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11/19

救助

あれ程、自慢げに自分の知識をひけらかしたというのに、まだお目当ての()()は、見つかるどころか、アテさえ掴めていない。


灼熱の砂漠地帯を彷徨い続けて、はや数時間。


燦々(さんさん)と照る太陽は、限度というものを知らない。

高度を順調に上げるとともに、生存不可能な温度に到達する勢いで砂漠地帯を熱っす。


代わり映えの無い砂漠を練り歩くだけの作業は、まさに苦行。


光の猛射が絶えず体力を削ぎ、()だる熱気が意識を朦朧(もうろう)とさせ、時折、吹き(すさ)ぶ風が、熱を帯びた砂粒を運び、容赦なく肉体を叩きのめす。


滝のように垂れ流れる汗は集中を欠き、眼前に映る陽炎が、自然現象によるものなのか、意識障害による幻想なのか、判別がつかない状態であった。


猛暑に参りそうな自分に気づき、意識の回復を見込んで、乾ききった喉を(うるお)す。


・・・ああ、、、忘れてた。


染みるような水が生を実感させるも、後に罪悪感が己を(さいな)む。


先ほどから、水分の補給ペースが早すぎるのだ。

恐らく、五分も間隔は経っていまい。


このままでは、水分不足にて、干からびる未来が容易く想像できる。

だからこそ、水は自制しようと心に決めたはずなのに。


・・・灼熱の砂漠に、心が呑まれたというのか。


絶えず照り輝く憎き太陽を睨む。


だが、当然、睨みをきかせたからといって、何かが起きるわけでもない。

得たものと言えば、睨みを聞かせたその一瞬、渇きを忘れられたことだろう。

ただ、それも束の間の安息である。

すぐさま、喉が渇きを訴え、潤いを求めて止まない。

既に、所持していた水分の3分の2は切っている。


・・・これではたとえ、お目当てのものを見つけられたとて、無事に戻ってこられるか、危ういところだな、、、。


朦朧とした意識の中、辛うじて働いた理知的な憶測であった。


その刹那。


疲労による足取りの悪さも相まったのだろう。

俺は、何かに足を取られ、前につんのめる。

疲労しきった状態であったが、受け身を取って、バランスを取り戻す。


ふう。


危ないところだった。

もし、仮に転んで、うつ伏していたら、憔悴(しょうすい)しきった肉体が休息を求め、再駆動を拒んでいたかもしれない。

そうなれば、もう二度と立ち上がることはできまい。

それは、即ち死。

こういう過酷下では、歩みを止めない方が寧ろ、()()()()()()()


