交渉
夜の帳が下りた村に、男が二人。冷たい夜風が二人をかすめてく。
決戦でも起こるかのような緊迫した空気が漂う。
そんな中、取引が始まった。
「あなたに、護衛を頼みたい。僕から安全な寝床を提供する代わりに。」
顔を引き攣らせ、心の奥底にあるであろう恐怖を噛み殺し、彼は言ってのけた。
俺が醸し出す不気味な空気に負けず。
体格からの推測でしかないが、この幼さから、できる芸当とは思えない。
そのへんに関しては、素直に称賛するが、、、。
・・・ほう。安全な寝床ね。
いったい、何をもって安全と判断したのだか、、、。
まあ、それはさておき。護衛というのは、きっとあの正体不明の砂嵐のことだろう。
察しが付く。
手詰まりだから、応援を要請しに来たのだろう。
・・・けれど、報酬に輝きを感じない。
沈黙を続けていると、男児が続ける。
「あなたは、僕たちと同じ影の者と見た。ならば、人目のつかぬ居場所が欲しいのでは。」
何でも分かると、お前のことなど見透かしているとでも言うように、不敵に笑いながら。
そうだ。着眼点は、悪くない。
けれど、それは闇の中での一般であり、俺には通用しない。
元より誰かに助けを請わずとも、一人で生きていけるのだから。
それに、交渉において、自分の情報を開示し、へり下る姿勢を見せねばならない。
たとえ、建前であろうと、その過程がなければ、相手を信頼してないことと同義。
けれど、奴は、自分の名すら開示しなかった。
此れはもう、利用するだけ利用し、最後には裏切ると言っているようなもの。
彼には、そんな気などないかもしれぬが、その可能性を否めない。
その時点で、・・・決裂だ。
取引は不成立だと、腕を振って示し、踵を返す。
引き上げる俺に、尚も男児は食い下がる。
「先程、あなたの戦闘を見ていた。僕が遭遇した中で、あなたが強い。他の誰よりも。あなたなら届く、あの現象に太刀打ちできる。だから、、、助けて欲しい。」
先程の、商人のような狡猾狡猾で小賢しそうな口調とは対照に
願うように、縋るように、強請るように
畳みかける。
聞いてほしい。
止まってほしい。
考え直してほしい。
己の欲望のままに、激情のままに、言葉をぶつける。
めげずに、何度も。
けれど、振り返りはしない。
どう足掻こうと、どれほど憎もうと、俺は逃亡の身。
此れは一生付きまとう運命。
であるから、こんな村など通過点でしかない。
ならば、今、守れたとして、これからも守ってやれる保証はない。
寧ろ、こんな死神は、直様、立去ったほうが村のためだ。
そうに、決まっている。
背後から、せがむ声が、助けを乞う声がする。
けれど、歩みを止めやしない。
鉄の心で前を向く。
彼は、あの赤髪の少女と共に、この村を守ってきたのだろう。けれど、先日の失敗が、自分を苛んで、安らぎが欲しかったのだろう。
自分よりも強い誰かに、己の任務を託したかったのだろう。
そうすれば、重い荷を下ろすことが出来るから。
けれど、此れは一時の感情で、気の迷いだ。
弱気になると、責任がより重く感じるのだ。
自分には、無理だと。
でも、彼は、いや、彼等は、こうやって守り続けてきたのだろう。
俺がこの村に辿り着く、ずっと前から。
ならば、これからも守れるはずだ。
失敗を乗り越えて、歩んでいける筈だ。
だから、俺は無闇に手を貸したりはしない。
心を鬼にして、振りむきはしない。
背後から、ドサッと膝から崩れ落ちる気配がした。
「姉貴の身が、危ないんだ。」
不安が滲み、今にも掠れた声が聞こえた気がした。
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普段から、敵の探知に意識を割き、いつでも逃亡可能なように壁にもたれかかる形で寝るのだから、十分な睡眠をとれぬのは、当然なのだが、、、
今日は、いつにもまして、目覚めが悪い。
昨日の掠れかかった声が脳内で反芻されて離れない。
狡猾でも、小賢しくもない、純粋で、初めて見せた年相応な叫び。
故に、心に引っかかる。
悔いはなかったはずだ。
あれが最善だったはずだ。
なのに、、、何一つ声をかけることなく、あのまま、立ち去ったのは、果たして正しかったのかと、自分に問いかけている。
ふう。
大きなため息をつき、重い腰を起こす。
悩んでいても仕方ない。
こういう時は、体を動かすに限る。
まだ、日は登っていない。
けれど、ヒッソリと穏やかなこの時間が好きだ。
もうすぐ、夜が明ける。
闇のものは、これから活動時間外だけど。
