人災
共同作業で集めた抱える程の実と、ちゃっかりと補給していた水分を腰に携え、神殿に向けて、広大な砂漠地帯を駆ける。
心身共に十分すぎる程の休養が出来た。
驚くほどに、足が軽い。
暑ささえも気にならない。
悪環境でもお構いなしに、殊更に加速する。
程なくして、村の中央に坐する神殿に舞い戻る。
外壁含め、目立った外傷はないのだが、内装には、隠しきれぬ跡がある。
その跡とは、言うまでもない。
赤い髪が爆破でこじ開けた箇所と、神が暴れた際に貫かれた穴だ。
これらが、村人に露見し、混乱が伝播していないことから、憶測でしかないが、快斗がうまく手をまわしたのだろう。
まだ、神殿の地下で起きた悲劇を隠蔽できている。
人気のない内に地下に潜り、長い通路を駆け抜ける。
程なく、広い空間に出で、ハタと足を止める。
入ると同時、腐敗し始めた血生臭い、酷い悪臭が鼻を襲ったからだ。
誰にも知らないとは即ち、誰も手付かずという意味でもある。
死体が至る箇所に散在し、異常なほどに静寂な凄惨な光景であった。
それでも怯んでいる暇はない。
血溜まりを避け、可能な限り最短なルートで祭壇へと進む。
そして、虚空に浮かぶ底抜けに深い禍々しい穴を睨む。
此れが、所謂、神の口。
マナを取り込む入口だ。
そこに、収集した実を流し込む。
ただそれだけで、一晩の時間稼ぎになる。
短いように感じられるかもしれないが、所詮、本日の贄の替りだ。
そうとなれば、効力が今日限りなのも納得いくだろう。
周囲を見渡してから、穴へと歩み寄る。
先日の一件から、祭壇内が更に荒れた形跡はない。
それはつまり、神が再度暴れなかったと見てとっていいだろう。
未だ神は、目を覚ましていない。
完璧なタイミングだ。
これ以上にない絶好の機会と言える。
以前にもいったが、恐らくではあるものの神には、命、或いは個の判別は不可能。
ただし、贄に対しては例外がなされる。
理由を聞かれれた所で、憶測でしかないのだが、贄とは神のとっての報酬であり、そういう観点からすれば、神が贄を値踏みするのは、極々当然のことだと思える。
まあ、そんなことはおいといて、結局、何が言いたいのかと言えば、すり替えを見透かされるってわけだ。
それ故に、幼子以外の下手なものを捧げれば、逆鱗に触れる事となる。
つまり、今から為そうとしている行為は、危険極まりない愚行である。
それに、先ほど、教徒と俺達含めた愚行を許したばかりだ。
一度見逃すなんて神、およそ見たことない。
この神は本当に温厚だと思う。
されど、当然、次はない。
それに、神に立って考えれば、雨音を救出したという件は、本当に許せぬ事案だった筈だ。
それを説明するために、更なる詳細を告げねばならない。
まず、少し複雑になるが、神は、時に贄を指定することがある。
基本、贄が幼子であれば、食わず嫌いを起こさないのだが、執着といったところか、決まった贄以外を受け付けない時がある。
単に、口にしたいという欲求なのか、どうなのか。
神の思考など、考えた所で分かる筈もないので分からず仕舞いである。
が、欲求する贄が他に比類ならぬ量のマナを内包する場合が多い。
即ち、上質で、上品な至高な一品であることが、ほとんどなのだ。
神からすれば、ミスミス見逃せるはずもない代物なわけだ。
喉から手が出る程に欲しいのも理解が及ばないわけでもない。
それに、今回の神は、長らく粗末な贄ばかりの日々が続き、マナの補給を迅速になさねばならぬ、非常事態であったはずだ。
そうであったのならば、神が贄を指定したのも頷ける。
いや、あの神は、マナの総量が底を尽きる寸前まで耐え忍んできたはずだ。
恐らく、苦渋の決断の末に、贄の指定に及んだと思える。
天罰が下ったとはいえ、教徒は神に感謝すべきかもしれない、、、。
話が逸れた。もとに戻そう。
さて、今回、誠に不運なことだが、その指定となったのが雨音だ。
あの暴れ具合から本当に胃に入れたくてたまらなかったことが、窺える。
