゃ、仲間の仇を。」
その返答は、誰に向けたのかも分からない。
ただ虚空を見つめ、心ここにあらずとばかりに、歩みを止めやしない。
そんな彼の姿に、俺は唇を噛む。
・・・なんて言葉をかけるべきか。
口下手な俺には、分からない。
これは、彼の思うがままにさせ、止めに事が尊重となるのか。
社交性が欠如する俺には、分からない。
けれど、一つだけ分かってしまうことがある。
心の絶望を映す、光のない、暗い、昏い目。
他人に対し、自分に対し、世界に対し、何も期待しない目。
他者に悲観し、自分に失望し、世界に絶望した目。
ーーー俺は、その目を知っている。
憤怒に満ちた目は、宿敵以外のものを映さず、
冷静さを欠いた心は、身の犠牲を厭わない。
ーーー俺は、その目を知っている。
鏡の自分を見れば、自分も同様の目をしていることだろう。
だから、その目を見ると胸がざわめいて仕方がない。
そんな目にさせてしまったことに悔いの念が止まない。
ーーー俺は、その目を知っている。
故に、その目を宿す奴の末路も分かってしまう。
彼の目に光は宿っていない、、、。
「快斗。」
こんなに、大声を張り上げたのは、いつぶりだろうか。
覚えていない。
けれど、俺が今できる声量で、彼の名を呼んだ。
ーーー彼が絶望の渦に囚われないように。
快斗は、俺の言葉にハッと我に返る。
彼は、見渡した。
皆、怪我を負っている。けれども、其れよりも彼のことを心配していることがありありと伝わった。
・・・自分がこうではいけない。
常に少年を束ね、導いてきた誇りが、壊れかけの彼を現実に引き戻す。
一息。
「皆、すまない。取り乱した。一刻も治療が必要な奴がいる。速やかに治療の準備をしろ。動ける奴は、今すぐ、取り掛かれ。」
そう、彼は、言い遂げた。
その一声で、救援活動が始まる。
微かであろうと、息の根がある者を見つけては、担架で担いで救護する。
ちりじりとなった者達を一人残らず救おうと奔走した。
けれど、実際、こんな砂漠の地に、充分な治療具など無い。
結局のところ、気休め程度の応急処置でしか無い。
皆が皆、必死になって延命に取り掛かる。
だが、懸命になったからと言って、救えない者は救えない。
そんな地獄の状況下で、更に鞭打つような事が、、、。
負傷者が次々に運ばれてくる中に、覚えのある顔が一人。
赤い髪のした少女だ。
不幸中の幸いか、彼女の容体が危篤だというわけではない。
外傷は、あるにはあるが、命に直結する程のものではない。
だが、そこだけが問題ではない。
寧ろ、運び込まれたこと自体が異常だ。
二人揃って運ばれたのならば、何も危惧することはない。寧ろ、僥倖である。
しかし、標的である雨音の方がいない。
・・・彼女はどこへ行ったのか、、、。
しかし、標的である雨音の方がいない。
・・・彼女はどこへ行ったのか、、、。
頼みにしていた赤髪の少女、今は横になっているが、その少女を見つめ、俺は歯噛みする。
遅れて快斗も駆け付けてきた。
表情には出さないが、内心では、尋常ならざるほどに動揺していることだろう。
彼女を叩き起こし、何が起きたのか、将又、雨音は無事なのか、問いただしたかった。
けれど、ずかずか行けるような雰囲気ではない。
どうしたものかと悩んでいると、当人の目がぱちりと開く。
そして、ゆっくりと体を起こし、周辺を見渡す。
周囲には、けがを負ったものが横たわり、知識のあるものが救護に徹している。
あまりに異常な光景。
遅れて、彼女は、ここは、戦場ではないことを悟る。
「待って、、、雨音は?」
それは、自問自答のように発した、彼女の第一声だった。
もう一度周囲を見渡して、、、
・・・いない、、、いない、、、いない
隣に居るべき者が、傍に居なきゃいけない人が、守るべき友が、いない。
彼女の表情が陰る。
けれど、それは一瞬。
膝からくる激痛に堪える形で、彼女は立ち上がる。
「行かなきゃ。」
そう告げて、進みだす。
「待て。どこへ行く。」
突然、歩み始めた少女を俺は制す。
「どこって、、、、、。あの子の元に決まっているじゃない。」
邪魔しないで、とでも言いたげに剣幕な表情で告げる。
「待って下さい。とにかく落ち着いて。」
遅れて、快斗が止めに入る。
「千優さん。その怪我じゃ無理だ。たとえ辿り着いたとしても、奴には敵わない。」
快斗が続けてそう、諭す。
「たとえ、そうだとしても行くの。あの子が助けを待っている。一刻も早く迎えに行かなきゃ。」
諭されようと、彼女の意思は揺らぐことはない。
「待て、そもそも行く当てはあるのか。」
そう、俺が口を挟む。
「・・・無いわよ、、、。そんなもの。だれど、行かなくてはならないの。・・・たとえ無茶だとしても。」
そう吐き捨てる。
「あまりに、無謀だ。諦めた方が賢明だ。」
俺は、努めて冷静に、冷徹に言葉を紡ぐ。
そう。助けられるのなら、とうに助けている。