けれど、籠ったまま日中をやり過ごす気にはなれない。
何かしていないと、落ち着かないのだ。
突如として、人を攫う砂嵐か。
ふっ。
よくよく考えてみれば俺の領域かもしれない。
欠片ほどだが興味がわいてきた。
まずは、情報集めからと行こうか。
現状、何一つ手掛かりがないからな。
そして、村の中央へと歩み始めた。
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・・・暑い、、、にしても暑い。
額に滲む汗をローブで拭う。
空は快晴で、風はない。
村といえど実質、砂漠。
灼熱に燃えるお天道様の下での情報収集となった。
普段の活動が、夜なだけに、余計温度差を顕著に感じる。
・・・暑い、暑い、暑い
茹だる熱気が心身ともに疲弊を加速させ、気づけば、陽炎が至る所で立ち込めていた。
・・・冗談じゃない
けれど、そんな猛暑でも援助を求む、人は絶えない。
先日の配給のことだ。
今日も今日とて、村人が、水と心ばかりの食料を求め列をなす。
その数、数万に登り、神殿に入りきれず門の前で待機するものも。
あるものは、地べたに座り込み。
あるものは、憎むように太陽を睨み。
あるものは、警備員に疑いの目を向ける。
炎天下の中を、順が来るまで、ただひたすらに待つ。
確か、早朝から始まるはずだが、恐らくあの量をさばくとなると、
正午までもつれ込むのだろう。
彼らは、こんな日々を送っているのだろう。
それで、きっと、多少なりとも、暑さに慣れているのだろう。
けれど、この熱射を浴び続け、無事である方が難しい。
バタッと列の後方で、誰かが倒れこむ。
なのに、悲鳴を上げることも、驚くことも、慌てふためくこともしない。
誰一人として。
ただ、警備員らしきものが搬送するだけで、特に何も。
・・・奇妙な光景だ。
率直な感想だ。
けれど、これはきっと価値観の違い。
この光景は、村人たちにとって、日常茶飯事なのだろう。
日々、繰り返し、毎日のように起きると、それはいつの間にか当然となって、自然となる。
・・・そう。たとえ、命が掛かる自体であったとしても。
誰かが倒れたことで合図となったのか、堰をきったように至る所で会話が飛び交う。
いや、愚痴といったほうが正しいいだろう。
飛び交う会話に苛立ちが混じっているのが聞き取れる。
その愚痴とやらに耳をそばだてる。
、、、聞いている限り、暑さや待機時間の長さだ。
特筆して、意義のあるようなものでない。
だが、入念に耳を傾けていれば、何やら興味の湧く会話が、、、
「向かいの息子さん、砂嵐に遭ったんですって。」
「まあ、それほんと。災難だったわね。お気の毒に。」
「そんなこと言ってられないわよ。ウチラだって、いつ、同じ目に合うかわからないのよ。」
「それは、そうね。けれど、どうして又、復活したのかしら。最近は、鳴りを潜めていたというのに。」
「確かに、そうよね。全くわからない。けれど、ウチの子だけは、守らなくっちゃ。」
・・・ウチの子、、、砂嵐
二人の会話の途中で、キーワードとなる単語を脳内で巡らせ思案する。
もう、これはあの1件しか思い当たるものがない。
先日の戦闘。
砂の異能を行使する化物。
砂嵐、神殿、子供、オアシス、誘拐、、、
・・・まさか、本当に、『災』の類いだと言うのか。
背筋が凍りつく気配がする。
猛暑にいるはずなのに、体温がスーと冷めていく感覚。
思わず駆け出した。
そうしていないと落ち着かないから。
そうしていないと間に合わぬかもしれぬから。
・・・まだ、断定できた訳では無い。
『災』と確定したわけじゃない。
だから、俺のハヤトチリの可能性も大いにある。
・・・けれど、要素は揃っている。
それの意味するところは、条件が満たず、発現していないだけ。
つまり、条件が整えば、『災』は起きる。
と、すれば、まずい。
砂嵐に関わった赤髪の少女や男児の命が
灼熱の中でも懸命に生きる村人たちの人生が
いや、ともすれば、この村そのものが、
・・・消える
無意識に足が加速する。
今、俺にできることなど特にない。
この土地についての情報が、知識が、限りなく無知に近い。
できれば、あの男児に情報を売ってもらうしか他はない。
彼の位置など把握していないけれど。
行く目星すら立たないけれど。
それでも走る。
昨晩、無視して去ったばかりだけど。
どんな顔をして合えばいいのかわからないけれど。
なんて切り出せば、いいのか分からないけれど。
それでも駆ける。
決して、足を止めやしない。
一段ギアをあげ、砂漠の村を駆け巡った。