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守護者

この村に滞在して丸一日が経過した。


すぐさま移動を開始するべきではあるが、ここら一体の気候では、水の補充が見込めない。ならば、確実に水の確保のできるこの村でしっかり補給してからでも遅くでもないのでは、、、と、村の早朝を歩き回りながらブツブツと思考を巡らせる。


すると、祈りを捧げる少女の姿が目に入る。

神殿の前で、足を膝まづいて。


・・・また、コイツか。よく会うな。


どうやら無事だったらしい。

それは、良かった。


にしても、ヒト一人いない朝早くに、何をしているんだか。

何故、中に入らず、外で捧げるのだろうか。

早起きしてまで、すべきことなのだろうか。


まあ勿論、少女の崇拝する宗教の所作を知らぬ俺に、他者の信仰にトヤカク言う資格などないのだが、、、


にしても、どうも反省が見えない。

先日、あんな目に遭ったというのに、、、また単独行動してやがる。


一度、死の淵に立たされねば、自分の現状に気づきはしないのではと思う。


怖いな~、危なっかしいな~、心配だな~

と心配する矢先。


後方に、距離にして5mに満たない位置に、建物の影に身を潜めハラハラと見守る一人の男児。


・・・いや、少女の弟か


全身を黒い装束で覆い、正体を隠しているが、ギラめくような目が記憶を呼び起こした。


姉があんなので苦労しているのだろう。


他にも

協会の屋根に敵影。


・・・いや、異彩の殺気を放つ方の影か。


ふっ。

なるほど、彼等が常に彼女を監視しているのか。

ならば、これまで少女が無事だったのも説明がつく。


俺が必死に見張らなくても、心強い味方がいたのか。

あれ程の技術を駆使する手練れな奴が。


俺の援助は要らぬと悟り、さっさと帰路に就こうとしたその矢先。


教会周辺に数体の影が出現。


こちらは正真正銘、男児を()(さら)おうと目論む(たち)の悪い奴等。


数は劣り、戦闘に不向きな立地。

その上、対象の少女は身の危険に気付いていないのだから協力を仰げない。

さて、彼等はどう(さば)くのか。


・・・見ものだな


文字通り他人事で、高みの見物を決め込む。


遠くからであるが、彼等が短剣を強く握りしめ、固唾を呑んだ音がした。


緊迫した空気が漂う。

息を噛み殺して、奇襲を試みる彼等。


影が角を曲がり、少女を目視した瞬間の出来事だった。


守護者は影の上方から、男児は背後から気づかれる間もなく瞬殺。


反撃を試みる影も虚しく、彼等の振るう短剣の(さび)となって朽ち果てた。


・・・見事


一切無駄のない連携。

危なさを感じさせない、自信のある動作。

場所取りから、奇襲のタイミング、即座に相手を無力化する技術まで、完璧と言っていい。


一難去って、彼等は安堵をみせる。

それでも気を緩めまいと、直様、持ち場に戻ろうとーーーした最中。


ブワッ


前方に突如として砂が立ち込める。


竜巻のような巻き上げる風など吹かない気候なのに。

否、そもそも風など吹く予兆さへなかったというのに。


何事かと、目を凝らす。


ーーーなっ


吹き荒れる砂が視界を遮るが、それでもはっきりと必死にもがく人影が。

地に這いつくばり、連れていかれまいと懸命に。


ーーーまずい


危険を察知した頃には、時、既に遅し。


塵のように舞う砂が霧散し、視界が開けた時には、もの一つなにもなかった。


彼等の動きを追い、目を離したほんの一瞬の出来事だった。


何事が起きたか理解できず、呆然と立ち尽くしてしばし。


彼等が、風の源に駆け寄る。


「くっそ、他にもいたのか。」


跡形もない有様を見て、男児は声を荒げ、地団太を踏む。


それに対し、守護者は何も発っさない。

けれど、確かに、沸々と彷彿する殺気がこの距離でも感じられる。

煮えたぎる怒りと共に。


可哀想だとは思うが、所詮他人事。

攫われた誰かを救い出してやろうと思えるほど、俺に余裕はないし、そこまで、お人よしじゃない。

そもそも、そんな柄じゃない。


だが、あの現象は気になる。


突如として巻き起こった旋風に、瞬時に消えた人影。