この世に生まれ落ちたと同時、神に食われる宿命を負わされるなど、甚だ理不尽なものだが、運が悪かったとしか形容しようがない。
そんな不運を背負う少女を皆の協力のかいあって救えた。
涙誘ういい話だ。
我ら人類にとって素晴らしい話となりえるが、はたして神にとってはどうか。
そんなこと神の立場になってみれば自ずとわかる。
それは、食事の邪魔をされたに他ならない。
それも、補給に欠かせないものを横取りする形で。
そうと見なせば、神が怒るのも無理もない。
口に入れる筈だった対象を逃したとなれば、何が何でも胃に入れるまで、腹の虫は収まらないことだろう。
ようは、雨音にしか眼中がないわけだ。
それ以外の贄など、頑として受け入れるはずもない。
そういう意地が、無作為に人を砕いて、屠る、あの惨劇を導いたのだ。
末、恐ろしい。
ただ、救いがあるとすれば、その事件は、神が目覚めていたから起こったという話だ。
つまるところ、ああいう惨劇は、神の意識がある場合のみに当てはまる話である。
だから策が無いと絶望に浸るのは、まだ早い。
まあ、今から為す方法が、清く正しく厳正という言葉には、ほど遠い、裏技で、抜け穴で、ルールの網をくぐるようなものだけど。
その手法は、至って簡単。
寝込みを狙う。
拍子抜けするほど単純な策だ。
まあ、細かなことを言えば、神に睡眠という概念があるのか定かではないので、意識外、或いは失神時を狙うことになるが、、、。
まあ、その状態時に、代用品を口に放り込んであげればいい。
所詮、神の欲するところは、『マナ』なのだから、腹に入れてしまえば、それが何であろうと構わない。
つまるところ、神がお目覚めする前に、腹を満たせてやればいい。
ただそれだけの話。
そういう意味では、今、これ以上ない好機である。
ただ当然、いつ目覚めるかは、定かではない。
今眠っていると言えども、次の瞬間、目覚めない保証はない。
ポロリと落とした実が地面に弾んだ衝動で、起こしかねないわけだ。
物音一つ立てないよう細心の注意を払いつつ、苦労して採集した功績を、おおっぴろげに開かれた口に、一つ漏らさず押し流す。
なかなか、神経の磨り減る作業であった。
作業を完了し、一息つく。
神に対し、細工を施すのはここまで。
されど、任務の完遂には、ほど遠いので、早々に神殿を後にする。
・・・さて、次は何処へ向かうべきか。
何度も口にしたが、この作業は、所詮時間稼ぎに過ぎない。
契約者なる者を見つけ出さぬ限り、この村が救われることはないのだ。
その契約者なる者が難敵である事には変わりないが、出来ることなら今夜中に仕留めてしまいたい。
勿論、あの実を、又もや拝借し、捧げれば、もう一晩延長可能だが、これ以上あのヤギに迷惑かけるのは忍びない。
何としても今晩で決着をつけてしまいたい。
だから、次なる作業としては、契約者を探すことだ。
この村中の中から該当する一人を見つけ出すとなると途方もない作業だと感じるかもしれないが、それなりにアテはある。
それも、そのアテは、かなり確信に近い。
正確に言えば、誰か、までは特定できているのだが、そいつの居所を、未だに掴めずにいるという状態だ。
また、捜索の作業である。
まだしばらく、かかる見込みなので捜索を続けながら、そう確信できる所以について、少し補足説明を交えて説明していこうと思う。
ーーーーー『人災』ーーーーー
ここにおけるこの言葉は、人為的災害とは、少し訳が違う。
確かに、作為的であるのには変わりないが、ダム破壊や環境汚染による公害問題とは、また別物だという認識をして欲しい。
そして、結論から言うと『人災』とは、人の型をした変異物が振りまいた『災』を指す言葉だ。
この世には、『災』を手足のように操る術者、俗にいう異能者という者達が存在する。
彼等が発動する『災』は、当然、地震や津波をはじめとする自然現象と同等の威力を示し、
