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砂嵐

ーーー砂嵐ーーー


それが、僕に与えられた名だ。


正式な本名とは打って変わり、悪名と同等の、単なる呼び名でしかないが、そうだとしても、僕的には気に入っている。


僕にはおよそ、肉親も、親と呼べる存在もいなかった。


両親については、僕が物事の分別が着く前に、音沙汰も無く消え去ったらしい。


それは、身寄りのなかった僕を引き受けた、教徒という集団の一員から聞かされた話だった。


蒸発か、或いは、不可解な事故死か。


未だ、両親の遺体は発見されておらず、死亡と決断するには、些か躊躇われるものの、かといって、二人の形跡を終える者は、既に教徒の中にはいない。

結局、その事件は、未解決のまま放置され続けている。


一員からの話しぶりから察するに、両親と教徒は、協力関係であった筈だ

だが、今となれば、それもそのはず、教徒にとって、二人が、使えるかどうか、或いは、活用できるかどうか、そこが重要だったのだから、、、。


ある程度の知識と序列絶対の社会における振舞を身に着けた僕は、つくづく面倒な家系に生まれたものだと初めて理解した。


端的にいえば、神を司ることが、我が一族の重役であり、誇りであるのだと。


事の発端は、数世代前にまで遡るーーー


全ての元凶は、僕の先祖にあたる誰かなのだが、ソイツがこの村に潜む守護神の世話役を買って出たがためだとされる。


面白半分だったのか、それとも、当時には、大変名誉なことだったのか、今となっては、知りようがないが、そのせいで、ソイツの後継は、神を露見せぬよう隠し通す責務を担うことになったのだから、はた迷惑もいい所である。


