8、過去の出来事
エーヴァは目を見開いて驚いた。
元々王国での巫女の扱いは、女神の元で国を守る守護神のような扱いをされていた。まあ、巫女に選ばれた妹本人は、「生贄」と考えていたようだが。
彼女は、女神の先読みの力で彼女が王国を滅ぼす原因になると判断されたために巫女として選ばれたのだ。
彼女が神託通りに泉へ入水していれば、国に疫病が流行る事などなかったのである。
つまり彼女の元家族たちは国を滅ぼす諸悪の根源となってしまったわけだ。
エーヴァはその事実に青褪める。
あの時自分がもっとしっかりしていれば、国が滅ぶ事はなかったのだろうか――そう思っていたところで。
「エーヴァちゃん、それは違うと思うよ〜」
アダンの隣に現れたのは、セファーだった。
「セファー、どうしてここに?」
アダンが驚くのも無理はない。
セファーは基本的にこの場所を根城としているが、滅多に姿を現す事はない。姿を現したとしてもすぐに消え、話しているところに割って入る事など今までありえなかったのだ。
「んー、僕も用事があったから来たんだけど、エーヴァちゃん。国が滅びた事に対して、ぶっちゃけ君が責任を感じる必要はないよ。だってデューデ様は二度も彼らに神託を下ろしているんだからねぇ〜。それに気づかなかった彼らが悪い」
血の気が失せて震えているエーヴァを気遣ってか、正面にいたアダンがさっと隣に座り、彼女の背を優しく撫でる。
その温もりに彼女の身体の震えが止まった頃、アダンはセファーに顔を向けた。
「二度、というのは……デューデ様が地上に伝えた神託と、女神の泉で赤く足元が光った事を指しているんだろう?」
「そうそう〜。赤く光るのは、巫女になる人物ではないという警告の意味があるんだよね。教皇が古文書を読んでいると言っていたけど、あの古文書にもその旨は書かれていたんだよねぇ。まあ、ところどころ本が虫に食べられていたらしく、解読した者たちは気がつかなかったようだけど。それに君があの時抵抗したとしても、巫女から逃れられるとは思わないなぁ〜。ぶっちゃけ、全面的に悪いのは君の元家族だし、確認を取らなかった国王と教皇にも僕は問題あると思うけどねぇ」
確かにセファーの言う通りだった。
エーヴァが逃げ出したところで、彼らは彼女を捕まえて巫女にしていただろう。それにエーヴァはあの状態だ。正直抵抗できずに引き摺られ、国王や教皇に有る事無い事を公爵は吹き込んでいただろう。
そう考えれば、少しだけ心が軽くなった。
彼女の様子に気づいたセファーは引き続き話を続ける。
「君の妹……確かリリスだったっけ? 彼女は王家から与えられた装飾品を手にしたんだけど、その装飾品が実は厄災を封印していたものだったんだよねぇ〜」
「厄災?」
「正確に言えば、装飾品に使われている宝石が、かなぁ」
どんな物か分からないが、そんな物騒な物が宝物庫に置いてあるというのも変な話だ。それにそんな話は聞いた事がない。セファーの言葉に首を傾げるエーヴァだったが、それと同時に背中に触れていたアダンの手に一瞬だけ力が入ったような気がした。
思わず彼の顔を見ると、唇を少し噛んでいる。
「……その装飾品に使われている宝石は……私が地上で生きていた頃に毒霧を封印するために作成した物だ。毒霧とは……吸い込むだけで身体を蝕み、吸い込み続けると死に至ってしまうものだ。毒霧は浄化しても、発生源がなくならない限り無限に湧き出てくる。最初はその事に気づいていなかったから……対応が後手に回ってしまったんだ。気づいた時にはすでに毒霧の範囲が広がっていたため、当時の人の力では広範囲に広がった毒霧を浄化する事ができなかったのだ。だから毒霧を封印するという方法を取ったのだが……その封印を彼女が解除してしまったようだ。あの時に消滅したと思っていたのだが……」
「残念だけど発生源が地下にあったからか、宝石は消滅していなかったようだね。それを掘り出して王家の宝物庫に置いていたのが、もう数百年以上も前の話。封印のため非常に大きな宝石を使っていたからさぁ、きっと掘り返した当時の王家が気に入って装飾品にして宝物庫に入れたんだろうねぇ〜。まあアダンが住んでいた国はすでに滅びていたから、あの宝石が何故その場所にあったのかは分からなかったんだろうけどさ」
「……浄化、封印ですか?」
「そうそう、アダンの時代は魔法が使えたんだよぉ」
「魔法……? もしかして、セファーさんがお勧めしてくれた小説に出てくる……」
「それそれ! 詠唱で火を出したり水を出したりできる魔法の事だよ〜」
「え、魔法が使えた時代なんてあったのですか?」
驚きの事実に目を丸くして声を上げるエーヴァ。
エーヴァが王国にいる時は魔法、という言葉を聞いた事がなかった。どうにかして彼女を痛めつけようとしていた彼らが、魔法を使えたら使っていそうだと彼女は思った。
