9、入水後の話①
幾許か時間が経った頃。
衝撃からまだ立ち直れない二人にセファーは声をかける。
「と言う事だから、アダン、よろしく頼むねぇ」
その言葉を聞いて二人は我に返る。その後すぐに声を上げたのは、アダンだった。
「待ってくれ、セファー。エーヴァはどうなる?」
「ん? エーヴァちゃんは次代のこの街の管理者の予定かな」
「……そんな……」
この数年で心を通わせた二人。
セファーの言葉でエーヴァの顔から血の気が引いていく。
離れたくなくて……アダンの手を離さないようぎゅっと握りしめると、彼は心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。
その姿を表情では微笑んでいるが、感情が籠っていない目で見ながらセファーは言い放った。
「あれぇ、僕、最初に会った時エーヴァちゃんに言わなかったっけ? 『この街でゆっくり傷を癒してね』って」
「……言われました」
「エーヴァちゃんがここに来た時点で、地上の滅びは決まっていた。つまり、アダンが地上に行く事も決まっていたんだ」
「……そんな! セファー、どうにかならないのか?!」
「……もう既に人選は終わっているから」
今までにない程冷たい瞳でセファーはエーヴァを見つめる。彼女はその瞳に心を見透かされているような気がした。
あの後、エーヴァは彼の視線に耐えられず、逃げ出した。
その時にアダンから「エーヴァ」と名前を呼ばれたような気がしたが、振り向けなかった。
セファーのあの瞳で理解したのだ。彼女には地上へ行く資格がない、と言う事を。
未だ元家族に対して恐れがあると言う事を。
アダンと離れる事を考えると、胸が締め付けられるような想いだ。
だが一方で地上の事を思い出すと、居なくなったあの家族への恐怖がぶり返してくる。
エーヴァは自身の部屋に戻り、ソファーへと崩れ落ちた。そしていつの間にか気を失ってしまった。
――目が覚めるとそこは彼女が暮らしていた王国の屋敷の物置だった。
今までのことは夢だったのだろうか、と怖気づき、震える身体を自身で抱きしめる。
いつまでそうしていたのだろうか、次第に身体の震えが治ってくると、聞こえてきたのは使用人たちの声だった。
「あの辛気臭い巫女様のお世話がないと楽ねぇ〜」
「本当よね。生贄として入水したんでしょ? 苦しむところを見たかったわぁ」
「それなんだけど、お嬢様の話によれば、あの女は表情を変えることなく水に飛び込んだらしいわよ〜。お嬢様が地団駄を踏んでいたわ」
「最後まで不気味な女だったわね」
巫女様とはエーヴァの事だろう。
あははは、と笑っている使用人たちの声は遠くなっていく。思わず彼女たちの声を聞こうと扉に耳をつけた途端、身体が扉をすり抜けてエーヴァは廊下に出ていたのだ。
呆然と立ち尽くす彼女の後ろから、コツコツと足音が聞こえてくる。
見つかったらどうしよう、と思い身体が固まる彼女を他所に、足音は彼女の背の近くで止まった。
恐る恐る後ろを振り向くと、そこには入水当日にエーヴァを物置から連れ出した執事が立っていた。
視線が交わったと思ったが、すぐに逸らされる。
そして彼はぶつくさと文句を呟きながら物置の扉を開けた。
「何で俺があの生贄令嬢の後始末をしなくちゃいけないんだ。クソっ!」
彼はエーヴァに気づくことなく、ズカズカと部屋へ入っていく。
そこで彼女は気がついた。彼らはエーヴァの姿が見えていない事に。
彼女はそれならば、と音を立てないように歩いていく。たどり着いたのは食堂で、そこから声が聞こえた。
「はぁー、あの疫病神がいなくなって空気が綺麗になったわね、貴方」
「その通りだな。やっとリリスだけを愛する事ができるな」
「うふふ、お父様。入れ替わったのだから、今の私はエーヴァよ?」
「本当はお前をエーヴァなどと呼びたくはないのだがな……それは仕方ない」
エーヴァはこの言葉を聞いて、「彼らなら言いそうだわ」と思う。
なんとも現実的な……夢? と思いながら彼女はじいっと彼らを見つめる。
エーヴァに見られているとは知らない彼らは下品に笑い始めた。
「そんな疫病神よりも、私たちは華々しい未来の事を考えましょうよ。改めてリ……エーヴァ宛に殿下より婚約の申し込みが届いたのでしょう?」
「そうだった。元々我が家に申し込みが届いていたのだが、巫女の件で話が中断していたからな」
「うふふ、公爵家も安泰ね」
「しっかり殿下を支えるのだぞ、エーヴァ」
「はい、お父様」
そう笑い合う彼らの顔が醜悪過ぎて見ていられない。
眉を顰めたエーヴァは、ふと気づく。彼ら――特に父である公爵に何の感情も湧かない事に。
強いて言うなら、嫌悪感、だろうか。
今まで彼女は元家族の顔を見て来なかった。震え縮こまり、彼らの機嫌が治るまでずっと下を向いていた。
だが初めてあの醜悪な表情を見た彼女は思った。――あんな風になりたくないと。初めて彼らを拒絶したのである。
成程、セファーはリリスが王家から与えられた装飾品を手にした――と言っていたが、リリスが王子の婚約者になったから与えられたのだろう。大声で笑っている元家族を見ながら、どうやって与えられたのだろうか、と疑問に思ったエーヴァ。
するとその瞬間目の前に真っ白な光が現れ、彼女は眩しさに目を閉じた。
公爵の発言を修正しました
我が公爵家の貢献に感謝し、エーヴァと殿下の婚姻を認められたのだった
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元々我が家に申し込みが届いていたのだが、巫女の件で話が中断していたからな