痛い目を見た僕からしたら、神を迎え入れるなど人生を棒に振るようなものだ。

ソイツが、後先考えぬ相当な阿呆か、頭のねじが外れた狂人であるとしか思えない。


そうして、渋々、先祖代々、隠匿の義務をこなしていったが、何処かの代で限界が迫ってきたのだろう。


この責務は、到底、一族だけで賄えるものではないと。


それもその筈。

世間に明るみにならないよう隠蔽工作に人員が必要とされる上に、それよりも何よりも、贄の準備においては、人手がいくらあっても足りない。


手が余ると感じたその代は、その責務を助力する者を集わせた。


その集団が今の教徒に当たるらしい。


どうも、神という秘匿情報を一族に留めるか、それとも教徒という従者にも共有するべきか、そんなイザコザと紆余曲折があったらしい。


だが、僕の両親にあたる代で、全ての情報は開示された。


当然であるが、今となっては、末端に至る者ですら、神という存在が知れ渡っている。

勿論、情報を拡散した以上、情報漏洩の恐れはあるが、何に秘匿義務があるか明白な方が教徒も動きやすいだろうという、至極全うな考えの元、そういう策に出たらしい。


しかも、それだけではない。


配給という制度。それに完全管理を敷いたのは、まさに親の代である。


どうも、善意的な人間によって、施し、と呼べる慈善活動はあったらしい。


それを完全管理下に置いて、教徒に配給の役割を担わせた。


表面上では、神殿につかえる、神聖な使徒。

裏では、隠蔽工作に勤しむ使い魔。


村の動向を確実に握るべく、悪魔的存在を父の手で造りあげた。


そうして配給を始めとする雑務は完全に教徒に押し付けることに成功した父は、肝心の神への奉仕に全うすることが出来たのだ。


情報を渡したものの、神との関わり方を実際に見られなければ、その座を奪われることはない。


父は、かなりの策士だったと思われる。


だが、それでも父は母と共に、その姿形を消した。

前触れも無く、ただ忽然と。



中には、いいように扱われた忌々しい頭領が消えて、歓喜した者もいるかもしれない。

だがその歓喜に、遥かに勝る、迷惑極まりない事件だった。


父は、神の対応を立った独りで担った。教徒に協力を依頼することなく、寧ろ、一人で遂げたいと負い払う風に。


そんな態度を取る者だから、教徒は全任せしていたというのに、突如、取り残されたわけである。


彼等の知識は所詮、神が強大な存在であるといった程度のことでしかない。実際に活用できるような知識は、持ち合わせていなかったのである。


神との接し方がまるで分からない。

いつ暴発するかも知れぬか分からぬ時限爆弾を放置されたも同然である。


いつ神が顕現してもおかしくない、途轍もなく不穏な空気が流れるのかで、この状況を凌ぐべく、両親の尻拭いをさせられたのが、この僕である。


まだ右も左もわからぬ年齢の僕に、そんな大役を押し付けるなど、あまりに愚かな決断にも見えるが、血族という観点からすれば、至極順当でもあった。


理不尽極まりない話だが、今となっては、神の暴動を抑えるのに、一人の人生をゆがめるので事足りるなら、良策だったと受け止めている。


ーーーそうして、僕は神の御傍付き存在になった。

ーーーその重役を任される過程で、僕は神と繋がった。


未だに、神と初めて対面したあの日を覚えている。


僕は訳も分からず、手足を縛られて、教徒たちが何やら祈りを捧げている。

微睡のような意識が混濁した中で、教徒たちの奇妙な歌声が止むとともに、内臓を炙られるような、内側から身が焦げる錯覚に陥った。


すれば間髪入れずに、全身を電撃のような痛みが走り、脳を鬱血させるような大量の憤怒の念が、絶え間なく膨らんでいく。


少なくとも、身に覚えのない痛み。

この激情に身を任せれば、僕は別の何かになってしまうと、幼きながらも途轍もない危機感を抱いたのは、今でもハッキリ覚えている。


己を保とうと、必死に抵抗しようと試みたのだが、やはり当時の僕には、心身共に未熟すぎた。

堪えようのない憤怒に抗う為の、知識も経験も何一つ携えていなかったからである。


完全に心を呑まれた僕は、「何かを狩らねば。」という、ある種の義務感に駆られた。

抗いがたい本能に燻られたというか、そう為さねば、生命の維持に関わるといった具合に。


駆り立てる焦燥のまま、何かを目指して、飢えた獣のように村中を駆け巡った。


手足が引きちぎれそうなほどに走った。

我を忘れ、ただ必死に疾駆した。


