プロローグ
、、、ハア、ハア、ハア
見渡す限り一面黄砂の中、吹き荒れる砂嵐の中、死に物狂いで駆け抜ける。
猛スピードで走り続ける俺の背後には、数多な影。
逃亡開始から二時間を経過。
装備の不備、及び肉体的な疲労による問題はない。
ただ、走れど走れど、行けど行けど、建物は愚か、木々一つ見えやしない。
至る所、砂、砂、砂。
代わり映えのない景色。
流石に不安が掻き立てられるどころか、既に心が折れそうだ。
ゴールのない、果てのない、終わりのない、無限ループに突き落とされた気分。
その間も、吹き荒れる砂粒が、ローブを羽織って素肌を守っているのにかかわらず、合間を縫うように、衣服の隙間からのぞき見える肌に容赦なく叩きつけてくる。
これが存外痛くてしようがない。
ギラギラと照りつける陽光
やむことのない砂嵐
足元をすくう砂
過酷の環境の中を、めげそうになるも、それでも懸命に走る、駆ける、駈ける。
止まることは決して許されない。
ー何故なら、そう。
それの意味するところは、すなわち死。
立ち止まった場所が、俺が生き延びれた地点で、行き着けた所で、すなわち墓場。
足を緩めることは決して許されない。
もしあろうことか、足を止めたならば、『連中』は、直ちに。
情けなどなく、容赦などなく、殺戮してくるだろう。
そんなこと、この俺が、この身をもって知っている。
ほかの誰よりも、、、よくわかっている。
『連中』はやばい奴らだと。
吹き荒れる砂嵐が時折凪ぐ、瞬間を見計らい後続との距離を測る。
目測10m
・・・くっ、、、
ギアを上げたつもりなのだが、後続をちぎるどころか、差が広がらない。
なんなら、心なしか、差を詰められている気さえする。
こんなにも悪環境だというのに、あんなに逃げ回り続けているというのに、連中は怯むどころか、衰える気配すらない。
・・・くっ、、、ぬかった、俺としたことが、、、
虚空を睨み、引きちぎれそうな足を無理に回す。
ー俺は、とある施設に幽閉されていた実験体。来る者拒ねど、去る者には容赦のない鬼畜監獄の中で地獄の日々を過ごしていた。
そんな生活に耐えられず、幼きながら知恵を振り絞り、見事脱出して見せた。
あの日から今日にかけて、まだ一度もつかまってはいない。今日も変わらず逃亡の身である。
そんな俺は『連中』にとって替えの利かぬ超重要実験体。
千載一遇だとか、世紀の発明だとか、なんとか。
そんな実験体が逃げ出したとなれば、『連中』も黙ってはいられない。
手始めに、というか既に奥義と言っていいレベルの索敵が開始され、世界中に包囲網が張り巡らされた。
そんな絶望な状態の中を切り抜け、完全にまくことに成功。実はつい最近まで身柄を隠し通せていた。
だが、そんなに甘くないのも、見逃してくれないのも、諦めてくれないのも『連中』の特徴。
つい先日、俺が寝床とする潜伏場所を『連中』が突き止めやがった。
逃げ隠れたからと言って、気を緩めた覚えはない。
常日頃、食事中から、移動中、排泄中にかけて、なんなら睡眠中まで、あらゆる時間、いつだって神経を研ぎらせ『連中』の気配の探査を欠かさなかった。
それ故に、なぜ俺の居場所が明るみになったのか正直わからない。
俺に落ち度はない。
となれば、バレた理由は至って単純。
俺が脱獄不可能と謳われる刑務所を抜け出した時のように、完璧に隠し通せたと思い込んだ居場所を突き止めた『連中』が、その時一枚上手だった。
ただ、それだけの話|。
頭脳戦において、五分五分
戦力はこちらが上だが
あちらは、替えが効いて、補給可能
こちらは一度の失敗すら許されないというのに、、、
総合的に見て、やはり互角、、、
ただ、近日、『連中』のやり方が非常に荒くなってきた。
きっと、これが均衡だった力関係を破った理由。
これまで、『連中』のやり口は
陰湿に、卑怯に、隠匿に。
到底、凡人、世にいう普通の人には、関わるどころか、知ることもない方法で。
、、、だったのだが、つい先日、無関係者にまで被害が及んだ。
どうしてこんな取り返しのつかぬ悪手に出たのか、理解はできぬが、、、、、まあ、分からんでもない。
そう。憶測の域を出ないが、『連中』の動きを読めないわけではない、、、
これは、逃げ惑い、外の世界を知ってからの知識だが、俺を含め、あの実験は、世に知られていないらしい。
その情報を、目にするだけで、耳にするだけで、口にするだけで、疑いをかけられて即死刑。
ギャング、ヤクザ、盗賊、闇の世界に君臨する頂点、或いは国の代表、王にしか、その内容及び、目的を知らないだとか。
要するに最重要機密。
そんなガチガチのセキュリティーで保護すべき情報源である俺が世界のどこかでほっつき歩いてきているときた。
なら『連中』が血眼になって俺を探すのはやむなし。むしろ至極当然と言える。