そして、その発動は、術者なる者が、確たる意思をもって引き起こされるものである。
つまり、術者が、震源地ならぬ、『災』源地となりて、齎される『災』なのである。
もし仮に、その術者なる者が、正義たる者であれば、何も問題など起きぬはずだが、そんな力に溺れる者は、大概が倫理の枠を逸脱する者である。
その力は、例外を除き、基本いつでも何処でも、使用可能なものである。
即ち、術者が世界を駆けまわれば、如何な場所にも『災』を、お見舞いできるわけである。
それは、ニュースで耳にするテロ行為とは、比にならぬ脅威である。
さて、そんな異次元な力を持つ者達であるが、彼等には、系統というものが存在する。
言わば、異能の授かり方法なもので、別個に分類わけされる。
主な所をあげれば、血統、契約、変異、、、といったところだ。
まあ、例を挙げたら切りが無いので割愛。
それで、今回目をつけるべきものは、契約であり、その契約先は、言わずもがな神である。
以前、神との契約により、人類は安泰をものにすると述べたが、実は、それは人類一般の話であり、契約者なる者は、それに付随する形で異能を授かることを伝え忘れていた。
正確には、契約した際に、神と契約者にパスが開通し、甚大な『マナ』が逆流することで、その異能は発現する。
それ故に、神の性質に沿うような異能を授かる。
そうして、人理を外れた力を持つわけである。
これは、一種の例に過ぎなくいが、『人災』についての典型例である。
結局は、偶発的なものでは無く、ある行為に及んだことで、手にした異能だと理解してもらえば構わない。
さて、そろそろ本筋に戻そう。
それらを加味し、少しばかり頭を働かせば、直ぐに『人災』なる人物に、辿りつけるであろう。
村人を震え上がらせ、幾度となく平穏を脅かした人物を
奇怪千万を意のままに扱う、人ならざる異能を持つ者を
ーーーーー砂嵐
砂をいとも容易く操るソイツは、疑いようもなく、『人災』と呼ばれるに相応しい。
そういう相手に交渉の余地など皆無である。
まあ、正直な所、口下手な俺では、交渉の座につかせることすら難しい。
どう足掻こうと、戦闘は免れないだろう。
極力、無駄な戦いは避けるのが、信条なのだが、今回ばかりはそうも言ってられない。
力尽くでも、神の座に連れ戻さねばならない。
さて、目標が誰なのか分かってもらえた所で、次に、奴の居場所を探し当てなければならない。
この膨大な砂漠から、人ひとり探すなど不可能に等しいが、実は、此方に関しても、大抵のアテはついている。
まあ、長年の勘ってやつだ。
そういう窮地に追い込められた者が、目指す果てってのが、どうしてだか俺には理解してしまう。
まあ、それは単なる経験則でしかないけれど。
奴の立場に立って見ればいい。
神との関係が拗れ、頼みの綱であった教徒達の大半は死に絶え、授ける贄もなくただ逃走の限りを尽くす。
その悲劇を惨劇を忘れ去りたい。
されど、術者を担ってしまった宿命か、或いは責任か。
神と通ずるパスは、どう切断しようと努めても、繋がったまま切れることはない。
その縁を感じては、忘却も叶わず、事あるごとに、罪悪感に苛まれることであろう。
その関係は、ある種の運命共同体。
死ぬが早いか、殺されるのが早いか。
結局のところ、その運命からは免れない。
逃げたくても、逃げられない状況下では、戻る居場所も、目指す地もない。
ただ途方もなく彷徨うだけ。
そういった、自身の意味を喪失した者が、徘徊した末に、行き着く先ってのは、ある程度予測できる。
人気一つない、一人になれる静寂な場所を探す筈。
それでいて、身を潜め姿を形を隠せる所の筈。
されど、神を思うと、あまり離れたくない思いもある筈だ。
理想であれば、村の一幕を一望出来る場所。
その特定は、奴に沿って考えたというよりかは、俺ならそうすると言った方が正しい。
されど、根拠のない自信が、そこで間違いないと訴える。
その勢いの中、位置の絞り込みを図る。