ーーーそれから、頭痛と眩暈から覚めた。

普段の晴れやかな視界に戻った。

しかし、途端、腰を抜かす羽目となる。


、、、目前に死体が転がっていた。


驚きの光景で、後方に尻餅をつく。

死を直面した事実を受け入れるには難があり、これは夢かと、目を擦った瞬間、途轍もなく嫌なベットリとした感触が顔を伝う。


何事かと、手に目をやった時、初めて自分の手が鮮血で汚れていたことを知る。


あまりに赤いその色がどうしようもなく雄弁に犯人を示していた。


ーーー血の気が引いていく。


脳が真っ白となりて、思考が停止した。


いつになく動悸が激しく波打ち、まるで絶望の淵に立たされた心境であった。


僕の意思でないが、人を殺した。


理解しがたいが、自分のしでかした罪を実感した。


さすれば、次第に他に露見される恐怖に怯えた。

殺人鬼呼ばわりされ、後ろ指を刺される自分が耐えられなかったのだ。


不幸中の幸いとでもいうのか、亡骸は自分より一回り小さい。

すかさず、死体を布で覆い隠し、人目のつかぬ場所に移動させた。


だが、これだけで隠蔽できたわけではないと、幼き身ながら感じていた。

本当に隠し通すのであれば、大人の手を借りなければ、、、ならない。


万策尽きた自分が、教徒に頼るのは、必定であった。

重い足取りで、大分離れた地から、神殿の真下に隠された祭壇へと目指す。


その道中、何か誰もが納得してしまうような、言い訳が無いものかと試行を巡らせた。


その過程で、やはり疑問が浮かぶ。


あの遺体は、名も知らぬ縁遠い子だった。

怒りや嫉妬を向けるような相手ではなく、ましてや殺そうなどと躍起になる筈もない相手だ。

何処をとっても殺す理由がない。

そして、何よりも罪を犯した決定的瞬間を覚えていない。


・・・まるで、誰かに仕組まれたような、、、


自分ではない何かに操られた疑いを抱くけれども、赤く染まった己の手が心を苛ませる。


当時の僕には、殺人の罪は重すぎたのだ。


いつになく遠い帰路を終え、結局、罪を逃れるような言い訳は思いつかず、もういっそ真実を告げた方が誠実だと思いなおし、祭壇へと足を踏み入れた。


大喝は当然、一発ぐらい殴打を受ける覚悟で教徒に、ことの事情を伝えた。


請け負ってくれないと、見捨てられても当然と、はんば諦めながら告げたのを覚えている。


されど、彼等は予想外な反応を示した。

彼等は、僕を褒めたのだ。

その行いは、素晴らしい名誉なことだと賞賛した。


教徒の誰にも携えていない、『贄』選別する才能が僕にあるのだと、絶賛した。

その子は、選ばれし『贄』だったのだと。


難しい話は分からない。だが、彼等の期待を寄せる目に、胸をなでおろした。


この異常な優しさを異常だと捉えられなかったのが、今でも悔やむ。


まだ、そう判別できる歳でなかったとともに、当時は、罪を咎められなかったことに、居場所を失わなかったことに、安堵してしまった。


そうして、僕は、教徒に対し、更に従順であろうと心に決めた。


だから、神に供物を捧げることは高潔なものだと、この身に宿る砂の異能も当然なものだと、そう教え込まれた時は、そういうものだと思い込んだ。


だから、己を焼き尽くすこの痛みも、生理現象の一つだと信じてやまなかった、、、。


ーーーそれからは、多忙の日々だった。


突如として胸から黒く燻る激情に駆られ、強烈な激痛に思考が停止。

歯止めが利かなくなった肉体は、己の意思に背き、何かを狩るまで村を奔走し続け、最終的に収穫した獲物を神に送り届ける。


そんな毎日の繰り返し。


全て強制的なものであり、僕の意思が介在する余地はない。

訳の分からぬ力に支配される感覚は、いつまで経っても馴染まない。

苦痛で辛苦な日々であった。


当然、痛みから逃れたい気持ちはあった。

しかし、僕の苦行を彼等は褒めてくれた。喜んでくれた。

彼等の為に、僕にできることがあるのだと、苦痛さえ耐え忍べば、彼等を笑顔にできるとそう錯覚した。


そんな過酷な日々であったが、慣れというものは恐ろしいものである。

いつしかその業務は、当然となり、日常の一部にまで馴染んでしまった。


手際が見違えるほど早くなり、常に課題であった体力も、充分と呼べるほどに身に着いた。


そして、自由な時間が確保された。


実は、厳密な話をすると、重役を担った時から、空き時間と呼べるものは存在したのは、したのだが、憔悴しきった幼い肉体では、遊ぶ体力は残っておらず、即座に休息を求めてしまう。