倫理を度外視した実験は、呵責されることなく行えるというのに、どうやら実験内容が明るみになるのは怖いらしい。
実験における不具合、不手際による事故死は気にしないのに、領域外では、野垂れ死ぬことさえ許してくれない。
これまで、穏便に回収を図ろうとしたのは、きっと実験内容が明るみに出た時の世間の目を気にしたのだろう。
きっと、数日足らずで捕獲可能だと。
そう慢心したのだろう。
だが、俺は小賢しかった。しぶとかった。諦めなかった。
『連中』の想定を優に超えて逃げ回る俺。
そんな俺に、我慢の限界を迎え、しびれを切らしたのだろう。
実験体ごときが手間暇かけさせやがってと。
陰でコソコソしても埒が明かない。ならば、被害を出してでも早急な捕縛を目指したのだろう。
どうせ被害が出ようがもみ消せるのだから。
そういうことは、奴らの十八番だ。きっと造作もない。
そういうリミッターの外れた、あるいは、頭のねじが吹っ飛んだ、奴らを相手にするのは非常に疲れる。
俺を捕獲するには何だってするだろう。
それは、振りではなく文字通り。
その過程でたとえ人殺しになるとしても、その結果、町を崩壊することとなったとしても、きっと『連中』が厭うことはない。
いや、そもそも、気の迷いが生じるかどうかすら危うい。そんな奴らなのだ。
良心の呵責を、感情を、道理を捨てた奴らは、異様に強い。
五分五分、互角だった均衡状態が傾き始めた。
正直、押されている。
分が悪い。
今、まさに、追われる立場でいるように。
断じて認めたくないが、致し方ない。
『連中』は強い。
その手段が非人道的だとしても。
だが、流れが悪くなったからと言って、『連中』に媚びを売り、命を乞うような真似はしない。
この命、己のために使うと決めたから。
ーーーーー
パン
長々とした独白を破ったのは、乾いた銃声音。
脊髄反射で頭部を守る。
・・・仕掛けてきたか。
首だけ振り返りながら、敵影を目視。
ヒトの形をしただけのただの機械に布を被せただけの自律追跡機。
設定された目標を追跡し、要望に合わせ、ターゲットの捕縛、あるいは搭載された銃で射殺する殺戮機。
個々でも十分な火力を所持するが、こいつらは集団でこそ真価を発揮する。
なんせ追跡機という名がついているのだ。戦闘よりも捜索の方が長けている。
何千、何万といった単位の自律追跡機がちりじりとなって、世界中を徘徊中。
一つでも、目標を発見できた機械があれば、自律追跡機に搭載されたネットワークを通じ、目標に対する潜伏場所及び逃走経路といった情報を全追跡機に送信。共有を完了すれば、目標に近いものから特攻する。
そういう仕組み。メカニズム。
その上、壊れ、潰され、燃え尽きるまで、四六時中追跡任務を強行遂行する鬼畜仕様。
そんな感情を持たず、疲れという概念を持ち合わせない自律追跡機が、一つ、二つ、また一つと数を増やして団子となって俺を追う。
・・・だったのだが、、、奴らの勢いが止まった。
もう援軍が来る気配はない。
恐らく、ここらが奴らの限界か、、、
ふっと不敵な笑みを浮かべ、口角を無理に上げる。
一体ですら凡人には、手も足も出ないことが売りの自律追跡機。
この数、この量、どうやっても、振り落とすことは愚か、返り討ちにするのは難しい。
だが、それは人間においての話。
そう、人間を辞めた俺には、奴らはガラクタでしかない
・・・丁度いい、こちらも変わらぬ光景に飽き飽きしていた所だ
ここらで決着と行こうか
沈む太陽目掛けた疾走からの急ターン。
ただ追うだけに製造され、生まれ出された追跡機とご対面。
そう、俺はこの砂漠に逃げたのではない、奴らをおびき寄せたのだ。
一体、一体、駆逐したところで、後続がぞろぞろとやってくる。
ならば、一纏めにして、一発で殲滅させた方が、よっぽど効率がいい。
銃弾の嵐の中、間隙を縫うように走る。
距離を詰めたところで、袖をまくり、はめた手袋を脱ぎ捨てる。
そう、この黒焦げた両腕が、『連中』の研究成果であり、俺を人間から怪物に仕立て上げたもの。
皮肉なことに『連中』が無理に与えた人知を超えた能力が、自律追跡機から『連中』から身を守る。
攻撃は最大の防御というのはまさにこのこと。
自律追跡機如きには、比にならない火力、、、いや、正確に言うなれば、比較不可能。
そういう別種で格の違う能力。
ホント、この能力に頼ることが、どうも『連中』に手助けしてもらっているようで癪に触る。
それに、今なお伸ばし続ける逃亡時間が、奴らの実験の成果を技術の高さを証明するようで腹立たしい。
・・・だが、まあ、そういうのも、案外悪くない。
さらけ出した右腕を伸ばした状態で、群れと激突。
邪悪な黒い閃光が迸り、一瞬にして広大な砂漠を暗黒世界へと誘った。