以前、村を探索した際に、人目を憚らずに村を一望できる箇所を把握しておいた。
候補としては、数箇所あるのはあるのだが、身を潜めたい条件で絞れば、恐らく、疎らに瓦礫が散った、砂の丘に他はないだろう。
当然、断定には程遠いが、可能性としては、十分にありえる話だ。
更に、思考に耽って、確実性を持たせたいところだが、何度も言うように一刻を争う事態だ。
その箇所が当たりだと信じて、その地へと向かう。
程なくして、目的地に到着し、全貌を見渡す。
ここは、村から少しばかり離れた場所に位置し、砂が盛り土のように堆積している。
その大量な砂溜まりに、瓦礫が散在している。
恐らくではあるが、昔に、建造物でも、あったのだろう。
だが、今となっては、腐食して、風化され、在りし姿さえ想像し難いほどに、崩壊してしまっている。
俺からすれば、瓦礫が頽れただけの廃墟に過ぎない。
こんな外れに人が来るはずもなく、瓦礫がいい度合いに視界を遮断し、身を隠すのであれば、最適の地だった。
ふと、空気が揺らいだした気がした。
・・・何処かに潜んでいる。
それは、直観。
細かな異変から、誰かが此方を窺っているような気がした。
正面衝突での場合、『人災』如きに、さらさら負ける気はないが、奇襲をかけられたのであれば、いくら俺であろうと、勝ち目は乏しい。
少しばかり、腰を落とし、警戒態勢に入る。
ジリジリとゆっくりな歩調で全方向に神経を向け、死角を突かれないよう細心の注意を払う。
懐に潜めた短剣の柄に手を伸ばし、瓦礫の影を確認する瞬間であった。
ーーー刹那。砂で人型を模った異形の物体が目に飛び込んできた。
奇襲であったが、心の準備があった。
正面から迎え撃とうと思えば、可能であったが、何処か違和感を感知して、右側に飛びのいて避ける。
後ろを振り返って、避けた箇所を見れば、そこには砂の棘が出来上がっていた。
・・・間一髪だった。
もし、正面で打ち合いを始めていれば、俺は砂の棘なるものに串刺しで即死だったであろう。
要は、正面切って飛び出したのは、あくまで囮。
俺に目前に集中させる合間に、奴の異能で俺の背後に、円錐型の突起物を生成し、対峙したと同時、俺を処理してしまおうという算段だったのだろう。
だが、幾度の歴戦を経て、磨き上げた勘が己の命を救った。
されど、、、どうも敵を甘く見ていたらしい。
全くもって侮れない敵である。
すぐさま距離を取り、敵を見据える。
敵は、轟々と唸る旋風を身に纏い、まるで甲冑を着ているかのような鉄壁さを誇りだす。
その轟音と奇妙な光景に、ある種の恐怖を覚え、敵の出方を窺うことにする。
さすれば、地面から巻き上がる砂が虚空にて集約され、目の溜まらぬ速さで、針型に象られていく。
数秒と経たずして、造形された針の数々が、石礫の如く、降り注ぐ。
それにはたまらず、後方へ退いて回避、それでも避けきれぬものは、短剣で対処した。
カン、カン
乾いた金属同士の衝突音が響く。
短剣を通じて手に届いた確かな重みから、この攻撃が、即席の、目くらましなどではない。
なるほど。
周囲の砂を一気に集約することで砂岩にまで、強度を増したか、、、。
・・・面白い。
敵の施策につい感嘆しながらも、奴の異能について紐解いていく。
されど、敵について考慮できるのも、束の間。
針の雨が第二陣、第三陣と降り注ぐ。
・・・くっ
戦闘において、範囲攻撃なるものは、距離を開けてやり過ごすのが定石である。
しかし、その攻撃が相手にとってエネルギー消費が激しい場合においてのみ、有効な戦略である。
しかし、奴は惜しげもなく、あの量を降らせることから、およそ尽きるなんてことはないだろう。
となれば、守備に徹してばかりでは、埒が明かず、しまいにはジリ貧で負けることだろう。
ならば、切り開く以外に他はない。
グッと地に足を踏みしめたと同時、弾けたように飛び出していく。
容赦なく降り注ぐ針の雨を短剣で華麗に捌きながら、合間を縫うようにして走る。