もしかしたら使えるのに隠している、と言う可能性もあるが……。
その疑問はあっさりセファーにより解決する。
「うん。アダンの時代までは使えていたよぉ〜。魔法が使えなくなったのは、ある事件によってこの世界の魔素が無くなったからさぁ」
「魔素が無くなった?」
「そう。魔法を使うための素、と言えば分かるかなぁ? エーヴァちゃんの国はその素が枯渇しているんだよねぇ」
「……我が弟の愚行によってな……」
額に手を触れて目を瞑るアダンの顔色は悪い。
エーヴァは先程アダンがしてくれたように、彼の背中をさする。
何も言わない彼の様子を見て、無意識にエーヴァはセファーの顔を見ると、セファーが彼女の意を汲んだように話し始めた。
「さっきエーヴァちゃんに渡した本、あれは実話なんだぁ。あれはアダンの時代を描いた小説なんだよねぇ〜」
「それって、召喚術によって人類が滅びたという……」
「そうだよぉ〜。召喚術を発動する際に周囲にあった莫大な魔素が吸収された、までは良かったんだけど……その後術が発動しなくてね? 行き場の無くなった魔素があまりにも膨大だったから、爆発を起こして魔素と人間が滅びちゃったんだよねぇ。その時から魔法が使えなくなったんだ。この事をデューデ様は把握していたから、事前に神託を下ろして、召喚術作成するアダンの弟の名前を告げたんだけどね? エーヴァちゃんみたいにアダンが泉に入水してきたんだよねぇ」
「え? 人間が滅びた……? 一人残らず滅びたのですか?」
「そうだよ〜」
ニコニコと笑いながら話すセファーを見て、少し恐怖を感じたエーヴァだったが、それ以上に気になる事があった。
「では何故私たちは生きているのですか?」
「それは私から話しましょう」
鈴が鳴るような美しく、そしてうっとりするような声がエーヴァたちの耳に届いた。
セファーの方を見れば、彼の手に握られている宝石から小さい女神デューデの姿が浮かび上がっている。
その姿を見て、アダンは声を上げた。
「デューデ様! 貴女は礼拝堂以外では降臨できないとお聞きしていましたが……?」
その言葉にデューデはチラリと後ろにいるセファーの顔を見る。
「それはセファーの協力があるからです。彼の持つ宝石は私が生み出した物。そのため、私が降臨する媒介として使用できるからです」
「そういうことぉ〜」
にっこりと笑うセファーにアダンは納得したような表情をする。エーヴァは、女神様なのだから何でもできそうだ、と心の中で思っていたが。
二人の視線を受けたデューデは天井……より遠くの何かを見つめながら話し始めた。
「私が地上に介入するのは、この世界の生物が滅ぶ時のみ。貴女もご存知の通り、神託という形で言葉を下ろします。今回は貴女の妹であるリリスという娘が毒霧の封印を解除し、生物を滅ぼす――という場面を私は予知しました。そのため、地上へと言葉を下ろしたのですが、蓋を開けてみれば貴女が身代わりとして入水するという結果になっていました」
「……ひとつよろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
「デューデ様の予知は、人類が滅びる際にしか発現しない物なのでしょうか?」
「ええ、貴女の言う通り。女神と言っても全知全能ではありませんから」
その時偶然、エーヴァはデューデと視線が交わったような気がしたが、その瞳には何の感情も宿していない事に気づく。
その事に気づくと、あれほど美しくうっとりするようなデューデの声も感情のないただの無機質な声にしか感じなくなっており、鳥肌が立つ。
彼女は無意識に両手を、膝の上に置かれていた彼の手の上に置いていた。
「そのため、リリスは毒霧を封じてあった宝石の封印を解除し、生物を絶滅に追い込みました――ここまでが地上の今の状況ですね。ここからが私の本題となります」
「「本題?」」
思わず二人は声を出した。
地上で人類が滅亡してしまった……それだけだと思っていた二人は顔を見合わせる。
嫌な予感がエーヴァの頭の中を駆け巡る。手は小刻みに震えている。
彼女が震えている事に気づいたアダンは、エーヴァの手の上にもう片方の手を置いた。
よく知っている温もりに安堵していると、彼女の感情の変化に気づいたかどうかは分からないが、デューデは続きを話す。
「人類は滅びを迎え――また新たな人類をこの街より送り込みます。その一人としてアダン、貴方が地上へと降り立ちなさい」
「新たな人類を……送る?」
「ええ。この街はそのために作られているものです。セファー、選定を任せますよ」
「仰せのままに」
ポカンと口を開けるエーヴァとアダン、その一方で恭しく首を垂れるセファー。その言葉を最後に、デューデの姿は霧散した。