再び、溜息を吐き、緩んだ集中を取り戻す。


さっきは、行き来の所要時間と残りの水分について意識を割いていたため、足元が(おろそ)かになっていた。

反省の意を込めて、転びかけた場所に目をやる。


すれば、そこには白色の円錐型の()()が埋まっている。


砂岩にしては、歪なうえに、他のより(ほの)かに明るい。


それを観察しているうちに、どうしてこけたのかを思い出す。

そうだ。俺は、砂に足を取られたのではなく、()()(つまづ)いたのだと、、、。


何か、凄まじく悪寒が背筋を走り、異物の正体を確かめんと周囲の砂をどかす。


円錐だと思っていたソレは、次第に歪曲(わいきょく)し始めた。


その、なだらかなカーブと硬質さから、それが角だと理解した時には、そこに命が埋もれている事態を悟る。


されば、我武者羅に埋もれた何かを救うべく、覆い被さる砂粒を払い飛ばす。


すれば、頭部が浮き彫りになり、覇気のない目が虚空を見つめていた。


・・・熱の帯びた砂を、全身に纏ってから、どれ程の間、その苦痛を耐え忍んできたのだろうか。


それは恐らく、砂風呂などの比ではない。

サウナに投獄されたも同等。


耐え難い苦痛であり、助かる見込みは薄い。


されど、まだ命は尽きていないと、そう願いながら救命を続行する。


熱のこもった砂粒は、肌に触れるごとに痛覚を刺激し、そもそも憔悴しきった体では、砂を掘る事すらままならない。


暑さ故か、疲労故か、それとも恐怖故か、手の震えが収まらない。

されど、それでも懸命に、ただ目前の命を救わんと砂を払う。


次第に全貌が見えてきた。


外見上、四足歩行の大型動物。

角を有することから、羊やヤギの(たぐい)だろう。


砂漠にそんな生物が生息するものなのか、、、


刹那、疑心が過るも、救命において、そんなことはどうでもいい。


邪念を払い、すぐさま救助の作業に戻る。


その命は全身を砂風に晒されたがために、胴体部分は砂埃で色()せており、懸命に砂を払いのけるものの、いまだ、半身が砂に溺れている状態だ。

至る所に(かす)れ傷が見受けられることから、何度も藻掻き苦しんだのだろう。

それに、肉を削いで骨だけを残したかのような、痩せ細った手足が生々しくて見ていられない。


・・・コイツは、こんな過酷な環境下であろうとも懸命に生き続けてきたはずだ。


どれ程困難であろうと、めげずに生き延びようと努力してきたはずだ。


そう戦い続けたものの果てが、砂嵐のもとに無防備な肉体を晒し上げにされ、それでも飽き足らず、大地の肥やしとして取り込まれる仕打ちというのか。


つくづく、命の無意味さに嫌気がさす。

つくづく、生命の無力さに呆れ果てる。


ここは灼熱の大地。

弱者から容赦なく切り捨てられていく世界。

適合できぬ者から排除される世界。


なんとも、まあ、理不尽で、不条理な世界であろうか。


たとえ、この命を救えたとて、この地が安息になるわけでは、ない事を知っている。

たかが、この命を助けたとて、死の連鎖を断ち切れぬことを知っている。


・・・けれど、眼前の命すら救えずして、何が英雄か。


いつからだろうか。俺は、窮地にいる誰かを救うことこそが、生業(なりわい)ではないのかと、そう肌で感じていた。


すれば、(うつ)ろな目が、俺を捕捉した気がした。


ーーーーー生きている。


それは、直感。救えるという確信であった。

しかし、その感情と同時、戸惑いに似た混乱が脳に訪れる。


そうだ。そういえば、俺には救い方を知らない。

何をなせばいいのか、分からないのだ。