けれども、居場所すら掴めずに歯がゆい思いをしてきたのだ。
策があるのなら背を押してやってもいいかと思ったが、あてもなく、闇雲に探すのならば、止めずにはいられない。
けれど、言葉選びに問題があったようだ。
「っっっっつ。」
言葉にならない音を発し、彼女の肩がワナワナと揺れる。
そして、激高する。
「アンタは、私にここで黙っていろというの。友達を見捨てろというの。友を見切った私に、これからどやって生きろと言うの。」
思いつく限りの罵声を彼女は、放つ。
守る筈だった。
助ける筈だった。
逃がしきる筈だった。
けれど、守り抜けなかった。
そんな身に負えぬ咎に怯えるかのように、少女は激高する。
「落ち着いてください。千優さん。」
そんな少女に冷静になるように、快斗は諭す。
そして、一拍おいて、優しく語り掛けた。
「もう、い・い・ん・で・す・。」
そう告げた快斗の表情は、異常なまでに穏やかであった。
「安静にしていて下さい。世話になった、あなたを、むざむざ死なせるわけには、いかない。」
ーーーもう、何も失いたくない。
ともすれば、消え入りそうな声量で、そう付け加えた。
三人が今にも決裂するのではないかと傍から、ハラハラ見ていた部下たちが、長の見たことの無い、不安の吐露を目にし神妙な空気が冴え渡る。
息苦しくて、息苦しくて、耐えがたい重圧な空気。
けれども、そんな雰囲気を諸共せずに、少女は、快斗に詰め寄った。
「どうして、猫を被るのよ。どうして、利口でいるのよ。
ほんとは、心配なんでしょ。駆けつけたくてしょうがないんでしょ。不安で、不安で、仕方ないんでしょ。
どうして、自分を押し殺してまで、他を気にするの。
もっと、他にやることがあるでしょ。
いいかげん、自分に素直になりなさいよ。」
千優の畳みかける言葉に、怯みながら、快斗は応答する。
「いっ、、、いや、どうせアテはないですし、辿り着いたところで返り討ちにあいます。ならば、引くことだって賢明です。」
しどろもどろになりはしたが、最後は言い切った。
けれど、少女は、その動揺を見逃したりはしない。
「ねえ、聞いて。よく、聞いて考えてほしいの。
戦いによる犠牲よりも、挑まずして失う後悔の方が、よっぽど怖く、末恐ろしいものよ。
人には限度があるの。だから今、失いたくない者の為に戦うの。」
それは、彼女が経験した事柄なのだろうか。
どこか現実じみた教訓で、彼を質す。
「あなたは、奪う為ではなくて、守る為に戦ったんでしょ。
ならば、出来る筈よ。今回だって。」
先ほどの口調と変わって、穏やかで優しい声だった。
その声に快斗は、唇を噛む。
千優の言葉は、魅惑的で、悪魔の囁きにも思えた。
これ以上、被害を増大させないために、挑まない正しさだってある筈だ。
けれど、この先、後悔せずに、生きられるなんて、、、到底思えない。
更に一層、深く噛む。
長として、弟として、海原快斗という自分が何をしたいか考える。
少年兵の長として束ねる立場と、姉の安否を心配する弟しての立場は、拮抗するもので、両立できないものだ。
どちらかしか、選べない。
・・・こんな日ぐらいは、甘えていいのでは、、、。
そう思う自分がいて、そう踏み出せない自分がいる。
・・・どちらにも踏み出せない。
葛藤のあまり、動けないでいる彼に一声がかかる。
「快斗。行って来いよ。」
ふと、顔を上げる。
声を掛けた者は、先ほど、彼に救護を要請した者だった。
驚くことに、迷う彼を咎める表情ではなく、寧ろ晴れやかな笑顔であった。
今が、どれほど窮地なのかわかっていないのだろうか。
・・・いや、違う。
送り出そうとしてくれているのか。
変なプライドで意地を張って、完璧たる長であろうとする自分に。
その声に続いて、彼を後押しするような声が次々と各所で湧く。
そこで、決意した。
もう、迷わない。
不意に溢れそうになった涙を拭い歩み出す。
「千優さん。アテとか、心当たりは、ありますか。虱潰していきましょう。」
彼の目には、もう迷いの色は、ない。年に相応しくない、冷静沈着ないつもの彼だ。
「ええ、あるには、あるは。確証はないけれど。でもきっと、行ってみる価値はあるわ。ここに居残るよりはね。」
それは、どこか嬉しそうに千優は、そう応じる。
そして、二人は、いつしか駆けていた。
彼らの話を傍で見守っていた俺は、ふと我に返る。
・・・マズイ、行ってしまう。
あの窮地から、ここまで心の持ちようを変えられるとは、奇跡を目の当たりにした気分であった。
けれども、精神が変わったところで、戦況がよくなったわけではない。
依然、無謀な策でしかない。
彼らは、何処まで把握しているのだろうか。
その先の険しさを
行き着く先にある地獄を
死よりも苦悩な時間を
果たして、覚悟の上で、承知の上で、挑んでいるのだろうか。
二人を見捨てるわけにもいかず、俺は遅れて、2人の背を追った。