高速で駆けたことで、既に、俺の間合い。
後は、この短剣で砂の鎧を剝いでやろうと、そうしようと試みた瞬間だった。
奴は、あれ程自分の身の可愛さに、防御に全振りしたはずの旋風を、瞬時にして解き放つ。
ブワリと猛風が襲う。
その勢いは、直立も一苦労なほどに凄まじい。
そればかりか、飛来した砂粒が、ビシビシと衣を裂かんとばかりの勢いで肉体を嬲る。
これには、ただ佇んで耐えるしか他なかった。
やっとのことで、嵐が過ぎ去り、ボンヤリと視界が明けていく。
そして、視界が改善回復した時には、奴は、あたかも、何もなかったかのように、旋風を再び身に纏っていた。
其れのみならず、今度は、右腕を横へと伸ばしたと思えば、そのまま勢いよく正面へと振りかざす。
さすれば、右翼に積もる砂粒が磁力に吸い上げられたが如く宙に舞い、振りかざすと同時、舞い上がった無数の砂が俺目掛けて放たれる。
吹き飛んだ砂は、瞬時にして視界を奪う。
目に入れば一溜まりもないので、腕を前に突き出して、耐え凌ぐも、敵の猛攻は止まらない。
男は、左腕、次は右腕と交互に払う。
幾度も幾度も。
そう、何度も砂を騒めかせたが為に、砂が重力で地に落ちるよりが無くなり、宙に舞い始める。
その情景こそ、砂嵐と呼ぶにふさわしい。
そして、この地に、砂が吹き荒れる一種のステージが出現した。
俺からすれば、目では到底終えぬ速さで砂粒が飛び交うストームの中で、閉じ込められる形となった。
薄暗いうえに砂に遮られて、視界は壊滅。
そのうえ、唸る風の轟音で聴力も、ろくに働かない。
・・・まずいな
完全に奴の術中に嵌った。
この至る所で旋回する風は、包囲網のソレと同じ。
これは、視覚、聴覚を始めとする、およそ戦闘で必須な感覚を奪う。
そして、奴は、俺が完全に身動きを取れなくした状態で、確実に殺しに来ることだろう。
俺にとっては、足場の悪い砂漠ってだけで、不利であるのにも関わらず、奴からすれば、資源、即ち、砂の枯渇に配慮しなくて済む地だ。
そして、アドバンテージのある地を更に改良して、これ以上ない好フィールドにしたわけだ。
実は、はなから誘われていたのではないかという疑念が湧いて歯噛みする。
されど、そんな後悔したところで、状況は一転しない。
それならば、不利な戦況をどう凌ぐかを頭の容量に割いた方がマシだ。
・・・まだ、終わったわけではない。
そう意気込むのと同時、俺の視界が届かぬフィールド外にて、虚空に集約された砂塵が針型に造形。
グルっと取り囲むようにして無数に造形されたソレは、振り刺さる日光の如く、放たれる。
視界のままならぬ俺は、ソレが数メートルに及ぶまで気づけない。
感知した時には、目前にまで迫り、捌ききるどころか、逃げる隙さえないと悟る。
・・・致し方ない。
切り札を出すべき時だと悟った俺は、常時はめていた漆黒の手袋を取り外し、焼け焦げた異様に昏い素手を強く握りしめる。
全身に巡る『厄』が、右手にて最大に集約されたと同時に、手を開く。
ーーーーー閃光。
解放された手から幾重に連なる黒色の何かが360度、全方位へ放射状に、光の如き速さで飛び出していく。
放たれたれたソレは、針に衝突するや、砂塵に舞い戻り、虚しい限りに、ハラハラと散る。
それに限らず、あろうことか嵐さえ引き裂きいて、吹き荒ぶ風もろとも霧散させる。
、、、あの悪天候は、何処へいったのやら、ものの一瞬で、澄んだ世界が広がった。
三度目の対峙。
砂の鎧のせいで、奴の表情など窺う余地もないのだが、一瞬たじろいだのが窺えた。
まあ、無理もない。
奴からすれば、時間にして一秒にも満たない刹那に、懸命に構築したフィールドを掻き消されたのだ。
寧ろ、動揺を隠していることを褒めるべきかもしれない、、、。
かつてない好機として、反撃を試みる。
地を蹴って弾かれたように推進し、懐に入り込んでは、甲冑の隙を突いて、刀身を振るう。
ガキッ
鈍い音が響く。
完全に不意を突いた先制攻撃だったのだが、寸前で防がれた。