生物学者でも獣医でもない俺は、救助処置の知識など微塵もない。

素人の処置が、更に悪化されるなど、よくある話だ。


けれど、ここには俺以外にいない。

救えるのは、自分以外にいない。


とりあえず、水を与えねば話にならないだろう。

ただ、熱中症の恐れがあるものに、水を与えていいものだっけか、、、、、。


ええい。


今は、一刻を争うのだ。迷っていては、救えるものも、救えない。


内心、疑心暗鬼ではあるものの、窒息させさえしなければ、どうとでもなるだろうと、半ば躍起になりながら、ゆっくりと加減しながら、その動物の口に水を注ぐ。


・・・正しいだろうか。俺は、正しいことをやれているだろうか。


正しくあれと、祈り、願いながら、生の復活を見守る。

緊張の漂う、長い時間であった。


すれば、掠れて、淀み、濁り切った目に、確かに光が宿る。

パチリ、と目を瞬かせ、程なくして、俺の存在を捕捉する。


その光景に、なんとも言えぬ温かみが胸に灯る。


そう感動に打ちひしがれていると、その動物は舌を出して潤いを要求する。


・・・ああ、そうだった。思い出した。


まだ、彼は戦っている最中だったのだと。


彼は、俺を救世主と認識し、全て俺に運命を委ねたのだ。

意識を取り戻したとて、これから生き延びれるかどうかは、全て俺にかかっている。

俺の行動次第で、結末が変わるのだ。


現状を素早く理解し、俺は、その要求に応じた。


ーーーーーそれが、俺が所持する最後の一滴であった。


ヤギの目に活力が(みなぎ)る。

どうも意識を取り戻せたらしい。

先ほどまで、床に()せて微動だにしなかったのに、砂に溺れた状態から()い上がらんと、手足を我武者羅に動かし始めた。


その姿に、俺は思考よりも早く、体が動き、動物の足を掴んでは、思いの限りに引っ張った。


砂に埋もれていたソレは、スポリと引き抜かれ、久方ぶりに光を浴びる。


ようやくソレが、ヤギなのだと断定できた。


無事に脱出したヤギは、すぐさま、立ち上がろうと試みる。


されど、やせ細った肉体では、体を起こすのもままならない。

踏ん張りがきかず、砂があざ笑うかのように舞い上がるだけだ。


意識を取り戻せたとはいえ、未だ瀕死状態であることに変わりない。

ヤギに歩み寄って補助をする。


俺の介護のかいあって、フラつきながらであるものの、立ち上がって見せる。

そして、今にも折れそうな痩せこけた手足で、失いかけた明日へと目指して歩み出す。


その姿は、あの虚ろな状態からはあまりにかけ離れた姿で、あまりにも逞しく、雄々しく、神々しいとまで感じさせられた。


俺は、その姿に、この種がこの地で生存し続ける理由が少しばかり分かった気がした。


その歩く様を見届けてやろうと眺めていた。

されど、突然、視界が白けてきた。


あれ、救助に、30分も要さなかったと思うのだが、、、

・・・どうやら、俺もまずい状況らしい。


水分は、今まさに尽きたところだ。

それに、この距離では、村に戻る前に力尽きることだろう。


・・・まずったな。


己の状態が限りなく窮地であるのに関わらず、どこか他人事のように楽観的に捉えている自分がいる。

その心情は、恐らく、一つの命を救えたという誇りからだろう。

俺には、神を止めるという急用の任務の他に、自分が為さねばならぬ大義があるのだが、それでも微塵も後悔という念は浮かばない。

今度は、間違えずに済んだ。


そうと、自身の行為を振り返り、己の命に対し、諦めの境地に達する(すんで)の所だった。


「メェーーーーーー。」


莫大な砂漠に鳴き声が響く。


