7、地上の様子
エーヴァがアダンに助けられてから数年が経った。
最初は緊張や怯えを見せていた彼女だったが、周囲の人たちの協力もあり心からの笑顔を見せるようになっていた。
その中でも彼女はアダンと仲睦まじい姿を見せている。
時にはすれ違い、時には勘違いをし……アダンの考えている事が分からず怯える事もあった。
だが、何度も顔を合わせて話し合いをするうちに、アダンを特別な存在として意識するようになった。
そして自らを虐げた家族の事など忘れかけていた――そんな時だった。
エーヴァはいつものように図書館で本を読んでいた。
今回読んでいる本を勧めてくれたのはセファーだ。
彼はエーヴァに一冊の本を手渡すと、大あくびをして消えていく。いつも彼女の好みそうな本を渡しては、消えていくのが最近では見慣れた光景となっている。
手元の本を見ると勧められた本は小説で、「ある王国が原因で人間が一夜にして滅びた」という書き出しから始まっていた。
一夜にして滅びた理由は、召喚術の失敗によるものだ。
小国が乱立し、小競り合いが多い時代に、強欲な王子がいた。その王子は王太子に任命されていた兄を殺し、自分が国王の座につく。最初は国の頂点にいることに満足していた国王だったが、欲は膨れ上がり大陸統一を夢見るようになっていた。
その後侵略を進め、いくつかの国を併合していた時に強大な力を持つ者を召喚する魔法陣というものが存在する事を国王が知る。
秘密裏に魔法使いを集め、彼らは召喚術を完成させたのだが――。
魔法使いたちの魔力だけでは足りなかったのか、その魔法陣は際限なく魔力を得ようと、魔力の吸収範囲をどんどん広げていく。
そしてその範囲は大陸全土までに及び、人間が滅びた……という話だ。
どこかで似たような話を読んだような、と首を捻っているところに訪れたのがアダンだった。
彼はいつもより真剣な……その中に戸惑いも含まれている表情でエーヴァを見つめる。
その姿を見た彼女はピンと来た。きっと元家族のことだろうと。
彼をじっと見つめていると、アダンは意を決したのか彼女に視線を合わせた。
「これは、話すべきか悩んだが……エーヴァの元家族のことだ。聞きたいか?」
彼女はその言葉に頷く。
「……あまり良い話ではないが、本当に良いのか?」
「ええ。教えて欲しいの……ただ、昔のことを思い出すかもしれないから、アダンの手に触れても良いかしら?」
「勿論だ」
既に膝の上で震えている手に気づいたアダンは、彼女の手の上に自分の手を優しく乗せる。
すると安心したのか、エーヴァの手の震えは治まり、強張っていた顔も緊張が解れたような表情になっていた。
その事を確認したアダンは、口を開いた。
「……エーヴァの育った国が……疫病に侵されてしまい、殆どの人が亡くなってしまった。勿論、君の家族も、だ」
「……え?」
思わぬ言葉に、下がっていた視線がアダンの顔を捉えた。
彼はエーヴァに労るような視線を送っている。どういう事か、と視線で先を促せば、彼もポツポツと話し始めた。
「疫病で、ですか?」
「ああ。だが、これは定めだ。君がここに来た時点で、この未来は確定していた」
遠くを見てそう告げるアダンに、彼女は怪訝な顔を向ける。
「……どういう事ですか?」
「その前に、君は王国に伝わっている伝承について詳しく知っているか?」
「えっと……初代国王とその側近が、女神様と出会い国を興した、と聞いています。その際に、『神託で名前が上がった人物を巫女として捧げよ』と契約を結んだと聞いていますが……」
「じゃあ聞くが、巫女はどのようにして決まるかは知っているか?」
アダンにそう尋ねられてエーヴァは言葉に詰まる。
伝承だけでは、どのように巫女が選ばれるのかというのは判断が付かなかったからだ。
「いえ……聞いた事ありません」
「そうだろうな。……私も実はここに来てからその事実を知ったのだが、デューデ様が巫女だと指名した者は、将来人類を滅亡させる者だ」
「……え?」
「デューデ様は先読みの力で人類が滅亡に瀕する未来を見た時……その原因となる人物を巫女に指名し、滅亡を防ごうと動いてくださるのだ」