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6、きっかけ

 どれくらい寝ていたのだろうか。

 眩しさを感じ目を開けたエーヴァは、見覚えのない部屋に首を傾げる。

 だが次第に泉へと入水した記憶や、アダンという男性に湖底だと教えられた話を思い出し、彼女はここが女神の加護が与えられた湖底の街であることに気づく。


 先程まで座っていたアダンは席を外しているのか、部屋には一人きりだった。

 城の管理をしている、と言っていたので彼はきっと多忙なのだろう。手を煩わせてしまった事に申し訳なさを感じた。


 ふと俯いた時に目に入ったのは、ティーセットだった。

 喉が渇いていたので手を伸ばすが、思わず手を引っ込める。どうすれば良いか分からずオロオロしていたが、そんな彼女に声をかける者がいた。


 

「それ、飲まないのぉ? アダンが君のために用意してたから、勝手に飲んで良いと思うよぉ〜」



 声のした方をパッと見れば、そこに居たのはシミひとつない真っ白な服を着た男性がいつの間にかティーカップを片手に椅子へと座っていた。

 一瞬で現れたように見えた男性に最初は目を見開いて固まっていたが、目が合った瞬間に彼女は声をかけていた。



「貴方様は……」

「僕?僕はセファー。この城の書庫の管理を任されてるんだぁ〜。君がエーヴァちゃん? よろしくぅ〜!」



 軽快な声で話すセファーに、彼女は首を傾げた。



「何故私の名前をご存知なのでしょうか?」

「ん? そんな細かい事は気にしなぁ〜い」



 最初は警戒していたエーヴァだが、ニコニコと笑う彼に気抜けする。呆けている彼女を見て、セファーは満足したようにうんうん、と頷いた。



「まだまだ気を張ってるねぇ〜。まあ、今までのことがあるから仕方ないかぁ……ああ、ひとつ言っておくとさ、この国の人たちは君を虐げる事なんてしないから安心して〜。女神デューデ様もそう言ってるからねぇ」

「デューデ様が、私に言ってくださったのでしょうか?」

「うん。そうそう。君の境遇には心を痛めていたよぉ〜。この街でゆっくり傷を癒してね、って伝えて欲しいって言われたからここに来たんだよ〜。最初は信じられないかもしれないけど、頭の片隅にでも置いておいてくれってさ〜」



 彼の話の真偽は分からないが、セファーがエーヴァを元気付けようとしている事を理解した彼女は、少し心が温かくなった気がした。

 感謝を伝えた後、セファーが淹れた紅茶に舌鼓を打つ。

 その紅茶は人生で一番美味しく感じた。

 紅茶が喉を通って全身に染み渡り、凍てついた心もそれで少しずつ溶かされているような、そんな気もした。


 

 再度お礼を伝えようと、エーヴァは顔を上げる。

 しかし、目の前にいたセファーは既にその場におらず、彼女は困惑した。

 扉も閉まっており、開けた形跡がない。音もなくどうやってこの部屋から出たのかと首を傾げていると、ノックの音が聞こえる。

 声を掛ければ、入ってきたのはアダンと使用人の女性だった。彼女の手にはワゴンがあり、そこには沢山の料理が乗っている。

 

 彼も最初はエーヴァが起きている事に驚いたのか、目を見開いていた。

 だが、彼女の顔色が良さそうな事、サイドテーブルに置いてあった紅茶を飲んでいた事に安堵したのか、柔らかな笑顔でこちらへと歩いてきた。



「起きていたのか」

「はい、先程……こちら、戴いても良かったのでしょうか?」

「勿論、君のために用意したものだから飲んでくれ。寝起きは喉が渇くかと思って置いておいたが、温くはなかったか?」

「大丈夫でした。美味しく戴きました」

「それは良かった」



 そう言いながらアダンは先程セファーが座っていた席に座る。後ろにいた女性はティーポットや飲みかけのティーカップを片付け、新しいものに変えてくれた。

 そして「どうぞ」と言われて差し出されたのは、一口サイズの食べ物だ。

 初めて見るソレを不思議そうな目でエーヴァは見る。その事に気づいたアダンは声をかけた。



「どうした? もしかして、そのお菓子が苦手なのか?」

「いえ、初めて見る食べ物だと思いまして……」

「……そうか。それは小麦で作られたクッキーというお菓子だ。甘いものが大丈夫なら食べてみると良い」

 

 

 言いながらアダンはポイっとクッキーを口の中へ放り込む。その方が彼女が食べやすいだろうと判断したからだ。

 エーヴァも彼の様子を見て恐る恐る口に入れると、クッキーはホロッと溶け、口の中いっぱいに程よい甘さが広がった。

 

 

「美味しい!」



 そう叫んでしまい、慌てて手で口を押さえる。

 地上では許可もなしに口を開くと、「煩い」「不快」と言われ折檻されていた。身体がその事を覚えていたのか、咄嗟に出た行動だった。


 手で口を押さえながら、少し怯えた表情でこちらを伺うエーヴァにアダンは心が痛む。

 それと同時に、彼女を笑顔にしたいと思ったのだった。

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