つまり贄を捧げたら、他の時間は、全て睡眠に充てていた。


けれど、今となっては、夜更かしする程度の体力が残っている。

即ち、本当の意味での自由時間を手に入れられたのだ。

しかも、その時間については、特に教徒からの御咎めも無い。


何をしてもいい。何からも縛られない唯一の時間であった。


だがしかし、突然解放されたからと言って、何もかもが善ということではなかった。


何をすべきか分からなかったのだ。

思いつく限りのことは試し終わり、すぐに暇を持て余すようになった。


退屈な時間に、明日もあの激情に駆られると思慮に耽ると、嫌になり、多忙で痛みを忘れられていた過去の方がマシだったのではと血迷う程であった。


そうした悩みがありながらも、徐々に自分なりの空白の埋め方を取得した。


僕には、知識欲ってのが適任だったらしい。


神とはいったいどういうものなのか。

毎日起こる胸の燻りとこの激情は何なのか。


この身に起こる謎の判明に僕は、没頭した。


僕は、手始めに、毎度起きる激痛に着目し、解明を試みた。


その摩訶不思議な現象を呪いと呼ぶことにし、発生する時刻と、経過時間を計測した。


そして、激情に駆られている期間、即ち記憶のない状態時に、何が起きているのかを探った。


具体的には、経過時間と照らし合わせ、自分がどの道を辿り、どのような行動をとったのかを推測した。


数年の間、一人で研究に打ち込んだが、結果は芳しくない。


僕が呪いに囚われた場所と、その日の『贄』を捉えた場所を最短経路で結ぶとどうしても経過時間と合わない。


あまりに呪いにかかっている期間が長すぎるのだ。


外に出て、道草を食い、一度家に戻り、道草を食って、また家に戻るを2,3回繰り返してやっと、その場所に辿り着く程度の遅さである。


僕はいったいその期間何をさせられているのか。

奇妙な話である。


そして、そもそもの話、呪いの発生時刻にも規則性が見られない。


何かしらの条件が見えてくるのではと期待したのだが、朝であったり、正午であったり、真夜中であったりとその日によってまちまちである。


唯一の収穫といったら、『贄』を手にする時刻が夜中から朝方にかけてと言うこと。

その決まった時間帯に狩が終わるということだけだった。


それでも計測は怠らず、それに加え、神について調べることにした。

これといった神に関する書籍はなく、関連づくものと言ったら、祭壇くらいだった。


兎に角、そこに赴き、隈なく探りを入れることにする。


祭壇というものの、地下の闘技場とでも言った方がシックリくるかもしれない。


中央にあるアリーナを囲むように閲覧席が設置され、乏しい松明の光源で実に奇妙な雰囲気が醸し出されている。


そのまさに中央の底、そこに神が潜むとされる。


そこには、底抜けに深い窪みが存在し、一見、ただの穴に思えるが、何処か蠢くのを感じ取れなくもない。


そんな窪みに僕は、いつも狩り取った『贄』を投下するのだった。


そんな窪みを見下ろす。

いつ見ても悍ましい。

転落したら最期、脚の竦む光景であった。


だが、この窪みの解明が、僕のまつわる全ての解明であると、何故だかそう理解していた。


怯えを振り払って、意を決し、床にうつ伏せになって態勢を取った。

すれば、右腕を窪みの中へと押し込んだ。


ーーードクン


一際大きな鼓動が鳴り、何かと通じる感覚に陥った。


ソイツは何か言を発している。

人語ではない、何かを。


だが、喜怒哀楽程度なら察せられなくもない。


だが、次から次へと感情が脳に送り込まれる感覚に、吐き毛を催して、気付けば右手を窪みから引っこ抜いていた。


ーーー危なかった。


少しでも、手を引き抜く時間が遅ければ、取り込まれてしまう恐れを抱いたからだ。


しかも、それは、初めてではない。

嫌という程、身に覚えのある感覚。

そう。あの呪いと、驚くほど酷似している。


そのことに気づいてから、研究が捗った。


どうも、僕は、神の御傍付きという名目で、神と縁を持ってしまったらしい。


その証明は、何処であろうと、耳を澄ませば、幽かに神の感情を拾えるということだ。


それは、教徒の誰であろうとできやしない芸当だ。


その縁というか、パスというものを通じて、神の憤怒や寂寥という感情がダイレクトに僕に伝わるようになってしまったと思われる。


本当に澄まさなければ、聞こえない程度で、ノイズにもならず弊害にならない。


しかし、怒りという感情、特に、激怒に値する高ぶる感情は、この僕の身に支障を来す。


例えば、身を内側から焦がすような痛みだとか、激情と殺意に意識が奪われるだとか。


それは、僕が追い求めていた呪いという現象の真理。

解明への大きすぎる一歩であった。


それからは、解明に行き着くまで、時間はそう掛からなかった。


そうして、僕は、ある推測に行き着く。


この呪いは、神が空腹から免れるための作用ではないかと。

腹の虫が収まらず、痺れを切らしたことによる怒りではないかと。


神が必ずしも、生命的活動に合致するかは、怪しいのだが、神も『食べる』という行為が生存に必要なものだとすれば、別段、僕の推測も強ち、当てずっぽうでないことを分かってくれるだろう。