鳴き声のもとを辿れば、別れを告げたかと思われた動物が振り返り、此方(こちら)を見据えている。

何をなせば良いのか分からず、(しばら)く沈黙が辺りを漂う。


そしたら、今度は、「メェー、メェー、メェー。」と、止むことなく鳴き声が響く。

ヤギの瞳が俺を捕捉して離さず、何か訴えるかのようだった。


・・・俺に、ついてこいというのか。


そのあまりに異様な仕草から、俺に何か頼み込んでいるのでは、と察っす。

兎に角、歩み寄ってやれば、ヤギは安心しきったように、再び歩み出した。


・・・どうやら、ついて来て欲しかったらしい。


ヤギの、たどたどしく、弱弱しい足取りに不安を覚えながら、その後を追う。

されど、自分の足取りもヨレヨレであり、相手を思うなど自身を棚に上げた感情だったと苦笑する。


・・・何処に連れてってくれるのだろうか。

・・・()()であれば、いいのに。


淡く希望を抱きながら、重い足を引きずる。


どれほど時間が経ったのだろうか。

代り映えの無い砂漠下で、ヤギの後ろを追う光景は、狐につままれたようで不思議な間隔だ。

感覚障害と朦朧とした意識が相まって、既に時間感覚はバグっている。


されど、着実に、確実に、目的地へと近づいていたらしい。


いきなり飛び込んできた光景に、息を飲む羽目となる。


眼前には、まばらであるが木々が茂り、眼下には一面に水が張る。

そればかりか、この地有数の生命が集い動物の楽園と化していた。


これには、驚愕で、疑わずにはいられない。


されど、何度頬を(つね)ろうと変わらぬ光景に、やっとのことで現実だと理解する。


・・・どうもヤギを信じて進んだ結果、思わぬ眺めを目にしてしまった。


その立役者であるヤギは、俺の内心を知ってか知らずか、水のほとりに近づいては、水を飲み、俺にも真似るように手招く。

その促す仕草が、あまりに五月蠅いので、水質は大丈夫かと疑念が過るも、水底まで透ける有様を目にし、頂くこととする。


程よい冷水が、乾ききった喉を潤し、憔悴しきった肉体に染みわたる。


・・・うまい。


生き返る感覚をヒシヒシと感じながら、恵みに感謝する。


ふと、顔を上げると、ヤギと目が合った。

すれば、空を貫くかんばかりに甲高く鳴く。


その姿は、まるで共に生き延びた歓喜を告げるようだった。


満足そうなヤギの様子を横目で見ながら、結局、部外者であるのに関わらず、満足のいくまで水を御代わりし、顔まで洗わせて頂いた。


ふう。


言わずもがなではあるが、どうも、ここはオアシスらしい。

それも、人の手が加わっていない、文字通り動物の楽園だ。

そんな秘境の地に似た居場所を知ってしまったことに、(いささ)か罪悪感を感じずにはえられない。

しかし、舞い上がって歓喜の意を示したいほどに、この地には好条件が揃っていた。


思わぬ出会いに、色々事がそれた。いい加減、本題に戻ろう。


先ほど、淡い期待を抱いた()()


それは、『マナ』においての()()である。

超自然力とも呼ばれる『マナ』は、大地にも存在し、流れというものが少なからず存在する。

ようは、水の流れとさして変わりない。

水の流れがある所は、川となり、勢いが強い所は滝となる。逆に滞る場所であらば、湖や池という類になる。

それが、『マナ』に置き換わっただけ。

目に見えるか、見えないかの違いだけだ。


結局のところ、『マナ』というのは、曲がりくねったり、或いは分岐したりと、地に根を張るかの如く広がるものだが、いずれかの箇所に停滞が生じ、()まり場なるものが存在するというわけだ。