奴が即興で砂岩の盾を造形し、俺の速攻を阻んだのだ。
これには、敵を褒めるしかない。
尚も畳みかけようと試みるも、至近距離の旋風に、横殴りの圧が胴体を叩きつけ、手足の動作に支障が出る。
刃物を振るうのもままならず、近づき過ぎは禁物だと、理解して後退る。
・・・どうも、もどかしい。
あの鎧が攻略のカギだと理解しているのだが、結局、突破口が見つけられずに、攻めあぐねている。
・・・どうしたものか
そんな、戸惑いの念が浮かぶと、それを見透かしたように、奴が仕掛ける。
刹那、周囲に浮かんだ砂塵が虚空にて、氷柱型に造形。
無数に製造されたソレは、弾道ミサイル如き勢いで放たれる。
瞬時にして視界が埋め尽くされた。
数の暴力に気圧される。
されど、所詮、棘から氷柱型に変わっただけのこと。
一度凌げたのであれば、必ずや二度凌ぎきれる、と自分を鼓舞し、数多のミサイルを度外視し、突撃を試みる。
範囲攻撃のソレは、確かに回避困難という面では、確かに秀でたものだ。
しかし、致命的な傷を負わせるのは、あの数多ある中でごく一部だけ。
つまり、衝突しうるものだけを打ち払えば、どうということはない。
果敢に攻め入る俺にとって、既に大半が軌道の外であり、地面と衝突するだけの無意味と化している。
後は、正面にきたものだけを薙ぎ払い、この短剣を突き刺せば、事は成せる。
そう確信した時だった。
クンッと、標的を捉え損ねたはずの氷柱の数々が、突如、空中で旋回。
すぐさま、俺の背目掛けて飛んでくる。
・・・馬鹿な。
その仕組みは誘導ミサイルに近い。
されど、軌道は完全に物理法則を逸している。
あまりに異常な光景だった。
その異常の連鎖が繋がり、いつの間にやら四方八方、氷柱の雨で囲まれた。
又もや、敵の罠にはまったのだと理解して軽く舌打ちをする。
瞬時に拳を握り、解き放つ。
ーーー閃光。
又も全方向に射出されたソレは、無数の氷柱を食い破り、塵となった氷柱は、儚げに散る。
間一髪だった。
思えば、その氷柱とやらは、奴が造形したものであり、奴の支配下だ。
つまり、その軌道を操るぐらい造作もない。
追撃ミサイルの真似事など、お茶の子さいさいだと、どうしてそこまで頭を回せなかったのかと、内省する。
これでまた、迂闊に攻めに転じれなくなった。
うまく、戦況を運べない自分に苛立ちを覚えると、相手も似たような心境らしく、ギリリと歯の軋む音がした。
奴からすれば、会心の一撃を悉く、不可思議な現象で無に帰されたのだ。
それに、つい先ほどまで支配下にあった砂岩の数々が、途端に操作不可になったのだ。
それは、まさしく自身の異能が封殺されたのと同義。
起きてはならぬ異常である。
理解の及ばぬ現象への畏怖と、自身の力が及ばぬ焦燥が入り混じり、努めて冷静であろうとするも、確かな怒りをヒシヒシと感じる。
長い沈黙が続く。
しかし、互いに茫と見合っているわけではない。
傍からすれば、無意味な時間と感じるかもしれぬが、互いに頭脳をフル回転させた手の内の探り合いだ。
両者の異能が何であるのか、或いは本質は何なのか、そしてどう活用されるのか、これまでの戦術から癖を見抜いて、読み解いていく。
・・・安く見積もった方が負ける。
まるで、そこだけが世界と断絶されたかのように、両者として一寸たりとも動かない。
ーーーそして、ゴゴゴと大地を揺する轟音が均衡を破る。
奴が、突如、両腕を盛大に広げ、背筋を大げさに反らし始めたのだ。
その奇妙な行為と同時、轟音が鳴り響き、眼前に砂岩の壁が砂漠の地から隆起する。
壁は目にもとまらぬ速さで上昇し、みるみると丈を伸ばしていく。
その高さは、既に高層ビルを超し始めた。
程なくして、騒音が止む。
恐らく、最高値に達したのだろう。
すれば、その巨大な壁が徐々に傾斜し始め、釣り合いを失うと同時、ものすごい速さで倒壊する。
その光景は、異常なことに変わりないのだが、範囲攻撃のソレと変わりない。