あれは、人間の所業なのだろうか。

あの人影はどこへと、消えたのだろうか。


・・・まさか、『(わざわい)』の類か、、、


ふと、意味深な単語が頭をよぎる。

嫌と言うほど見てきた光景を。

不幸のどん底に叩きつける厄を。


・・・いや、いや、そんな筈がない。

こんな何も無い地で起こるはずが無い。


直様、心の平穏を取り戻し、その懸念はすぐさま消し去った。


力及ばず、呆然と立ち尽くす彼等を横目に、少しは罪悪感を抱きながらも、その場を立ち去った。


ーーーーーーーーーーーーーー


・・・よく見かけるな、、、


今朝の一件からだいぶ時間が経過して、今晩。


守護者の姿が視界に入る。


今日も今日とて、警備の任務か。

ご苦労な事だ。


と思ったのだが、、、


保護対象である少女の姿が見当たらない。

別の対象がいるやもと、周囲を見渡すが、人っ子一人いない。


それに、相方の姿が見えない。

察するに単独行動か。


まあ、彼等の役目を知らぬから、単に今日、一人でこなす割当かも知れないが、、、。


けれど、次の瞬間、その可能性は消えた。


道の中央に着地した守護者は、全身を覆ったローブを剥ぎ取った。


ほのかな月光がその人影を明るみに照らす。


至る所解けた麻の布で全身を覆った見窄(みすぼ)らしい姿。

けれど、端正に手入れされた紅に染まる髪が夜風に揺れて(なび)く。


・・・なっ、、、女だったのか


いや、より正確に言えば、少女。

まだ、親に甘えていても良い年頃。

そう。少なくとも、日々戦闘を強いられる暮らしを送る歳ではない。

そんな少女。


ボロボロな服装で外見を見劣らせようとしたのだろうが、ギラリと闘志に燃えた目は隠せずにいる。


鬼気迫る表情を見て、ピンときた。


・・・囮か


正体を、出所を、明かさぬ敵には、待っていては、決して突き止められない。

こちらから出向かない限り何も始まらないのだ。

ならば、自分がカモのフリして敵から近づいてもらうのが一番手っ取り早い。

俺好みの効率的な戦法だ。


赤髪の少女は、何となしに、夜の村を歩く。

出来るだけ無防備で、無知で、愚かなフリをして。

敵が罠に嵌まるのを見込んで。


・・・けれど、その戦法は、勝算が高い時に使う稀な寸法で、最終手段。

つまり、時期尚早。

故に、安直。


ーーー危険を顧みず、己を捧げる行為。


一見、高尚で賞賛されるべき行為とも取れるが、それは否である。


此れは、無知だから。

代償という名を知らぬから。

その道を選んでしまうあまりにも愚かな行為。


もし仮に、あの少女が何の情報もなく、ただ無策で事を成すつもりなら、、、


・・・あまりにもマズイ


身の毛をよだつ予感が全身に巡る。


けれど、危機は、思考する間もなく突如として起こるもの。


途端、囮の背後に砂が微かに舞う。


ーーーーーシュッ


黒い筋が囮の手から、舞った砂へと伸びる。


囮がナイフを投擲(とうてき)したのだ。


けれど、、、


カツン


虚しい音を立て、ナイフは地に落ちる。


ーーーと、いつぞやか、影が姿を現した。


見るからに異質な剣を携えて。


ーーーーーカン、カン、カン


火花と衝撃音が飛び交う。


合図も、先ぶれもなしに。


影は剣で、囮はナイフ。

体格も、武器も、劣るが、それでも懸命に少女はナイフをふるう。

どちらが勝つか分からぬほどの接戦。


少女はよく戦っていると。

不利でありながらも諦めることはない。


・・・と、傍からすれば、そう見えるだろう。


けれど、気付いているのだろうか。

あの少女は、


・・・誘われていることに


少女は、なおも攻撃の手を緩めない。

ジリジリと圧して、間合いを詰めていく。


それ以上近づけば、マズイ

今なら


・・・まだ、間に合う


足に力を込め、弾き出されたように、駆け出す。


二人の間合いに辿り着いたのは、少女が剣を砕いた直後だった。


しめたと、決着が着いたも同義と。

そう思ったのだろう。

少女は、微笑を浮かべる。


けれど、嫌な予感がしてやまない。

素顔が見えぬはずなのに、なぜだか、影が邪悪に笑った気がした。


俺は駆け込んで、少女の首根っこをつかみ、後方へと飛ばす。