で、今回は、このまさに眼下に広がるオアシスが、『マナ』の溜まり場に当たるわけだ。


まあ、源泉には程遠いが、不足を恐れる程、小さいわけではない。


正確には、『マナ』の鑑定士なるものが見極めてもらわねば、知覚できぬ俺からしては、確実性には劣るが、経験則からして問題ない。

必ず足りる。


判断基準は、オアシスがある、という観点だけではない。

木の茂り具合、動物の生活具合。

そういう生命の繁栄度合いから、大体の『マナ』の総量が分かる。


『マナ』とは、一種の恩恵だ。


生命の営みを促進する作用があり、こと植物においては、膨大な作用を受ける。

いわば、肥料のようなもんだ。

無くても生存できなくはないが、無いのと有るのとでは、育ち方が、まるで変わる。


それに、今回のような、過酷な環境下においては、また、別途、意味合いが異なってくる。


そういう過酷下では、人間の手を煩わせるので有名な、あの雑草と言えど、生えないものだ。

たとえ、生えようとも、結局、自然の法則に則って淘汰(とうた)される。

当然極まりない結末だ。


ただし、その地が『マナ』の溜まり場ならば、状況は変わってくる。

その地の総量次第だが、ある箇所では、『マナ』による成長バフが、自然の淘汰に勝る。

そういう箇所でなら、生存競争の強い雑草で無かろうと、多くの植物は芽吹くことが出来る。

つまる所、たとえ生存に不向きな土地、或いは気候であろうと、『マナ』の恩恵下では、問題ない。


そういう観点からすれば、当に眼下に広がるこの場所が、俗にいう溜まり場と分かってもらえるだろう。


後、それに付け加え、動物の要素を付け加えよう。

この眺めからするに、ポツポツではあるが、動物の生息が見受けられる。

それは、ある意味で、それ程にまで、その地が、成長したとも見て取れるのだ。


順を追って説明するとしよう。


先刻も告げたが、大地を流れる『マナ』は、主に植物に影響される。

動物に対しては、作用が無いとまで断言できぬが、あったとせよ、生存において大差は無い。

となれば、ここに集う動物は、『マナ』に誘われたのではなく、食物という餌に釣られたのではないか。


それぐらいの憶測は出来る。


それに、もし後者だというのなら、植物が生い茂るまでに、それなりに時間はかかる。


となればどうなるか。


『マナ』の影響下にて、ある程度の時間経過をした植物ならば、相応する『マナ』が吸い上げられ実に貯蓄される。

それは、当然、他では見かけることすら難しい、密度の高い、超一級品。

それこそ、当に、俺が血眼になって探していたものである。


思わず感極まって、オアシスから少し離れた、実のなる木に目星をつけて、歩み寄る。


ーーーアルガンツリー


乾燥地帯に植生し、その実は、食用、或いは、美容品として活用するとされる。


乾燥に強い木で水をやらずとも育つとされるが、オアシス付近に植生したのは、単に『マナ』の量に釣られただけなのだろう。


そう熱心に実を見つめ考察していると、その俺の眼差しが如何にも欲しそうだと、ヤギが感じ取ったのだろう。


突如、ヤギが木に向かって突進したかと思えば、軽やかな足遣いで、枝から枝へと飛び移り、実を摘んでは、直様、俺の元に戻ってきた。


そして、加えた実をボトリと地に落とし、甲高く鳴く。


どうも、くれるらしい。


なんとまあ、よくできたヤギだろうか。

有難く頂戴(ちょうだい)しよう。


ただ、、、まあ、これ以上厄介になるには、気が引ける。


でも、正直、たった一つでは、贄には遠く及ばない。


前に説明したとおり、たとえ、密度が高かろと量でかさ増しせねばならぬ。

実一つでは、到底届かない。


これ以上世話をかけまいという礼儀と、任務を遂行せねばという責任が、板挟みとなり葛藤として脳を悩ませる。

佇み続ける俺を見かねたのか、ヤギがまた、実を取ってきて、ク~ンと悲しみの声を上げる。


俺は、そんなにも暗い顔をしていたのだろうか。


どうも心配をかけてしまったらしい。


どうしたものかと迷いわしたが、あれこれ尽くしてくれる、このヤギに不誠実ではいけないと思い、意を決す。


到底、意図が伝わるとは思えぬが、両手を駆使し、一抱え程の量が欲しいとジェスチャーして見せる。

一回、二回、もう一回と、時にはスローで何度も試してみる。


されど、可愛げに首を傾げるばかりで、意図が通じない。


まあ、そんな所だろうと、意思疎通を諦め、実際に集めた量を見せてやれば、何か反応を示してくれるのではないか。

そう期待して、実の採集を始めた。


収集を始めて程なくのこと。


・・・視線がすごい


回収を始めてから、ヤギは此方をじっと見続け動かない。

監視されているようで、何故だかやりにくい。


すると、突如、歩み寄ってきて、ヤギも俺の作業に加わってきた。


ふう。


実のところ、部外者が勝手に採集を始めたとして、怒りを滾らせたのではとヒヤヒヤしてたのだ。


怒らないどころか、手伝ってくれるとは、なんという格の持ち主だろうか。


もしかしたら、大量の実を持ち帰ことさえ、良しとしてくれるかもしれない。

されど、懸念点としては、この実が、彼らの餌になるのかどうかだ。

もし、食料であるのならば、この周辺には木々が生え揃っているとはいえ、俺が(ひと)抱え程の量を譲り受けた場合、それなりの損失になることだろう。


食用でなければ、少しは気が晴れて、持ち帰れるのだが、、、。


その疑念を晴らすべく、採集の最中に、この実は餌なのか、食べる仕草をして、ヤギに聞いてみた。


だが、ヤギはつぶらな瞳で奇行を眺めるだけ。


・・・これでは俺が変な奴になるではないか。


その努力も空しく、結局、分からぬ仕舞いで、実の回収を終えた。


収集した実を抱え、ヤギの前で盗む仕草をして見せたが、怒る様子も、止める仕草もない。


その姿から土産として手向(たむ)けてくれたのだと意を取って、素直に受け取ることとする。


これ以上ない報酬で、これ以上ない体験であった。


ここまで至れり尽くせりのヤギに感謝の意を示しつつ、その場を去った。

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