手から照射されるソレで凌ぎ切れると、、、思えたが。
異変を的確に感じ取り、俺は、あろうことか敵に背を向けて、範囲外に向けて逃亡を図る。
すんでのところで、回避を遂げると同時、巨大な砂岩の塊は、砂塵を撒き上げて、地面をこれでもかと揺する。
・・・考えたな。
素直に敵を賞賛した。
実のところ回避に徹していなければ、俺は今、こうして生き残れていなかった。
一見、質量に任せただけの脳筋攻撃は、実は緻密に練られた策である。
もし仮に、俺があの場で真っ向勝負を挑んでいたら、壁に叩き潰されることはなかったであろう。
されど、砂に押し潰されることはあった。
つまり、もし仮に俺の切り札で、一面の壁が打ち砕かれて砂と化しても、大量の砂で圧死させるという二段構えだったわけだ。
まさか、二回手を晒しただけで、既に欠点を見抜いて、そこを突いてきたとは。
・・・面白い。
思わぬ強敵に心躍る。
得意の足で前に出た。
すれば、奴は、あの壁と同等の規模の、砂岩の石柱を幾らか虚空に生成し、地に着き落とす。
確かに、巨大さからするに、直撃すれば目も当てられぬ結末になるだろうが、どうも奴には砂を一度に操られる限度が存在するようで、如何せん数が少ない。
疎らに降り注ぐソレは、俺の足からすれば、脅威ではない。
全てを掻い潜り標的の元へと駆ける。
奴も、止めきれないと悟ったか、柱を捨て、剣型に造形された砂岩を手に取って構える。
奇しくも同時、共に刀身を振りかざす。
乾いた金属の衝突音が侘しい砂漠を奏でる。
一進一退の鍔迫り合い。
既に、そこは、彼らだけの世界。
長い間、打ち合い続け両者ともに疲労の色が見えた頃。
一度、両者ともに引き下がって睨み合う。
ーーー次で決まる。
自身の一太刀か、それとも相手の一刺しか。
瞬きさえ許さぬ互角の戦いが、今決着が着くかと、、、そう、思われた瞬間であった。
ーーーポツリ。
火照った頬に、若干、冷感のこもる何かが伝う。
確認せずとも雨だ。
しかし、雨ごときで集中を削いではならぬ。
天候で逸れた戦意が、負けを誘うこともあるからな。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
突如、耳をつんざく音がした。
突如、脳を揺する音がした。
突如、この世ならざる声がした。
あまりの騒音に両者、戦闘時なのを忘れ、耳を塞ぐ。
そうでもしない限り、鼓膜が破れ、脳震盪で頭がどうにかなってしまいそうだったからだ。
けたたましい轟音がやっとのことで過ぎ去り、音の出所を探る。
ーーー否、探るまでも無かった。
村の建造物とは比にならぬ、巨大な何かが蠢いていた。
その巨大さは、何よりも、ソイツが轟音の主であると、これ以上になく雄弁に語っている。
その得体の知れぬ何かが、村を蹂躙している。
「・・・。」
言葉はでない。
異様な光景に絶句する。
我を失うと同時。
ドサリ。
膝から崩れ落ちる音がした。
俺ではない。奴だ。
その倒れ方は、生きる意味を失ったソレで、脱力の比ではない。
砂の鎧が解かれ、中の正体が青年だと露わになったが、彼の目には光が無かった。
輝きを失った暗い、昏い、目。
底抜けに深い、掠れきった目。
確かに、戦意喪失した今こそ、絶大な好機であるのだが、、、既に終わった話である。
念を入れるために、コイツを縄で縛っておくことも脳裏に過るが、逃亡の気力さえコイツには残っていない筈だ。
どうせ、逃げることも、戦うこともできまい。
そう。それは、腐敗と風化を待つただのガラクタと同じ。
・・・任務失敗だ。
それも、これ以上になく最悪な形で。
そして、追い討ちをかけるように、雨が猛烈に容赦なく降り注ぐ。
既に全身は濡れに濡れ、染み渡る大地は、ぬかるみ始めた。
魂を失った男を一瞥して、背を向ける。
そして、条理を逸す、巨大な何かへと向けて駆けだした。
・・・今宵は、何人生き残れられるかな、、、。
嫌な胸のざわめきが、既に疲弊した筈の肉体を駆動した。