ビュン


影の少女を狙った、風を裂く一撃が、空を切った。


・・・間一髪だった


少しでも、遅れていれば、少女の命は、、、

というほどに。


気を取り直して、影と対峙する。

突然の登場で相手は混乱しているようだ。


・・・けれど、混乱しているのはこちらも同様。

砕かれたはずの剣が、元来の姿に再生し、あろうことか、刀身まで伸びた。


なんという、芸当か。

とうに、人知を超えている。


こうなっては、無闇に突撃できない。

相手の出方を見計らうのが定石。


けれど、・・・こちらも切り札はある。


ーーーカン


奇しくも同時。


互いに己の武器を手にし、互いにぶつけ合う。


火花が飛び散り、繰り出される衝撃波が周囲をどよめかす。


手合わせして、ものの数秒。

如何なるものであろうと踏み入ることを許さない二人だけの空間と化した。


一糸乱れぬ攻撃に、隙一つない防御。

一瞬の油断が、迷いが、命取りになるほどの戦い。


こんなこと感じるのは、とても場違いだけど、


・・・心が躍る


無意識に、短剣を振るう速度が、込める力が、鼓動が、増していく。


生死の狭間を行き来する緊迫した感覚。

けれど、いや、だからこそ、生を感じられる。

このまま打ち合っていたいと、そんなことを考えながら、、、。


「大丈夫ですか。」


悲鳴にも似た、身を案じる言葉が夜の村に響き渡る。

どこか聞き覚えのある優しげな声が遠くの方で、、、はっきりと。


・・・通行人か。


戦闘に気を取られ、周囲への探知がおざなりになっていた。


俺の正体が知られたら、否、そもそもここで、誰かが討ちあっていたと、騒ぎ立てられること事態がマズイ。


相手も同様の結論に行き着いたのだろう。

チッと舌打ちをして、(きびす)を返す。


・・・くっ


完全に出遅れた。

影の方が、決断と行動が一足、いや、二足ほど早かった。

それでも、負けじと影を追う。

けれど、初動が遅れた時点で、追いつけるはずがない。

結局、まんまと取り逃がしてしまった。


後方から、ガヤガヤと喧騒が聞こえる。

人が集ってきたようだ。

俺も逃げるようにその場を去った。


ーーーーーーーーーーーーーーー

誰にも見つからにように逃げてきたつもりだったが、追手が一人。


そのことに感づいて、人気のない道を選んで出方を窺い、泳がしていたわけだが、、、

何だかおかしい。

なんとも言えぬ違和感。


角を幾度も折れ、咄嗟に駆け出したりと揺さ振るも必ずついてくる。

けれど、この度、一度たりとも攻撃を仕掛けてこない。


追跡かと推測したが、、、

どうも、相手からの殺意を感じ取れない。


敵意では無い、寧ろ、願うような、頼むような、縋るような感情。


・・・(わずら)わしい


こんな敵に遅れを取るはずないが、どうも、この違和感から抜け出せずにいる。


囚われた違和感から振り切るようにして駆け出したーーーその最中


「待ってくれ」


絞り出した声が後方から、飛んできた。


・・・やっと、出てきたか、、、


呆れと安堵の混ざる溜息をついて振り向く。


すれば、見覚えのある、否、これまで動向を追っていた、あの男児が、震える膝を手で抑え、それでも確かに立っていた。


驚きのあまり、しばし凝視。

けれど、俺を追ってこれた人物としては、とても納得がいった。


「フワ〜、やっと追いついた。」


男児は、疲れただの、足が痛いだの、愚痴を溢しながら当然の如く地べたに座る。


何だコイツは、妙に馴れ馴れしい。

何しに来たんだコイツは。

俺を仲間と勘違いしているのか。

俺を攻撃してこない人畜無害とでも思っているのか。

或いは、仲間とでも勘違いしているのか。


ふと見上げると、男児と視線が交錯する。


すれば、やっと目があったとでも言うように、男児は、不敵に笑う。


・・・もしくは、敵意が無いことを示したのか。交渉するために。


「取引がしたい。」


男児が切り出す。

俺の思考を読んだかのように。


不意に、不敵な笑みが溢れてしまった。

そして、言葉少なに返す。


「ああ。」


と。


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