僕の憶測を話そう。


神聖なる神も、食物なり、餌が必須なのであると仮定した場合、その食を準備する必要がある。


しかし、何故だか僕が奉仕する神は、動かない。


これまた解明が行き届かず致し方ない思いだが、動けるのか、それとも動くに値しないのか、まるで分からないのだが、兎に角、動けない。


そこで、行動不能な神は、代理として、人間に『贄』の狩り取りを任せたのではないか。


そして、人間に頼り切るのは、些か不安なものなので、その責務を全うさせるために、呪いというものを導入させたのではないか。


僕の実体験を交えて呪いというものを説明するとこうだ。


腸が煮え滾り、痛みと熱さに思い煩い、駄々流れに押し寄せる感情の嵐が頭痛を招く。

そして、「何かを狩らねば。」という強迫観念に駆られ、狩人の血が歓喜する、、、といった具合だ。


体への不具合に関しては、まだ研究不足であるが、単に、強烈な負荷が痛みとして表れているのではないかと分析している。


そして、脳に働きかける作用は、恐らく、脳神経の麻痺を狙ってのことだろう。


いちいち人間が、倫理、正義、道徳といった面倒な感情に左右されて贄の回収に不手際が生じたら、神にはたまったもんじゃない。


始めから理性を奪い、決められた職務を全うする、質のいい操り人形を目指しての作用だと思われる。


即ち、贄を確実に得るべく、人間を最適化させるための作用が、僕を煩わせ、苦しめた呪いの正体だと、そう結論付けた。


ーーーそう。僕に任された大役は、神主だとか巫女だとか、神の従者となれる、高貴で誇らしい役職とは程遠い。

心身ともに擦り減りながら、命ある限り使い潰される、神の傀儡に他ならない。


絶望した。落胆した、失意した。

この世全てに。


受け入れがたい事実に唖然とした。

しかし、これまでの苦痛を鑑みれば、然程、驚くに値しないと冷静を取り戻し始めた。


そう気づけたことが、そう理解できたことが、救いであると、思えるようになった。


この責務が高潔なものではないと、刷り込まれた常識が大嘘であると、そう分かったのが救いだった、、、。


そうして僕は、何物にも縛られない日常を夢見て、呪いの枷を完全に解き放つことを決意する。


それからというもの、いつもの如く、一人で解決に挑んだ。


その甲斐あって、呪いとは、神が空腹時においてのみ発動するものだと、概ね、断定していいと思えるほどに至った。


それが正しいのであれば、常に腹を満たせてやれば、その呪いに悩まされる筈はない。


ようは、神が空腹で怒り出す前に、手を打ってしまえばいいだけの話であると、結論付けた。


その説は、我ながら的を得ていると、自身に満ち溢れていた。


懸念点を挙げるとすれば、一つだけ。


用意する贄についてだ。


何でもかんでもいいのか、それとも骨格だとか、肉つきだとか「こだわり」が存在するのか。そこに疑問が残る。

長年、神に仕えている身であるが、神が何を望みとしているのか、分からなかった。


それもそのはず。

贄は、僕が神に乗っ取られる際に選別されるものである。


先述した、最短距離での移動時間と、呪いにかかっている時間が、一致しない現象は、神が贄の選択に思い悩んでのことではないかと推測している。


まあ、それはさておいて、選別の過程を覚えていない僕には、そこからは手掛かりが得られない。


しかし、こちらには、これまでの贄のデータがある。

身長体重に、年齢、性別に、名前程度は、把握している。


そこから徹底的に調べ上げて、神の好みを探り当てれば、何とかなるだろう。


なんせ、長年ものあいだ、この責務を全うしてきた身だ。

神のある程度の好みについて、そろそろ理解したとしてもおかしくない筈である。


少しの自負と僅かな高揚を感じつつ、策に取り掛かる。


データに沿う幼子を見つけて、捕まえては、祭壇の窪みに投げ入れるだけ。

たったそれだけの任務。


しかし、これが思いの外、難航した。


別に、神の好みに見合った贄がなかなか発見できなかったからではない。

寧ろ、数時間と掛からなかった。


だが、捉えるのに、もたついたのだ。


普段は、怒りに身を任せるだけで、手に入っていたものが、これからは、自分の意思で捌いていかなければならない。


とうの昔に捨てた良心が、道徳心が、今となって蘇ってきたのである。


甘く見ていた。


囚われの身での狩と、正常な精神での狩は、全く別物であると思いもしなかった。

こんなにも、自分が躊躇うものだと想像もしなかった。


恐らく、そこが境界。

戻ってこれるか否か、僕が僕であれるか否かの、堺であると、、、そう悟った。


その先が酷く悍ましいものだと思った。

今より尚、昏く、深い、闇の底。

無事でいられる保証は皆無であろう。


光のない未来に絶望しつつも、程なくして、酷く歪んだ笑みが零れる。


ーーー我ながら愚かしい。


何千と殺戮した悪鬼が、今更、人殺しを恐れるとは、何たる滑稽か。

そう、笑い飛ばしたのである。


もはや、償いは効かない。

そもそも赦されようなどという考えが浅ましい。

とうの昔に、覚悟はできている。

他界したのちに、地獄で悪夢を見るのは上等。

寧ろ、それでは僕の罪は拭えない。


ーーーこれは、必要な犠牲。


そう。君は縛りつける呪いから僕を解放するための布石。

決して無駄とならない、不可欠な代償である。


街路で一人遊ぶ、幼子の背に忍び寄る。

兼ねてから携帯していた短剣を取り出しては、目を見張る速度で一刺し。


贄は、悲鳴を上げることなく頽れた。


空を仰ぎ見れば、太陽が霞む曇天だった。

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